第2話 魔王とヒショ
魔王陛下。
私の目の前で玉座に座しておられるそのお姿。
ご立派なお姿だ。
この玉座の間で魔王陛下のお世話を任せていただけるようになってから、何度も見ているけれど、その感動が薄れる事は無い。
銀髪の長髪に、側頭部から伸びる2本の角。
銀色のローブに包まれた、逞しい身体。
その凛々しいご尊顔には、額に第3の目がある。
ああ、どのような彫刻よりも美しく、なんと凛々しいお姿。
私は見惚れて、胸の前で拳を握る。
魔王陛下と比べれば、なんとも見劣りしてしまう、ただ男を誘惑するだけの胸。
なんてみっともないのかしら。
魔王陛下の側近として、恥ずかしくないように服装もビシッと決めているようにはしているけれど。
魔王陛下の完成された美しさの前には霞んでしまう気がする。
「ヒショよ」
魔王陛下が私にそう語り掛けてくださった。
「なんでしょうか陛下」
私は眼鏡の位置を片手で直しながら、ピンと背筋を伸ばして返答する。
さあ、何でも来て下さい。
魔王陛下が続ける。
「人間界殲滅の件なのだが……」
ああ、その件ですか。
魔王軍はすでにその準備を整えています。
各軍団長たちから「準備完了」の知らせはすでに得ています。
後は魔王陛下の進撃の一言のみです。
「準備はすでに終わっております」
私はそう答えると。
返って来た魔王陛下のお言葉は、予想外のものだった。
「やめにしないか?」
「えっと……」
何故です?
人間は自然を壊すし、他の生き物を絶滅させるし、ろくでもない生き物。
だから魔王陛下が鉄槌を下し、滅亡させる。
聖戦ではないですか。
「何故です陛下」
「ちょっと一方的すぎると思うのだ」
伏し目がちの姿勢で、魔王陛下は仰った。
「我が魔王軍はあまりに強い。強すぎる。行動を起こせば人間たちは必ずや殲滅されてしまうことだろう」
その声は暗かった。
「そんな状況で、行動を起こすのはただの弱い者いじめではないか? 滅ぼされる側にしてみれば、納得のいかないことであろう」
魔王陛下……!
なんとお優しい……
人間どものために、そこまで心を配られて……
だが、しかしです。
「人間どもの愚行で、今も自然が壊され、他の生き物が窮地に立たされている事は見過ごせません」
魔王陛下のお優しさは、人間どものために使われるべきではない。
だから私は心を鬼にして意見した。
魔王陛下、そのお優しさは間違いです。
人間の悪を見て下さい……!
「そこだ」
けれど。
魔王陛下は私の言葉にこう返された。
「人間の悪のみを見て、善き面を見ていないのではないか?」
「善き面……」
「そうだ」
魔王陛下は続けられる。
「何でも、悪い面ばかり見続けていれば、世界は悪で満たされてしまう。しかし、努めて善い面を見続けるようにすれば、世界は善で満たされる」
理想の世界だ。
魔王陛下は仰られた。
魔王陛下……ッ!
私は自分の狭量さを思い知り、恥じ入る。
魔王陛下の仰る通り、自分たちは人間たちの悪の面ばかりに注目し、その善き面について見ていなかったのかもしれない。
美点を一切認めずに悪と断じ、殲滅に乗り出すなんて……!
なんて傲慢なの!?
「私たちが間違っていましたッッ!」
ガクリと膝をつき、私は自分たちの誤りを認めた。
「間違いは誰にでもある」
魔王陛下は重々しく、そう仰られた。
そしてその玉座からすっくと立ちあがり、私に歩み寄っていらっしゃった。
そして。
膝をついて崩れ落ちている私の肩に手を乗せられ、こう仰られたのだ。
「大丈夫だ。きっと皆良くなる」
魔王陛下……ッ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます