第一章 解帆:3

 「アリー。

実は折り入ってお前に話しておかなければならないことがあるのだ」

モンゴメリー副長が少しまじめな顔つきでいじける船長の後を引き取った。

副長が前に出てきてくれたおかげでわたしの緊張も少し緩む。

そうして人の声が人の声らしく聞こえるようになる。

「ルート。

どうするこのまま私から話すか?」

「いいえ。

あたしが話さなきゃなんないでしょ。

なんだか気が重いけどね。

アリーちゃん。

あんたは武装行儀見習いってことでケイコさんから預かった娘な訳だけれど・・・」


 『いきなりなんなんだよ!

この重い雰囲気は』


 今思えばその時をもって。

わたしのお気楽少女時代には永遠の幕引きがされたのかもしれない。

まだ全然大人になんかなりたくなかったのにぃー。

とざい、とーざい。

理不尽な筋書きがお約束のリアル人生劇場が開幕とござい。

 大人たちの演じる世間と言う表舞台へ、わたしは問答無用で放り出された。

覚悟どころか碌な稽古もしていないわたしがだよ。

魑魅魍魎≪ちみもうりょう≫の跋扈≪ばっこ≫する暴風雨の中で自立することを求められたわけさ。

ちなみに、リアル人生劇場の舞台には底が見通せない奈落がもれなく付いてくる。

ゆめゆめ落ちたりしないようご用心。

 そこには逃げ出せるものならすぐにでも逃げ出したい。

そんな了見のわたしがいた。

 

 わたしが乗り組んでいる第七音羽丸は年季の入った航空帆船だ。

惑星ロージナの西大陸南岸にある小さな村。

音羽村が運営している鉱石スイーパーだ。

鉱石スイーパーは地表からほぼ三百メートルの高度に展開されたフィールド平面上を走り回る。

そうしてフィールド上に散らばる主に隕鉄(隕石に含まれる鉄ニッケル合金)を集めて回るのがお仕事だ。


 惑星ロージナのテラフォーミングが始まってからほぼ二千年の時が経つ。

フィールドはその間、一日たりとて休まず展開され続けている。

 フィールドはバリヤーかシールドみたいなものだって学校で習った。

鉄より大きな原子量を持つ物質を、長径一センチメートルを超えれば上へも下へも通さない。

フィールドはそんな性質を持つそれはそれは不思議で非常識な力場だ。

原子量だとか力場なんて言われてもただの教科書的な知識。

教えられたままを憶えただけで試験のお点も良かったけれど理解はしていないね。

そこはわたしも自信がある。

 

 フィールド面を上下に行き来するのはロージナ人にとっては割と日常的なことだ。

高地や山岳地帯に行けば標高が300mを超えるなんてザラだからね。

商売や産業の都合で傾斜地にある街中をフィールドが横切ってるなんてこともある。

航空帆船が寄港する港街なんかはその典型的な例だよ。

 わたしが生まれて初めてフィールド実感したのは初等学校の遠足の時だ。

遠足は音羽村からほど近いタカオ山への登山だった。

登山と言ってもタカオ山は標高400mに満たない小山に過ぎない。

そんな小山だから、六歳児が歩き通せる程度のちょっとしたハイキングコースが整備されている。

ハイキングコースの終点はタカオ山の頂上になる。

頂上から少し下がった標高300m地点をフィールドが横切ってるってこと。


 成る程。

こっそり持参した文鎮はフィールドを通れなかった。

事前に先生から注意を受けていたけどね。

皆んな何かしら鉄でできた小物を持参してきていた。

間抜けな男子が何人もポケットに穴を開けたものだよ。

何も無い空間なのに鉄の小物は通れないのだから不思議。

子供だったわたしは『おお!手品みたいだな』なんて思った。

 ちょっとお姉さんになって勉強もしてきた。

だけど今だに理屈も仕組みも分からない。

そのことはわたしがガキンチョの頃と変わりはしない。

 

 わたしたちの惑星ロージナは圏内にやたらとゴミが多い星系に在る。

ゴミが多いのは星系内に質量の大きい巨大ガス惑星が一つしか無い事が原因らしい。

 星系内に巨大ガス惑星がいくつもあると人が住む惑星にとっては真に具合がよろしい。

宇宙区間を漂う星になり損ねたゴミが、巨大ガス惑星の重力井戸にどんどん落っこちるからね。

人が住む惑星にジャカスカ隕石が落ちて来て地面が穴だらけになるなんてこともなくなる。

ご先祖の故郷である地球のご近所には巨大ガス惑星が二つもあるそうだ。

地球じゃ大きな隕石が落ちてくるなんてことが滅多にないってことだよ。

生き物が栄えて人類が生まれ文明を創造できたわけだ。

 だけどうちの星系には巨大ガス惑星が一個しかない。

結果としてロージナの太陽系ができて以来。

宇宙空間には大量のゴミが放置されたままになった。

 

 巨大ガス惑星が捉えそこなった大量のゴミはどうなるかって言うとね。

ロージナの引力に引かれてちょくちょく重力圏内に落ちてくることになる。

それがどういうことを意味するかは明白だよ。

 落ちてくるゴミの多くはロージナの大気圏で流れ星になって燃え尽きちゃう。

けれど一部のゴミは隕石として地上まで到達して厄介ごとを引き起こすってことだね。

宇宙ゴミ由来の隕石による爆撃はロージナに生命の存在を許さないだろう。

テラフォーミングの過程でも。

植民後の惑星環境のためにも。

そして何よりロージナへの植民者にとって、それはとうてい見過ごせない脅威だ。

 あったりまえだよね。

そこで地表を隕石の落下から守る究極的解決策が講じられた。

今では誰にも理解できないミラクルな超科学で、この魔法みたいなフィールドを構築したってこと。

 

