その2 私は決して某Vt×berが嫌いなわけではないむしろ好き




 その後何度も何度も神に託宣を乞うたが、彼が来る気配はなく。

 もう一度チャンスが巡ってきたのは、その2年後だったっけ。

 しかし、召喚されてきたのはまたしても──


「どーいうことよ!?

 私、ちゃんとコピー先の世界の彼でって言ったよね!!?」

「そんなこと言われましても~」


 激昂する私と、面倒そうに肩を落とす駄目天使の間に突っ立っていたのは、

 またしても2年前と同じ、髭と眼鏡の親父。


「そう怒らないで下さいよぅ。

 これでもちゃんと、こっちで調整をかけたんです」

「調整?」

「神様たちも、陰ながら結構頭悩ませてたみたいですよ。

 あの世界、コピー前後で変わった人物は多いですけど、年齢や性格まで変わったケースは珍しいですからねぇ」

「まずそのコピー方法からしておかしいと思わんのか」

「そうは言っても、この彼こそが本当の彼なんですってば。

 ほら」


 天使が親父の方に顎をしゃくると、私の前で──

 親父は初めて、言葉を口にした。



「お久しぶりっす、ねぇさん。

 もう、一人にしちゃイヤですよぉ?」



 ──それは確かに、かつて、彼がよく口にした言葉と同じもの。

 だけど、この親父からその言葉が放たれた瞬間──

 形容しがたい気持ち悪さが、私を襲った。

 彼の言葉であるはずなのに、その声は記憶のそれより明らかに低く。

 低いはずの声を無理矢理高く調整されたらしきそれは、鳥が絞め殺される時の鳴き声みたいで──


「……違う」

「え?」

「こんなの違う!

 これならまだ、前の親父の方が良かった!!」


 私が何を言い出したのか全く理解出来ないようで、天使は唇を尖らせる。


「な、なんでですかー?

 せっかくこっちが苦労して調整したのにー!?」

「違うって言ってるの!

 この親父が彼だって言い張るなら、前の親父の人格はどうなっちゃったのよ!?」

「あぁ、それですか」

「それ?」


 まるでどうでもいいことのように鼻をほじる駄天使。


「あのですねぇ。

 コピー前の世界のこの人、つまりこの親父さんって、人格なんてないも同然だったんですよ」

「人格が……ない?」

「コピー前の世界じゃこの人、マジ存在感薄くて。

 冒険の仲間に入れてもろくに喋ってくれないし、これといった特殊能力もないし、ちょっと強い仲間が入ってくればすぐに追い出されちゃうような人だったんです」

「そんな……だからって!」

「でもコピー後の彼は、結構自己主張が強くてしっかり者でかつ甘えん坊、みたいな性格がついた。戦闘は苦手でも意外と体力やガッツもある、みたいな設定になったんです。それこそ、貴方がお望みのカレ同然に。

 もしかしたら、貴方のカレが転生した影響でコピー後の彼が劇的ビ×ォーアフターしたんじゃないかって、そう仰る神様もいらっしゃいました」

「そうかも知れない。だけど!」

「だったらコピー後の人格と、コピー前の容姿を一緒にしちゃおう!という話に」


 要するに、空気みたいな人間だったから。

 この親父の人格は消され、代わりに、私の望むあの彼の人格が親父に移し替えられた。

 そういうことか。


「だったらじゃねぇえええぇ!

