その3 歪みに歪んだ世界の祭り

 


 ブランコを揺らしバーガーを頬張りながら、お祭りにわく街をぼうっと眺める。

 今やこの街は成熟しきり、私がこの街を最初に作ったことさえ知らない人々も増えてきている。

 街の運営はすっかり、私の右腕とも言える有能商人・サイガに任せているから当たり前。

 戦闘も商売も家事も何でもこなせるリーダー格。眼鏡が似合うイケメンで、女子からの人気も高い。

 ついでに、私の頼みでバーガーを開発してくれたのもサイガだ。

 得てしてこういう人物は、主人公を裏切り敵に回るというパターンが多いが──

 サイガの経歴を見る限り、それは絶対にない。そう確信したから、私は彼にほぼ街を任せていた。


 そして、彼は確実にその期待に応えてくれており──

 私はモンスターの襲撃も、他地域との貿易も、都市計画も災害対策も、ほぼ全てサイガに一任していた。

 え、それ100パー裏切るパターンじゃないのかって? いや、だからないから。

 住人たちの半数以上が、私じゃなくサイガを創造主だと思っている点については、多少不満がないではないけど──

 実際、殆どの実務をこなしてくれたの、サイガだからね。いつもみんなの先頭に立って戦うのも彼だし。

 ぶっちゃけ街を乗っ取られたところで、仕方ないと思ってる。というか、既に乗っ取りは成功してるんじゃないのか。彼に街を乗っ取ろうという意思があるとすれば、だけど。

 だから今の私がやる仕事っていったら、別世界からの人材召喚ぐらいのものだ。その点はめっちゃ気楽。

 でもサイガは、ちゃんと分かってくれている。私が『彼』をずっと待ちながら、この世界で過ごしてきたことを。



 ──貴方が強い願いを抱いているなら、僕はそれを叶える手助けをしたい。

 元の世界では、そういう願いが微塵に砕けたところを、どれだけ見たか分からないから。



 サイガは最初から、ずっとそう言ってくれていた。

 私が『彼』をひたすら待ち続け、耐えきれず周囲に八つ当たりしても、サイガはじっと我慢し、時には叱ってくれた。

 そう。現世での『彼』が、そうしてくれたように。





 バーガーを食べ終え、何とはなしにあくびをすると──

 頭の上、深緑から黒に変わろうとしている梢の間から、がさりと音がした。

 その音に、反射的に身を竦めてしまったが。


「おいおい……ここにいたのかよ。

 みんな心配してるぜ?」


 軽快な身のこなしで、梢の上からひょいとブランコの横へ飛び降りてきたのは──

 盗賊のカイトだった。

 枯葉色の癖っ毛に、同系色の涼しげな瞳。いつもは盗賊の軽装のはずだが、今は祭りの仮装なのか、金の縁飾りが眩しい海賊風の黒いコートに身を包んでいる。


「別にいいでしょ。

 全部サイガがやってくれてるんだし」

「確かにあいつ、ステージ裏の仕切りや客の誘導やらで滅茶苦茶忙しいけどさ。

 それでも、心配してたんだ。

 あんなこと聞かされて、お前は大丈夫なのかって」

「……やっぱり、知ってたのね。サイガは」

「というか、俺らの周りはだいたい知ってる。

 多分お前が、祭りに水差したくないから街を飛び出したんだろうってこともな」



 ドクロが描かれた海賊帽を取ると、枯葉色の頭頂部からぴょんと跳ねたアホ毛が飛び出した。

 ため息をつきながら、私は改めて街を眺める。

 詩人の奏でる歌や踊り子の舞が存分に披露されているであろう闘技場。それを中心に、人々が盛り上がっているのが手に取るように分かる。

 ──ここが、ちょっとバランスが崩れれば、すぐにでも壊れてしまう世界だなんて。



「そりゃそうよ。

 この祭りは、ただのお祝いじゃない。

 世界のエネルギーを蓄える為の、大事な儀式でもある。

 なのに、私が個人的な問題でヘソ曲げて大暴れしたら、ただ事じゃなくなっちゃう」

「ま……

 そのおかげかは知らんが、みんな楽しくやってるぜ。

