第一章 解帆:7

 わたしはフォア・マストから後部甲板を振り返って様子を伺ってみた。

するとマリアさんが副長に何か話しかけていた。

マリアさんはいつの間にか無表情に変わっている。

彼女がああして無表情と言うことは、今現在はすこぶるご機嫌と言うことだ。

正午からの午後直では非番になっているはずだしね。

それもあるのかな?

 

 しっかし、なんで幹部のみなさんってば。

なんであんなに深刻そうな顔をしていたのだろう。

ケイコばあちゃんからのお手紙には、わたしに明かせない何か大変なことが書かれてたってこと?

でもでも、そもそもケイコばあちゃんの手紙ごときでだよ。

第七音羽丸の進路が変わるってどーゆーことなんだろ。

 ケイコばあちゃんは村役場や村議会とはまるで関係ない村人なんだよ?

第七音羽丸は村役場が運営していて直接の指揮権は村長にあるはず。

ケイコばあちゃんみたいなモブな村民に船の行き先をどうこうする権限なんかあるわけない。

 

 進路変更で音羽村への帰港が大分先送りになる。

すると年季明けで船を降りるのが遅れる。

それは嫌だったけどさ。

それはそうなんだけどさ。

これからなんと、あのプリンスエドワード島に寄り道ってことなんだよ!

目的意識がまったく無いせいか、武装行儀見習が辛くてたまらない。

そんなわたしにとって、プリンスエドワード島への寄り道はミラクルサプライズとしか思えないわね。

元より船から降りればすぐに行くつもりの場所なのだし。

船長に談判してそのまま島で下船させてもらうというのもありな気がする。

よくよく考えてみれば降って涌いた様な好機と言えなくもない。

 

 けれども、ケイコばあちゃんのなにやら秘密めかしたミッションときたらどうだろう。

キャベンディシュの街中にお使いに行くのはなんだかワクワクするけどさ。

どうひいき目に考えても、ろくでもない案件に違いなさそうだ。

なぜ惑星郵便制度のそれも栄えある中央郵便局の私書箱にだよ。

わたしみたいな年端もいかぬ美少女が、第七音羽丸を代表して赴≪おもむ≫かなければならないのだろう。

 私書箱にはいったい何が入ってるってんだ?

こうした大切なお使いに選ばれる人は普通アレだ。

物の道理をわきまえている。

ミッションの事情を良く承知している。

不測の事態がおきても臨機応変の対応ができる。

そんな人材こそが適任のはずだよね。

子供にだって分かる道理だよ。

だけど船長でも副長でも掌帆長でもない。

単なる若輩の美少女であるわたしが指名された。

それはいったいなぜなのだろう。


 そもそもケイコさん。

ケイコばあちゃん。

ケイコ・マハン・ドレークってのが何者なんだろうって人別帳を捲って調べてみてもね。

音羽村のしょぼい手芸店むじな屋の女主人であり。

わたしの祖母であり。

たんなる村人のひとりに過ぎないことが分かるだけだろうさ。

ケイコばあちゃんなんて一介のなんてことないモブな村民だよ。

たった一通の手紙で第七音羽丸の進路を変えさせる。

そんなだいそれた真似ができる立場の人じゃない。

 村立とはいえ第七音羽丸はかなりの利益を稼ぎ出している有能な鉱石スイーパーなんだよ?

村の稼ぎ頭とも言える第七音羽丸の日銭仕事を中断させることができるなんてね。

自分の祖母ながら俄かに怪しさ満点。

 昔々のその昔、ケイコばあちゃんが船に乗ってたことくらいはわたしも知っている。

今回の一件はそれと何か関係があるのだろうか。

色々な可能性なんてものをまったく思いつかないだけに、益々訳が分からない。

 

 わたしはこの時、ことの大きさに全然気付いていなかった。

そしてわたし一人にまつわる奇妙で不可思議なあれやこれや。

そんなあれやこれやが、やがて何人もの人間の運命を大きく変えていくことに成るなんて。

それこそ夢にも思っていなかったのだ。

 

