4章 復讐の少女①

――これはとある少女の自伝である。


 原本は少女の血液をインクとして綴られた、まさに命を削った本。2000文字程度の短い、しかし鋭い刃物のような少女の叫び。


そのタイトルは『傀儡かいらい都市』。


 『 これはつまらない話だ。

 ただの少女が生きるだけの話。取るに足らない創作物だと思ってくれても構わない。けれど、もし読んでいるキミが少しでも興味があるのなら、どうかこの薄汚れた物書きの戯言に付き合ってほしい。これは実話だ。わたしが10年かけて集めた資料と、忘れられずにいた記憶の話。嘘の歴史とその上につくられた平和な都市の話。


 まだマリオネイティスができる前、そこにはヴィオラの街があった。まあ、お世辞にも良い街とは言えないし、マリオネイティスのような平和な都市でもなかった。小さくて、薄汚くて、でも誰もが必死に命を全うしていた。わたしには父と、母と、姉がいた。恵まれた生活に身をおいている今から考えれば、あまり良い家族ではなかった。それが普通だった。わたしも姉も、「おい」とか「それ」とか呼ばれていて、本名なんて忘れてしまった。わたしは昔から落書きするのが好きで、父に見つかってはよく怒鳴られたものだ。

「お前はまた落書きを……!! 消すんだぞ、いいな!!!」

と、まあそんなふうに。それでも面白いことがあれば笑い、人々は繋がりを持って、人間らしく生きていた。


 そんな街に起こった悲劇。事の発端は何だったのだろうか。なにせ、わたしが5つの頃の話だから記憶が曖昧で、今遡ってみてもヴィオラの街のことなど不明な点も多いのだけれど、そんなに難しい話ではなかった気がする。国がゴミの回収を3ヶ月ほど怠ってネズミや虫、鳥が集り病気が蔓延したとか、そのせいで病院がパンク、さらには街が封鎖状態で逃げ場もなければ支援物資もなく、あぶれた死体が道端に放置されたとか、ヴィオラの街での物価高騰したとか………負の連鎖で街の住人の不満が爆発したわけだ。


 わたしの家も大いに影響を受け、両親の不仲は加速、空腹と最悪の衛生環境……殴り合いにまで発展したものだから大変だった。止めようものならこちらに矛先が向いてひどい目にあった。わたしの家からはもちろん、ヴィオラの街からも笑顔は消えた。野犬の街……誰もが誰かを恨んで憎んで貶めようとして……信じる心なんて生まれようもなかったんだ。生きるために同じ街の人間を殺す者もいた。


 そんな日が続いていたある日。

 「火だ!!! 火だ!!!!」

 どこからともなく火の矢が飛んできた。ゴミやら民家やらに火が移り、死体もネズミも鳥も人間も燃えていく。

「王は俺たちを殺す気だ!!! 女子どもは逃げろ! 男どもは王を殺せー!!!」

 皮肉なことに、暴動がヴィオラの街をひとつに戻した。王のもとからは兵士がやってきて、街中の人間をひとり残らず殺していった。……わたしは逃げる途中に姉も母も殺された。殺される家族を見捨ててまでもわたしは生きる選択をした。劈く悲鳴を、肉の焦げる臭いを、ハエの集る死屍累々の悪臭を、燃える炎を、飛び散った血の赤を、今でも覚えている。


 ヴィオラの街の戦争の終焉はあまりにスムーズだった。違和感を覚えるほどに。


 匿名で(名乗る名前もなかったからね)新聞に載せた文章が流行ったときわたしに込み上げてきたのは嬉しさと恐怖。わたしの言葉が届くのが嬉しい、文章を書くのは楽しい。そして、ヴィオラの街の生き残りだと知れたら殺されてしまうという恐怖。だから、わたしの『ユナイス』という名前は、偽物だけど本名より長く私と歩んでくれたとても大切なもの。


 ここ数年の話にはなるけれど、怯えながら生きるわたしにも友人ができた。年老いても一緒にいたいと思えるほど親しくなった。だからこのまま、ヴィオラの街のことなど忘れて、記憶も悪夢として葬って死ぬまで生きようかと思っていた。


 しかし。

 物書きとして名前が売れ始め、いろんな人から話を聞けるようになった頃。わたしの違和感は間違っていなかったことを知る。


 ……ヴィオラの街の暴動も終焉も、全ては計画されていたことだという話を耳にしたのだ。"暴動の街を収めた素晴らしき王"という肩書を作るために……新しい王を疑わない街を作るために、王家が仕組んだのだ。今の王は、かつての王の又従兄弟で……さらに、あの日断頭されたのは影武者。それを知ったときのわたしの怒り! やるせなさ! ヴィオラの街の住人が生け捕りにされて随分な扱いを受けているのだと、買収した今の王家兵士から聞いた。非道な街だ、こんなことで理想国家を名乗って、人々を騙し、わたしを苦しめる……。


 誰もが現状を知らないまま、演じるように街で幸せに、平和に生きていることが許せなかった。こんな偽りの平和のなかで籠の中の鳥のように王家の玩具にされて、許せるはずがない!! これはわたしのエゴだが、愛している者たちと偽りの中で生きたいとは思えなかったのだ。


 キミたちはどうだ。


 偽りの中で暮らしたいか?

 王家の玩具にされて黙っていられるか?

 与えられた偽りの平和、穢れた幸福のなかで死を待つのか?


 選択はキミたちに任せよう。どう感じるかなどはキミたち次第なのだから。わたしはキミたちがどんな選択をしようともこの平和を壊すつもりでいる。


 逃げたければ逃げろ、戦いたければ戦え、傍観者はそれでも良い。


 この復讐さえ遂げられればわたしの命などはどうにでもしてくれて結構だ。復讐が終わった後には殺しても良い。


 この意志を、わたしの血で示そう。


 Unice Midnights』


 そんな話。


 そして人間たちは動き出す。街はゆっくりと崩壊へと向かっていた。偽りだとしても自分たちが生きてきた平和、それを壊そうとする者たち。


 噴水の前に道化少女ユナイスが立っている。ロリータ服は黒を基調にしており、それはなんだか喪服のようにも見えた。


 街に、王に別れを告げるときがやってきた。もう後戻りはできない。

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