 そんなクソな調整してねぇで、とっとと彼をそのまま連れてくりゃ良かっただけの話だろがボケがぁ!!」

「はぎゃあぁ!!?」


 ウサ耳駄天使に思いっきりアッパーカットを食らわし。

 私は1秒も迷わず、親父の姿をした『彼』を送り返した。

 こんなものは彼でも、親父でもない。

 コピー前とコピー後の彼、両方の尊厳を汚した、合成生物。キメラだ。

 そんな存在を目にしているのは、本当に耐えがたかった。



 ***



 それからまた時間は経ち。

 街の周辺から大分モンスターの脅威を追い払い、街が都と言えるほど大きくなっても──

 そして、何度神々に託宣を乞うても。

 まだ、『彼』が来る気配はなかった。


 しかし、さらに3年が経過したある日。

 うさ耳駄天使が、内密にと私を召喚の間へと呼んだ。

 どうやら今度こそ本当に、彼が神に選ばれ、私の世界にやってくるらしい。

 今度こそ、今度こそと期待と不安に胸がいっぱいになりながら、召喚の間に行った──が。



「ねぇ。何コレ」

「何って、お望みのカレですよ。

 本当はまだ内緒ですから、シルエットしか見せられないんですけどね~

 この世界に貴方が来ていただいて5年目のお祭り、もうすぐですよね?

 それに合わせてこちらも、待ちに待ったカレをお呼びいたしましたよ~?」


 ノーテンキにはしゃぐうさ耳天使の両手には、虹色の水晶玉が燦燦と輝いている。

 球体の中を覗くと、確かにシルエットらしきものが見えた──が。


「ねぇ。

 私の言葉って、そんなに難しい?」

「へ?」

「コピー『後』の世界の彼を呼び出してほしい──

 これって、そんなに読解力いるの?」

「え、えぇと……」

「これ以上、どうやったら、あんたたちに伝わるの!?」



 水晶玉の中に見えたものは、明らかに、あの親父のシルエット。

 どう見ても、私が会いたいあの彼のものではない。

 なのに、このクソウサギは頑固に言い張る。



「そ、それでもぉ!

 この彼はお望みのカレなんですよ、これでどうか我慢してもらえませんかねぇ」

「我慢出来るわけないでしょ?

 こっちがいったいどれだけ待ったと思ってるの、5年よ、5年!!」

「容姿と年齢が違うだけで、そこまで受け入れられないものですか!?

 それって、容姿が違うだけで、彼を受け入れられなくなるってことですよね?

 姿は違っても、中身は貴方と現世で一緒だったカレと同じなんです。どうしてそれが分からないんですかぁ!?」

「そんな詭弁はたくさんよ!

 あぁそうよ、私は外見で人を判断する馬鹿女ですよ!!

 だって人は、中身だけじゃなく外見も含めてその人だもの! 外見が全然違ってしまった彼をそのまま彼だなんて、受け入れられるわけないでしょ!?

 しかも、親父の方の人格を消してまで……!!」

「んなこと言ったってぇえ」

「うるっせぇえ!!

 何度も黒髪ショタを指名してんのに、実際に出てくるのはごましお頭の髭親父ばかり。しかもそいつをお目当ての黒髪ショタだと言い張りやがる!!

 そんな店あったら、1週間もたずにぶっ潰れるだろがい!!」

「そーいうおかしな例えはやめてくださ~い!!」


 それでも天使は声を張る。

 その言葉は、およそ信じられないものだった。


「受け入れてくれなきゃ困るんです!

 だってもう、この世界が受け入れられるのは親父さんの方だけなんですから!!」


 一瞬、二の句が継げなくなった。

 どういうことだ。この世界が、親父の方しか受け入れない?


「貴方がすごく頑張って、この世界を支えてくれているのは分かります。

 でも、それでもなお、この世界は限界が近い。

 だから、より強い人物を召喚し続けないと、維持できなくなってきているんです」

「それと、彼の召喚が出来ないのと、何の関係があるの!?」

「彼のように中途半端な強さの人物だと、なかなか神様たちに選ばれにくくなってるってことですよ」


 意味が分からなかった。

 いや。分かってはいたが、分かりたくなかった。

 最近、召喚可能な対象者として選ばれるのが、戦闘は勿論強いがやたらと派手できらびやかで、かつ強大なカリスマ性を持つ人物が多くなってきている。ついでに、巨乳の持ち主も異常に増えつつある。

 以前からそんな傾向はあったが、ここ最近、より酷くなっていた。

 ──恐らく、そのレベルまで選定を厳しくしなければ、世界そのものが崩壊してしまうから。


 天使はさすがに言いにくそうに説明を続ける。


「お望みのカレと同レベルの強さの人物は最近、1か月にせいぜい2名ぐらいしか選ばれなくなっているでしょう? 