 ステージも大成功だ。お前も見に来りゃいいのに」

「あんたは何で行かないの」

「分かってるだろ。

 俺が行ったって、やることなんて何もねぇ」


 私に倣ってため息をつきながら、カイトは街を眺めた。

 しんと寝静まった森とは対照的に、どこまでもきらびやかに賑わっている、街を。



 カイトは──私がこの世界に来て初めて召喚を行なった時からずっといてくれる、大切な仲間だ。

 華奢な身体で体力もないが、盗賊らしく非常にすばしこいので、戦闘は勿論街づくりなどでも役立ってくれていた。しかし──

 各世界から強者が次から次へと到着していくにつれ、カイトの立場は相対的に弱くなっていった。

 この世界は強者(もしくは巨乳)であればあるほど神々の恩寵を受けやすい為、強者(及び巨乳)はどんどん強くなっていく。しかしその恩寵を受けられない者は、ずっと弱いままだ。

 そしてカイトもご多分に漏れず──恩寵を一切受けられないまま、今に至る。

 顔は若干童顔だがイケメンだし、底力はあると私は思うのだが──

 それでも、神どもは何が気に食わないのか。カイトは殆ど見向きもされていない。


 恩寵を受けた者は神々からきらびやかな衣装や勇ましい武装を与えられ、時にはその衣装の数や武装の強さでマウントを取り合うことさえある。今の流行りは──

 確か、一気に4連撃が出来るかどうかだったっけ。

 カイトは勿論、そんな真似は出来ない。せいぜい普通に攻撃して、たまに敵の素早さや攻撃力を下げるぐらいが関の山。

 今着ている海賊衣装だって神からの贈り物ではなく、サイガと私が二人してお祭り用に作ったもので、特殊な力は何もない。

 それでも最初の頃は、強い奴だと思ってた。いや、今でも彼は十分強いと思う。



 この世界にやってくる強者が増えれば増えるほど、それに比例するようにモンスターどもも強くなっていって。

 つい最近、超強敵と言われるカオスデストロイヤー討伐に行った時、たまたまついてきたあのうさ耳駄天使には目を剥かれたっけ。

 何故って、私の編成した討伐隊に、カイトがいたから。


「な、なななな何で、どーしてあんなの入れてるんです!?

 サイガさんはまだ分かるとして、あんなクッソ弱い盗賊入れる理由がどこに!?

 ここは4連撃使えるハロウィン装備のマリーちゃん使うのが定石ですよね、今時ちょっと攻撃力ダウンなんてかましたところで雀の涙、焼け石に水で」


 勿論その時、アホウサギにチョークスリーパーをお見舞いしたのは言うまでもない。





 そんな出来事を、ちょうどカイトも思い出したのか。

 苦笑しながら私のブランコを揺らす。


「あの時何度負けたか知れないけど、お前はずっと俺を使い続けてくれてさ。

 しまいには本当にあの強敵、倒せちまったもんな。

 これでも感謝してるんだぜ。ここまで俺を重宝してくれるのなんて、お前とこの世界ぐらいだから」

「……」

「でも、やっぱり……

 お前、あいつがいないと、駄目なんだよな」


 どこか寂しげに呟くカイト。

『あいつ』というのは勿論──

 私がずっと探し求めている、彼のこと。


「確かに、神さんどものやること、俺だって認められないよ。

 サイガも言ってた。この世界は歪んでるって……」


 そんなこと言ってたんだ、サイガは。

 私のお気に入りの中では珍しく、神の恩寵をそこそこ受けられているサイガでも、そんなことを。


「だけどさ。

 そうでもしなきゃ、世界そのものが消えちまうんだろ?

 俺……そんなのは、嫌だ」


 カイトの言葉は、何故かいつになく小声になり、弱々しくなっている。

 ふと振り返ると──

 私の手のすぐ上でブランコの鎖を持つ手が、声と共に小刻みに震えていた。



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