XX短編集

XX

第1話 蚊の話

 ぷぅ~ん。


 ようやく寝られるというときに、不愉快な音。


 耳元でブンブン飛びやがって。煩いんじゃ。


 俺は企業で研究員をしていて、ヤなことに、俺の配属されているのは「トラブル解決部門」

 ウチの会社での製造ラインで起きた不具合を検証し、原因を突き止め、解決策を提示する部門だ。

 他の部門が手を抜いていいってわけじゃ当然無いが、俺の部門の「休めなさ」はレベルが違う。


 俺たちの部門の仕事が滞れば、その分、俺たちの会社の製造が回らなくなる。


 だから休めない。

 人数を増やしてくれよと思わないでもないが、言っちゃなんだがゴミ処理係。

 ゴミ処理は決してつまらん仕事じゃ無いが、ゴミ処理だけに集中してたら、会社はやっていけなくなる。


 他社に出し抜かれないように、新製品、改良品の開発をすすめていかなきゃならんもんな。


 しょうがないんだ。


 しょうがないけど……身体はそれでは納得しない。

 俺の身体は休みを求めている。


 ぷぅ~ん。


 それなのに、この仕打ち。

 イライラしてきて、どんどん眼が冴えてくる。

 疲れているのに。


 パシッ。ぷぅ~ん。


 叩いたが、逃した。


 明日も仕事あるのに。

 こんなことで時間を使っている場合じゃ無いのに。


 ぷぅ~ん。


 蚊の羽音が変わらず聞こえてくる。

 殺虫剤だ!


 俺は起きだして隣の部屋から殺虫剤を持って来た。

 煙たくなるが、背に腹は代えられない。


 プシュウウ、と散布した。


 どうだ。これで大丈夫だろう。


 さて、寝るか。


 俺は布団に再び潜って寝始める。


 だがしかし。


 ぷぅ~ん。


 ……もう、気にしないことにしよう。


 俺は諦め、意識を寝ることに集中させる。

 蚊の事は考えず、自分の呼吸を意識して……


 ぷぅ~ん。


 プゥ~ン。


 ……ココニイテイイ……?


 !?


 夢現になったときだった。

 蚊の羽音が、人の声に聞こえたんだ。


「嫌だ! 出て行ってくれ!」


 俺は反射的に目覚めて、その言葉に反応した。


 飛び起きて灯りを付けたが、そこには誰も居なくって。

 気のせいかと判断するまで、だいぶ時間がかかった。




 次の日。


 寝不足の状態で出社して、研究室に顔を出すと。

 疲れた顔の同僚たちが、今日もトラブル解決の実験を行っている。


「おはようございます」


「おはよう」


 先輩研究員に挨拶し、白衣に袖を通して自分の受け持ちに手をつけた。


 その日はそのまま深夜まで仕事を続けた。



「もうこんな時間か」


 残ってる研究員が俺のみになり、そろそろ帰ろうかというとき。


 ぷぅ~ん。


 また、あの音が聞こえて来た。


 こんなところでまた蚊か。

 俺はウンザリしていると。


 ……ココニイテイイ……?


 ゾっとした。

 ハッキリと人の声が聞こえたからだ。

 あのときの。


 俺以外誰も居ないのに。

 居ないはずなのに……。



 思うに。


 最初って何でもあると思うんだ。


 世界でも、国でも。


 いわく付きの物件でも。


 それはきっと、事故物件だけじゃ無いんだと思う。

 俺の部屋はそうじゃなかったはずだし。


 それ以外。


 通りすがりの霊っていうのかな?

 そういうのに憑りつかれて、いわく付きになる物件もあるんだろう。


 俺はそういうのに遭遇してしまったわけだ。


 その日以来、俺はたった1人で残業することを徹底的に避けるようになった。

 他の人と仕事を終わらせるのを合わせ、ひとりきりになるのを回避し続けている。


 ……だって自宅に居座られたら嫌じゃんか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る