 だから、カレを再召喚するのも、こちらとしては非常に骨が折れたんです。

 他に候補者はいくらでもいるし……すぐつき返されたとはいえ、カレは今まで2回召喚済ですしね」

「召喚済みだから何だってのよ?

 私が望んでいる彼は、一度だってこの世界には来てないのよ!?」

「神様たちはそうは思っていないんですよ。

 コピー前後に関係なく、カレはカレ。それが神様たちの結論なんです」


 そんな。

 本気で神どもはそう考えてるってのか。

 あのキメラと化した親父が、私の求める彼だと?


「……なんで。

 どうして、コピー後の世界から彼をそのまま召喚出来ないの?

 なんでそんな簡単なことが出来ないのよ!」

「いや、簡単じゃないからですよ。

 貴方だってご存知ですよね?

 今までその肉体がこの世界に存在しなかった人物を、新たに召喚するのは──

 既に召喚済みの人物の数倍、エネルギーを消費するってこと」

「……」


 絶望的な言葉だった。

 ギリギリのエネルギーで、何とか維持されているであろうこの世界で──

 コピー後の世界から彼をそのまま召喚するのは、それだけで難しいと判断されたということか。

 だから既に(一応は)召喚済みの親父の方を、また呼び出した。

 それがこの前のキメラ親父なのか、それともまだ人格が壊されていない親父なのかは分からない。

 だけど──

 これでもう、ずっと待ち望んでいた彼と出会える可能性は、限りなく低くなったと言ってもいい。


「あの~……」


 茫然と立ちすくんでしまった私を、天使はさすがに申し訳なさそうに覗き込む。

 しかしその言葉は、完全に私の神経を逆撫でするものだった。


「こう言っちゃアレですけど、カレって、そこまで魅力的なオトコですかね?」

「……」

「別にカレじゃなくてもいいじゃないですか。

 現世で救われたとはいえ、それはもう過去のことです。

 てか、こっちにだってイイ男なんていくらでもいるじゃないですか。

 現に、貴方が侍らせてるあの盗賊君や商人君。それに、最近入ってきた兵士見習い君ですか?

 彼らのこと随分お気に入りにしてるし、もう現世のカレなんかすっかりお忘れになったのかと思ってましたよ」

「…………」

「個人的な意見ですけど。

 どう見てもカレって、万人受けする容姿じゃないですよ? 確かに笑顔は見ようによっては可愛いかも知れないけど、やっぱり客観的に見ると地味だし、どちらかといえばブサイクの部類です。ガッツがあるとはいえ、そこまで突出してるかっていうとそうでもないですし、やっぱりそのへんが神様たちのお眼鏡に適わなかったんじゃ」

「………………」

「神様たちも不思議がってましたよ。

 何でこの世界の主は、モブ同然の割に扱いがクッソ面倒なヤツを、あれほど望んでるのかって」

「……………………」

「正直、今貴方がお気に入りにしてるコたち見ても、現世から今に至るまで、貴方の趣味ってなーんかニッチですよね。

 判官贔屓か何か知りませんが、たまにはまともに強いイケメン選んだらどうd」

「てめぇに彼やあいつらのナニが分かるってんじゃこのクソ駄ウサギがぁーーーーーー!!!!」

「ぴぎゃあぁああぁあぁあぁあ!!??」



 アホ駄天使に思いっきりバックドロップをかました数分後。

 私はとっとと街を飛び出していた。

 祭りの準備で大賑わいの街を。



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