その4 神のみぞ知る「結末」

 


 どんなに神々のやることが理不尽でも、それはこの世界を維持する為に仕方のないこと。

 それで私の望むものが手に入らなくても、仕方がない。

 もし、この世界がまるごと消えてしまったら──

『彼』に出会える望みが完全消滅するのは勿論、目の前にいるカイトやサイガたちまでが、消えてしまう。

 そうなったら──

 自分もどうなるか分からないけど、彼らだってどうなるか。

 それは、カイトだけじゃなくみんなが常に抱いている不安でもある。

 このお祭りの喧騒は、そんな不安を打ち消したい、みんなの想いでもあるのだろう。



 それが分かっていて、それでも『彼』に会いたいと言い張る私は、とんだわがまま女だと自分でも思う。

 多分サイガもカイトも、そんな私に呆れているだろう。

 それでも私を責めないのは──

 彼らが心底、いい奴らだから。



 何かを考え込むようにじっと俯くと、カイトは呟く。


「もし、……もしも、だよ。

 この世界が消えて──俺も消えちまったら」


 ふと見上げると。

 カイトの茶色い瞳が、じっと私を見ていた。

 いつもは皮肉っぽい色を漂わせる涼しげな瞳が、今は痛々しいまでに大きく見開かれ、幼子のように私を見つめている。


「その時は、お前、俺のこと……探してくれるか?

 今お前が、あいつを探してるように」


 元の世界では神にも人にも愛されず、酷い扱いを受けてきたカイト。

 今も神には愛されず、恩寵は受けられない。

 世界の主が私でなければきっと彼は、やはり誰にも愛されずに街の片隅で燻っているままだったろう。

 私がずっと『彼』の愛を求めているように、カイトもきっと──


 そんな彼の手を、私はぎゅっと握りしめる。


「大丈夫よ──

 とっくに覚悟は出来てるつもり。

 万一があったとしても、絶対に私のお気に入りは全員……

 何年かかったって、もう一度探し出してみせるって」


 そう言いながら私は、僅かに震えているカイトの瞳に、そっと微笑みかける。

 すると彼の表情から、不安は一気に消え去って──

 私の言葉に答えるようにニヤリと笑い。

 懐からマントのような何かを取り出して、いきなり私に被せてきた。


「へへ。それ聞いて、安心した!」

「わっ。な、何!?」


 それは、強い魔力の籠められた糸で丁寧に織られた、術士用の三角帽子とローブだった。

 着てみるとまるで魔女の服装にも見えるから、仮装にはもってこいだ。


「ちょいとステージからかっぱらってきた。

 ……似合ってるぜ?」

「あんた、またサイガを困らすようなこと……」


 それでもカイトは、ふと真面目な顔に戻って呟いた。


「そんな気分じゃないかも知れないけどさ。

 俺は──お前と一緒に、祭りを楽しみたい。

 俺、あと何回、こんな風に祭りを楽しめるか──それも、分かんねぇから」


 私ははっと彼を見上げた。

 その通りだ。世界の寿命を考えれば──

 目の前のカイトや、サイガたちとお祭りを楽しめるのは──

 あと何回あるか分からない。



 そう気づいた時には、立ち上がっていた。

 勿論、カイトの手を強く強く握りしめたまま。



「うん──私は、もう大丈夫。

 だからあんたももう、そんなしけた顔しないの」

「あ、あぁ? しけた顔って、お前」

「ほら、行くわよ。

 あんたにだってまだまだ頼みたいことがあるって、サイガは言ってたんだからね!」

「だけどお前、本当に──」


 それでもカイトは心配そうに、私を覗き込んでくる。

 これから祭りのクライマックスと同時に召喚される、『彼』──

 その動向によっては、私の心は今度こそ、崩れてしまうかも知れない。世界を自ら滅ぼしてしまいかねないほどに。

 それでも──



 そう決意して顔を上げた、その時。

 ふもとの方から、私やカイトを呼ぶ大声が聞こえた。


「カイトさーん! もう、どこ行っちゃったんですかー?

