第5話

 ベニアズマさんの使用人は全員で四人だ。大きい屋敷にこの人数は相当少ないがキントキさんは畑担当で芋を育てるの能力を持っている稀有な人物だ。

 その他にベニアズマさんの万能執事、芋族のアンノウさんとその弟子、一番年下の人族のハルカ君、オールワークスメイドで水を無限に出せる能力を持つポックルさんだ。皆、使用人としてのスペックが高いがこれくらいが普通らしい。

 この世界において能力にこれと言った名称は無く能力が発芽したことを国に報告すると仕事を貰えますよ程度らしい。能力あってもなくても強い人は強いらしいし。そんなに重要視されてないっぽい。


「あ、アンノウさん達、発見! ベニアズマさんが仕分けるから集まってだそうです」

「分かりました。ハルカ、ポックル、主がお呼びらしいので掃除の後始末をして直ぐに向かいますよ」

「了解しました師匠」


 と、ハルカ君。


「はい、わかりました」


 とポックルさんが言った。


 四人で馬鈴薯保管庫に向かうと仕分ける収穫済みの馬鈴薯の箱が積みあげられていた。


「ベニアズマさん、呼んできました」

「お、来たか。それじゃあ始めるぞ。ポックル、そこの盥に水を入れて軽く洗ってくれ。ハルカはこっちでお金にするやつと食べるヤツに分けてくれアンノウとリュージンは箱運びをよろしく」


 お金と主食は一緒で芋だ。薩摩芋、里芋、馬鈴薯の順で通貨のレートが高く高級食品で新鮮なものがレートの上位らしい。

 なんでお金と主食が芋なのかは知らないし、お金である芋を育ててそして食べられるということに色々問題やら矛盾やらあるがいちいち気にしていたらやってられない。ここでの常識にいちいちツッコミを入れていたらキリがないし病んでしまう。


「今年の馬鈴薯の納税は収穫の五割か……キツイな」

「そうですね、主。今年は特に酷いです。種芋の分と屋敷の維持費を引くとギリギリ黒字といったところです——」


 ほとんど作業が終わって確認のために収穫量の計算と今年の税を軽く計算していたベニアズマさんが洩らし、アンノウさんが同意する。


「……あだっ」

「リュージン、手が止まっていますよ」


 会話が気になり作業の手が止まると後ろからポックルさんに小突かれた。


「気になるのは分かるよ。最近、手伝いしてると師匠がよく溜め息をつくんだ。気にしないように振る舞っているどご主人様も師匠も大変にしてるんだよなぁ」


 表情を曇らせるハルカ君。年下なりに思うところがあるようだ。

 全員が各々しんみりとした雰囲気になっってしまったところでポックルさんが気を利かして声をかけてくれた。


「リュージンさん、ハルカとこの盤を元のの場所に戻しに行ってくれませんか。ご主人とキントキさんはそのまま確認作業を続けましょう」

「あ、はい。分かりました。行こうぜ、ハルカ君」

「分かりました。リュージンさん」


 二人で大きな盥を持ち上げてこ運んで、馬鈴薯保管庫空出て一つ畑を挟んだところに建てられている道具小屋に来た。


「いつもの場所に立て掛けとけば良いんだよね」

「そうです、リュージンさん。この小屋の外の壁までいきましょう」


 この畑仕事に使う道具が数多く置かれているが今は用事がないのでスルーし、小屋の壁に盥をハルカ君と一緒に立てかけた。


「よし、ハルカ君。戻ろっか――」


 俺がハルカ君のそう声を掛けたその時だった。

 頭を軽く叩かれた程度の衝撃に見舞われた。


「痛たっ! 何するんだよ、ハルカ――君?」


 振り向いてハルカ君に尋ねようとしたが顔を強張らせていた。


「ぼ、僕じゃないです、僕じゃないです……けど少し、こっち来てください!」

「あ、おい。どういうことだよ」

「いいから、ちょっとお話があります。とうとう来ました。この時のために必ずリュージンさんの隣に僕たちの誰かしらがいたのです。」


 ハルカ君に手を引かれながら軽く説明され、俺たちは道具小屋の中に入る。

 そういえば外に出る時は必ず、キントキさんかハルカ君が


「いいですか、リュージンさん。今、言うことをこの瞬間から実行してください」


 神妙な面持ちでハルカ君が俺の双肩を掴み必死に小声で問う。


「わ、分かった……」


 間近までに迫った真剣な表情の圧に押され、何のことなのか分からないが頷いた。


「ではまず、殴ったのは僕ではありません。人差し指程度の大きさの黒く頭に双葉が生えた生物――『黒かりんとう』に殴られました。其奴等はこの国の貴族に仕えています。黒かりんとうは悪質な嫌がらせをするのでイラつきます。ですが、その嫌がらせに満足したら消えます。そしてここからが本題です」