 テラフォーミングが万事順調に進んでロージナの経営も軌道に乗りかけた頃のこと。

次のミレニアムを迎える矢先の今からちょうど千年ほど昔にそれは起きた。

 初期植民者達はテラフォーミングに関わる専門家集団でもあった

それが起きたのは彼らが苦労に苦労を重ねて取り組んだ開発事業がようやく最後のフェーズを終える時期でもあった

 わたしたちの本籍地である地球からの援助に頼らなくても自立できる。

そんな目出度いミレニアムの始まりに何が起きたのか・・・。

なんと。

わたしたちの星。

惑星ロージナに全地表全海面規模に及ぶ破滅的災害。

いわゆる大災厄が襲い掛かったのだ。

<我々の母なる星は壊滅した。

人類は科学文明を失い生き残った者たちは世界の再興を目指して今に及ぶ苦難の道を歩んでいる>

歴史の教科書でもその辺りの記述はちょっと感傷的だ。


 大災厄の原因と実態が何であったのか。

それは歴史学と考古学の先生たちが追及する永遠のテーマらしい。

今のところ諸説乱立の百家争鳴状態で、百人寄れば百の意見が出る始末とか。

まことしやかな真説と称する珍説が登場しては消え定説はまだない。

それはアイスクリームを食べたことが無い人がその美味しさを語るようなもの。

ほとんどの説が<講釈師見てきたような嘘をつき>ってやつなんだろうね。

 

 もっとも大災厄が起きた後の惨事についてなら教科書にも取り上げられている。

植民者支援の要だったマザーシップ。

統治支援A.I.が管理するライブラリー。

それらと連動して人々を結び付けていた多次元リンク。

惨事ってのは、そんなフィールドと同じ超文明が作った便利な機械が失われて起きた惨事のことな。

 それは大災厄の後生き残った人たちが、実際に見て経験したバリバリの実体験だからね。

ご先祖様たちの記憶にもそのことで生じた生活の不便や困窮。

我が身に降りかかった数多の悲劇。

そんなことどもは強く印象に残ったに違いない。

 結果として後世の考古学者や歴史学者にとっては仕事が楽になった。

こと大災厄後の惨事については、相互検証しやすい口伝や記録がたくさん現存することになったからね。

そんな豊富な資料による惨事の分析が教科書にも落とし込まれているのだと思うよ?

 

 植民地を支えていたシステムが一斉に機能しなくなったのだからさ。

発展途上の植民惑星としては大ピンチということは確かだね。

とりわけ人対人、人対機械、機械対機械の遣り取りを一手に担う多次元リンクが失われたことは致命的だった。

多次元リンクは日常生活から生産設備の管理まで、通信を通じて社会基盤の根幹を支えていたからね。

そのことは、わたしなんかみたいな小娘でもおぼろげには想像できる。

 そう言えば多次元リンクの説明に<意識と意識をつなぐ魔法の糸電話>なんてのがあった。

御伽噺に出てくる超能力。

テレパシーみたいなものだろうか。

その魔法の糸電話をなくした結果は悲惨だよ。

なんたって惑星ロージナの人類は超科学文明の便利をいっさい使用出来なくなった。

 それはそれは一大事。

人々は大災厄まで高度な科学技術文明にどっぷり浸りきって三千年以上もの時を経ていたそうだからね。


 大災厄が起きた時。

人類はそれこそ読み書き算盤から煮炊きを含めた地道な手仕事まですべからく。

なんでもかんでもいっさいがっさい多次元リンクを介した機械任せだった。

信じられないことだけれどね。

<人々はごく基本的な日常の知恵や技術をあらかた忘れ去って久しい>

なんて教科書には書かれている。


 読み書きを例に引いてみればそれが良く分かる。

便利でお手軽な多次元リンクという通信や記録の手段を失くした。

そんなロージナの人達がどうしたかっていうとだね。

粘土板や木簡から始まりやがて紙媒体の発明?復活?へと、言わばもう一回人類史をやり直したんだよ。

 

 最初の内は、世代や地域を越えた情報の共有や伝達は、口伝えだけになっちゃったわけだからね。

口伝は忘れればお終いだし伝言は何人か人を介せば内容が変わってしまう。

だから情報を正確に残す手段を手に入れることが人々にとって喫緊の課題になった。

 とにかく記録と言う作業が文字通り手仕事になることだけはみんなにも分かった。

そのことが一番大変だったみたい。

 なんせ自分の手を使って字を書くという習慣が無くなっていたからね。

メモをチャチャッと残すって発想すらない。

なんたって多次元リンクが失われるまでは頭の中で考えるだけで情報が保存できちゃった。

保存した情報はいつでも自在に引き出せたし、誰にでも瞬時に伝達できたっていうよ。

ホントどんな感じだったんだろう。

・・・想像もつかないや。

 

 例えばだよ。

学校の試験なんかどうしてたんだろうね。

様々な情報を多次元リンクで自在に引き出せちゃうんだからさ。

字を書く習慣もないとなるとアレよ。

多次元リンクから学生の意識を切り離しても試験なんかできないんじゃね?

 要するに読み書き限定の視点で見ればね。

普段の生活にペンやノートが欠かせないわたしたちにはだよ。

どうにも考えの及ばない困った事態を引き起こしたのが大災厄だったってことなの。

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