 その日のわたしの持ち場はフォア・マストだった。

当直のスケジュールは、24時から4時までの夜半直(ミドル・ワッチ)と12時から16時までの午後直(アフタヌーン・ワッチ)という割り当てだった。

 船上のクルーは左舷直と右舷直に分けられ、それぞれが更に三班に分けられて当直というお当番につく。

左舷と右舷の各班は、同時に一班づつ4時間勤務して8時間非番(休憩時間だね)というローテーションを繰り返していく。

 天候の急変や様々な緊急事態が起きた時には、帆を張ったり畳んだりと人手がたくさん必要になる。

そんな時、当直は即座に中止となる。

乗組員全員が「総員配置につけ!」って言う号令一下大忙しになる。

 もちろん、空賊に襲われたり万が一戦争などというとんでもない事態が起きれば大変だ。

「総員配置につけ!」という号令は剣呑な意味を持つ様にもなる。

総員配置には大砲の準備や白兵戦に備える戦闘配置だってありえるからなぁ。

訓練している以上そういう想定があるってことだよ?


『冗談じゃないけどね!!』


 第七音羽丸はブリック型スループ艦と言って、これでも元は立派な軍艦だった。

今は予備役に編入されてるけれどさ。

全備重量600トンの12門艦(大砲を12基乗せている船ってこと)で、現役時代の定員は100名近かったと聞いている。

 もっとも現在は平和な空の上で鉱石スイープ船としてお仕事をしているからね。

都市連合海軍の予備役艦として求められる最低限の備えとして。

5Kg砲(5㎏の弾を打てる大砲ってこと)が2門だけ搭載されている。

定員も34人と大幅に減らされている。

 だけど武装行儀見習い以外のクルーは全員予備役の水兵さんだ。

元々が水兵さんだからかな。

砲術科のお姉さま方は時々訓練と称して、あらぬ方角に向け大砲を撃っている。

その時のお姉さま方はなんだかとっても嬉しそうだ。

平和な世の中だって言うのにさ。

砲撃が楽しいだなんて正気の沙汰とは思えないよ?

 

 そもそもわたしがやってるこのバイトの職名は純粋な民間船だったらね。

武装行儀見習いじゃなくて甲板行儀見習いっていうんだよ?

第七音羽丸は腐っても予備役の軍艦だそうだからね。

わたしも甲板行儀見習いじゃなくて武装行儀見習いってことになっちゃったわけだ。

 

 第七音羽丸は元々が謎に満ちた船だけどさ。

クルーは船長を除いて何故か全員女子だ。

世間知らずな武装行儀見習いの娘も乗せるからと、万事が保守的で心配性の村長が決めた方針なのだろうか。

ブラウニング船長はマッチョな美丈夫だけどね。

男性にしか惚れないって公言してるから採用になったのかな?

 船長は性格的にはねちっこくてちょっとあれだけどさ。

上から目線でいつも偉そうにしてる村長より全てのスペックで勝ってるしね。

わたしみたいなひねくれた美少女でも信頼できるおっさんであることは確か。

ケイコばあちゃんの古い知り合いってことだけは引っかかるけどね。

 

 一般的には軍民問わず、どこの船であっても大体は男女半々の乗り組みが理想とされているらしい。

先の大戦の影響で男性の人口が大幅に減ってしまい、仕方なく女子舟になっている例もあるんだって。

ブラウニング船長はそう言うんだけどさ。

なぜかうちの船以外に女子舟を見かけたことは無い。

噂を聞いたことすらない。

 わたし的には武装行儀見習いの同僚達や年長のおねー様方との共同生活はけっして嫌いじゃない。

まるでトランターかどこかの全寮制の女子校みたいだよ?

和気あいあいと船上生活を送るこの感じだけに限って言えば好きと言っても良いくらいだ。

 

 進学資金を自分で稼げ?

良いだろう。

ポストアカデミー受験に有利になる実務経験を積める?

嘘くさいがまあそれも良いだろう。

ただ、この船にわたしは自分の意志で乗り組んでいるのではない。

そのことだけが、わたしにはどうしても我慢ならなかったのだ。




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