 ここまでを真剣に語られているけれど全然ピンとこないのが本音だ。しかしハルカ君の本気な顔に俺はゴクリと息を飲むとハルカ君は頬を伝い顎から汗粒を一つ落とした。


「この黒かりんとうの厄介なところはその能力にあります。悪質な嫌がらせに腹を立てても反撃をしてはいけません。それと黒かりんとうに悪口を言うこともダメです。なぜなら彼奴等の怖さは集団性にあります。一匹だけでも危険です。彼奴ら等はキレるとテレパシーを使って仲間を呼び出し集団でリンチにしてきて殺してきます。この小屋を出たら今言ったことを肝に命じてください。多分、小屋を出たら直ぐに現れると思うので。屋敷まで逃げますよ。彼奴等は建物内には侵入出来なないので」

「……りょ、了解」


 警戒しながらハルカ君を先頭に小屋の外とに出る。するとまた俺の頭が軽く叩かれた。しっかり見えた黒こげ茶色小さな物体に双葉あが生えた――黒かりんとうが。


「リュージンさん。こっちへ」


  ハルカ君に手を引かれて屋敷まで走る。その間にも黒かりんとうが何回か襲撃をしてくる。もう直ぐ屋敷に着くと思ったその時、足が縺れて盛大に俺たちは転んだ。


「いてて……ハルカ君、大丈夫?」

「僕は大丈夫ですが…少々、面倒なことになりました」


 ハルカ君が言う面倒なこととは多分、今、目の前で何体か飛び跳ねている黒かりんとうのことなのだろう。俺には双葉が生えたウンコが喋っているようにしか見えない。だが、面倒ごとを起こしてベニアズマさんに迷惑をかけたくないので俺は必死に吹き出して笑ってしまいそうな口を抑え堪える。


「おい、お前ら逃げるとは何事だ? まさか、俺たちにビビってるのか? ビビってるんだな!」


 真ん中のリーダー格に同意してニチャニチャ笑い中央のヤツを『兄貴』呼びする両脇二体。どうやら俺を叩いていたのは三体だったらしい。


「はい。ビビり散らかしています。なのでこのまま屋敷に戻らせていただきたいのですが……」

「――ダメだ! 転んだのが運の尽き! お前ら、此奴らの服破くぞ!」

「それだけは止めてください――!」


 黒かりんとうとハルカ君が口論している傍で俺は思いきっり笑った。もう盛大に笑ってしまった――。


「……あはははははははっ、ウンコみたいな見た目に双葉が生えている謎生物とか、あはっ、もう無理、あははは、笑うわこんなの。あはははははは――」


 こればっかりはどうしようもない。だって、バナナウンコみたいな見た目に双葉の芽を生やした生物がずっと飛び跳ねてるんだよ? 俺の精神年齢は小学生低学年並みだわ。そうでなければこんなウンコみたいな物体で笑うはずない。うん、絶対そうだ。


「なに笑ってるんだ、テメェ! ぶっ飛ばす」

「え、うわっ!」


 と、リーダー格の黒かりんとうが叫びながら飛んできた。俺は咄嗟に手で払い落した。


「――グエッ」

「兄貴!」


 取り巻きの一体が俺が払ってしまったヤツのもとに駆け寄ると、もう一体がその場で叫ぶ。


「皆、集まれぇぇぇっ! ここに逆らうヤツがいるぞぉぉぉっ!」


 バカでかい声量だったため、俺たちは耳を塞いで耐えたが、辺り一面の光景に青ざめた。

 空上と地中から地面を埋めつくほど黒かりんとうが犇めき合っている。簡単に言ったらウンコに芽が生えた物体が大量に敷き詰められているみたいな感じだ。

 正直、こんなに集まったら吐きそうなくらい気持ち悪いわ……なんて呑気なこと考えていたその時、黒かりんとうの一体が俺目掛けて飛んでくる。先程と同じように手で払ったその瞬間、小指と薬指が吹き飛んだ――。


「――は?」


 自分でも吃驚するぐらい間抜けな声が出た後、強烈な痛みの信号が手から脳にダイレクトに伝達される。


「うぐぎゃああああああああああっ!」


 痛い。痛すぎる。何が起きた? 何が起きたんだよ。俺の指消えた? 血めっちゃ出てる。あの黒かりんとうがやったの? なんだよ、こんなはずじゃ――。


「――ジンさん! リュージンさん! 落ち着いてください!」


 ハルカ君の声で混乱した脳内に少しだけ理性が戻れた。でもまだ混乱の方が大きい。

 痛みに悶えている間にハルカ君は小屋に立て掛けた盥を盾にし、何とか黒かりんとうの攻撃を必死に防いでくれていた。息を軽く吸って吐き早口に問う。


「落ち着いたけど俺は如何したら良い? 何をするべきだと思う?」

「こうなったら屋敷に逃げたところで無駄なので適当に逃げてください!僕はここを耐えたのち、師匠を呼びますので!」

「分かった!」


 俺はベニアズマさんに迷惑をかけないようにと屋敷とは反対の方向にある森へと後ろを振り向かず、前を向いて走った。

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