4章 復讐の少女③
喧騒。
砲弾や大きな丸太なんかで城壁や門を破壊する。どこかの国の戯曲の一節に、ペンは剣よりも強しという有名な言葉があるのだけれど、確かにそうだったなと少女は笑う。
胸が軋まないとは言わない。天職を全うするためのペン。民衆を動かしたペン。彼女の人生とともにあったペン。それを捨ててまでもユナイスはジェルアやサキァルと同じ世界に立ちたい、本当の平和の中で隣を歩き笑いたいと願った。だから、少女は剣を取り、喪服のように真っ黒なロリータ服は兵士たちとの交戦でボロボロになっている。
「城のどこか……いや、地下だ!」
幸運にも、砲弾の衝撃で地下を隠していた通路が露わになっていた。それを見逃すようなユナイスではない。
「この先に、囚われている人たちがいるはずだ!! ジェルア、サキァル、君たちに託す。必ず助けてやってくれ」
「ユナイスは……いや、愚問だったな、忘れろ。……こっちは任せて行ってこい」
「お嬢…………、いってらっしゃい!」
アイコンタクトを交わす3人。ジェルアとサキァルたちは地下へ、ユナイスは王を斃すべく階段を駆け上がっていく。復讐を背負い、愛情を抱くユナイスは、どこかいきいきとしていた。
「王に近づかせるわけには行かぬ!」
「相手はたかが女ひとり!」
「首を討て!!!」
兵が槍や剣に殺意を乗せてその鋒を振るう。ユナイスは最小限の動きで回避すると反撃に出る。息を吸い込んで、へたりそうになる己を奮い立たせるために咆える。
「邪魔だてするなぁぁぁ!!!!!」
甲冑も鎧も貫き、一瞬の隙を逃さず首を狙う。手足を使い物にならなくさせる。斃れる兵士たちから死ぬ間際の鉄臭さを嗅ぎ取って顔を顰める。ひとりにひとつだけの命を容赦なく奪った自覚に後ろ髪を引かれそうになるが、戦争を始めたのはユナイス自身。平和に犠牲はつきもの。分かっている。だから、進む。
「はぁ、はぁ……ついに、来たぞ……」
地面をぐっと踏み、前を見据える。
「ここまで来るとはな、見上げた復讐心だ」
そこには嘲る王が居た。王の顔には少し皺が見える。無駄な肉のない引き締まった身体、聡明そうな顔立ち、碧眼が冷酷さを際立てている、そんなところだ。
「……はは、わたしも驚いてるよ。別に家族のことなんて愛しちゃいなかったのに復讐心を捨てられなかったなんて滑稽だろ?」
「ああ、滑稽だとも。物書きがペンを捨てると獣になるなど誰が考える?」
「獣? まさか。わたしは怪物だよ。…………そういえば怪物の話を友人にしたことがある。悪人を殺す善良な怪物の話だ。ヒトか怪物かをその友人に問うたら面白い答えが返ってきた。『もし怪物なら、自分が悪に堕ちたかどうかも気付けないんだろうし、気付けたとしても後悔すら出来ないんだろう』と。貴方もわたしもそう変わらない。お互い、怪物だろう?」
「そうかもしれんな」
王がゆっくりと立ち上がる。お喋りは此処までだ、というように。ふたりとも静かだった。そして剣を構える。
──此処で殺す!!
カシャン、と手錠や足枷に刃を立てて壊していく。ユナイスが言った通り、たくさんの人が囚われていた。火傷や蚯蚓腫れ、生傷や欠損箇所が痛々しい人たち。首の落とされた死体や、小さな子どもの骨もあった。
悲惨だな、なんて言っている暇はない。逃がせるだけの人を逃がす。命を奪ってきたジェルアの刃が、今消えかけの命を救うために振るわれている。王の兵が斬りかかってくれば足を狙って動きを止めた。それも難しいかまたはなお動く場合には殺した。血腥い空気が地下に沈殿していく。
「サキァル! そっちはどうだ!?」
「こっちにはもう人はいない!!」
ジェルアもサキァルもボロボロだ。血や汗、砂埃で汚れている。人を守りながら敵と対峙するのはなかなか堪えるものだ。
「……ユナイスのところに行こう」
「うん」
城の壁はほとんど崩れていた。いろんなところで煙が上がっている。まだ戦っている人たちがいる。息を切らしながら階段を駆け上がる。ユナイスの助けになりたい、その一心で走る。
「ユナ──────」
キィィィンッと剣と剣が激しくぶつかり合う。王もユナイスも傷だらけだ。瓦礫に血が飛び散っている。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
「くっ、この獣風情がぁぁっ!! 幸せな街の糧になれたこと、喜ぶが良い!! 貴様らは所詮踏み台でしか」
「うるさいっ!! 黙れ!!!! お前らのために喜んでたまるかぁぁ!!!!」
斬りかかるユナイス、防戦を取る王。間合いを見て斬り返すもユナイスはそれを避ける。誰も二人の殺し合いに水を差すことはできない。ジェルアは捻くれ者の物書きが既に存在しないことを悟った。サキァルも同じだろう。立ち尽くして殺し合いの行方を見ているしかなかった。
「う、ぁ、ああぁぁぁぁ!!! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!」
「ほざくな小娘ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
片方の刃が折れた。ごぽっと口から血が垂れ、水溜りをつくった。相手の体に深々と突き刺さった剣を抜けば、血が吹き出す。糸の切れた人形のように倒れ込み、しばらくの痙攣のあとすっかり動かなくなった。
「ユナイス………!」
「は、はあっ、はぁっ、あは、あははは」
──ユナイスが王に勝った。
剣を放り投げて、ふらっとたたらを踏んだユナイスをジェルアとサキァルが駆け寄って支える。貧血だったのにさらに血を流したためにその顔は青い。涙を流しながら笑った。
「……本当は」
その先、ユナイスは何を言いたかったのだろう。その答えを聞くことは一生叶わなくなってしまった。
ユナイスがサキァルを突き飛ばす。
その胸から銀色の鋭い先端部分が覗いている。槍がユナイスの心臓を貫いていた。
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