 皆さん心配してるんで、いい加減出てきて下さいよー!!」

「あ。パッセロ君!?」


 カイトと二人で手を繋いだまま、声のする方を見ると。

 ついこないだ来たばかりの兵士見習いの少年──パッセロ君が、必死で手を振りながら走ってくるのが見えた。

 一見、少しおどおどして弱気そうに見える子だけど、いざとなればものすごい胆力を発揮する。そんなところがどこか『彼』に似ている気がして──

 あのアホ天使の文句も聞かず、私はそばに護衛として置いていた。

 青い兵士服の裾を翻しながら走ってきたパッセロ君は、息を切らしながら私に言う。


「はぁ、はぁ……やっと見つけた。

 良かったぁ……貴方も、ここにいたんですね。

 サイガさん、言ってましたよ。もうそろそろ、『彼』が来るって!」

「──!!」



 思わず背筋に、緊張が走った。

 恐怖と期待がないまぜになった激しい混乱が、心臓をかき鳴らす。

 もしも今度来るのがまた、あのキメラの親父だったら。

 私は激昂のあまり、そのまま世界を見捨ててしまうかも知れない。勿論それは、この世界の滅亡を意味する。

 でも──

 あのシルエットは駄天使の勘違いで、もしかしたら今度こそ、本当に『彼』が来るのかも知れない。

 今度こそ、会えるかも知れない。

 ──そう思うと、足ががくがくと震えだしてしまった。



「サイガさんからの伝言です。

 何があったとしても、僕らはみんなここにいる。

 貴方のそばで、貴方の判断を見守る。

 だから、怖いかも知れないけれど、どうか召喚の場に立ち会ってくれ──って」


 少しぶかぶかの兜を直しながら、顔を上げるパッセロ君。

 その真っすぐな翠の瞳を見ながら──

 私はふと、思った。



 サイガも、パッセロ君も、そしてカイトも。

 今私のそばにいてくれる3人は、どこかに少しずつ『彼』の面影がある。

 何も知らないまま荒野に放り出されて、『彼』を求め続けたのに得られなくて、『彼』がいなくて寂しすぎて、その心の隙間を埋めるように集めてきたのが、この3人。



 ──戻ろう。

 この3人の為にも。



 サイガの言葉と、パッセロ君の瞳と、カイトの手の感触。

 その真摯さを感じ、私の足から次第に、震えが消えていく。

 そして私は、そばにいる二人に向けて、微笑んだ。


「本当はね──大丈夫なんて、とても言えないの。

 もしあの親父の口からまた、『彼』の言葉が出てきてしまったら。

 今度こそ本当に、私、許せないと思うから。

 だってそれは『彼』であって『彼』じゃない。

 コピー前の彼と、コピー後の彼。両方を消してしまった、究極に歪んだ存在なの」


 二人とも静かに、私の言葉を聞いている。


「神様たちがそれでも、そんな存在を『彼』だと言い張るなら。

 私はもう──この世界ごと、全部消してしまうかも知れない。

 この世界を消して、『彼』がいるコピー後の世界に、直接行ってしまうかも知れない。

 勿論そこに、あんたたちはいない。

 だってあんたたちみんな、別々の世界から来たんだもんね」


 上空には、二つの月。

 接近することはあっても、その軌道が交わることは決してない、紅と蒼の月。


「──それがイヤならさ。

 あんたたちが、ちゃんと止めてね?

 いい? 世界を消したくないなら、ぶん殴ってでも、私を止めてね。

 だって今はもう、私──

『彼』と同じくらい、あんたたちのこと、大好きだからさ」


 じっと黙って頷く、カイトとパッセロ君。

 この世界で、私と共にいたいと願う彼らの意思が勝つか。

 この世界の歪みを拒む私の衝動が勝ってしまうか、それは分からない。

 でも──



 多分結果は、神のみぞ知る。



 そして、二人の手を取りながら。

 私は山を降り、祭りに湧く街へと駆け出した。

 もうすぐ、最大の運命の瞬間を迎えるであろう、あの街へ。



 Fin

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