第3話
意識が深海から浮き出すような感覚で徐々に水面下に迫ると同時に身体が柔らかな土の上で寝ていることを必死に知らせる。
「うぅ……はっ!」
くっついた瞼を無理矢理カッと見開く。
「うがぁぁぁっ!」
瞳孔の縮小が間に合わなかった俺の目は大量の光を取り込んだ。
「目がぁぁぁっ!」
目を手で押さえフカフカの土の上を平ら固めるくらいただ痛みのままに転げ回る。
数分後、転げ回っている間に瞳孔の機能が元に戻った。まだ少しズキズキするが状況を確認するためにゆっくりと立ち上がって周りを見渡す。
「ここは……畑?」
広大な面積に均一に並べられた植物。天気は雲一つない綺麗なスカイブルー。周りは俺が転げ回った跡と思われる……というかそうだろう跡が酷い。この畑を管理している人に見つかったらどういう風に見られるのかは一目瞭然だ。だが転げ回った時に意図せず、掘られた物体を見てこの畑が何を育てている畑かわかった。
それは、馬鈴薯だ。
葉っぱの形が知っているのと同じだからこの広大な畑は全て馬鈴薯なのか……流石、干し芋の神が治める世界といったところか? でも、確か馬鈴薯はどんな土地でも簡単に育つし大量生産をしようとすれば簡単にできるはず。この世界は馬鈴薯が主食なのかもしれないかも?
「おい、そこのお前! 何している? まさか……芋泥棒か!」
怒号がした方向に目を向ける。畑の柵の向こう側に一メートルくらいの薩摩芋に手足と顔が付いた生物と言って良いのか分からない物体が怒りなあがら此方に近付いてくる。
えっと……この世界における知的生命体ってことで良いのかな。まさか、この世界は全員、あんな感じの見た目なのか……? それはそれで精神的によろしくない……って、そんなことは置いといて今はこの世界についての情報が欲しいが、現状よろしくない。頑張って対話で分かって貰えるように努力しつつ無理だった場合のために逃走する経路を確保しよう。
「――おい、お前。聞こえているだろ!」
「……お、俺は芋泥棒ではありません! 信じてください」
怒鳴り散らした薩摩芋の生物に会話を試みる。
思った以上に自分の声が大きく上ずって震えている。めちゃくちゃ恥ずかしい。冷や汗が出る。でも仕方がない。誰かの喋るのなんて久々すぎるのだから。
「お、おう……?」
どうやら薩摩芋の生物は俺の反応が意外だったのか困惑している。チャンスだ。今のうちに設定を固めよう……テンプレで記憶喪失設定でいっか。
「お、起きたらここにいたんです。それにどうして此処にいるのかとか分からないんです……それに記憶が曖昧で……多分、記憶喪失? かも知れません」
「お、おう。ということは……」
薩摩芋の生物は少し考える仕草を取る。
「……お前さんは多分、巷で話題の芋泥棒の被害者かもしれん。噂じゃあ、違法薬物を使って記憶を消して芋畑に置いといて犯人に仕立て上げた上で大事な芋を盗むって輩らしい。嬢ちゃん、自分の名前は分かるかい?」
「あ、はい。俺の名前は魔王龍神と言います。りゅーじんと呼んでください」
やっべ、ずっと引きこもってパソコンをしていた影響は声だけに留まらず、思考までに及ぼしていたか。よりによって中学の時にノリと勢いで決めたネットのユーザー名を使ってしまったんだ……ヨシ、気持ち切り替えよう。どうせ異世界。偽名でもいいや。そういえば今、俺のこと『嬢ちゃん』って呼んだな。ということはこの世界にも俺のような人間はいるということか。芋の見た目した生物ばかりじゃ無いということに少し安心した。
「嬢ちゃんは面白い名前してるな。オデはベニアズマって言うんだ。行くところ無いならオデの家にくるか、リュージン?」
「あ、ありがとうございます。これからよろしくお願いします! ベニアズマ……
さん?」
「おう、よろしくな」
ニカっと歯を見せて笑う。この薩摩芋の生物、ベニアズマさんは多分きっと善人な方なのだろう。緊張していた身体が少しだけ絆された気分だ。
後々、面倒になる前に先に間違いを正しとこうっと。自分で言うのも何なのだが中性的な顔をしている方だ。だから人によってはボーイッシュな女の子に見える。だから『嬢ちゃん』というのは分かる。だが、男だ。
「あの、俺は男です」
「なんと!? それはすまんかった……そんなに可愛い顔立ちで男とは思いもしなかった。そうだ! 汚れているし井戸まで案内しよう――」
「あはは、ありがとうございます?」
ベニアズマさんはクルッと来た道を戻るように進む。俺もその後を追う。
それにしても『可愛い顔立ち』じか。俺の顔というのはどちらかと言うと中性よりだったが、そこまで女の子に見えなかったはず……。
俺はここで初めて自分の身体をまじまじと観察する。服装は今は泥だらけだか元は真っ白だったであろう簡素なワンピースに、同じく泥だらけの手足。腕に付着した土を擦って落として分かったが元の世界に居た時より白く綺麗な肌をしていることが見て分かる。
ということは此処に転移させられる前に姿を弄られたということか。
「それじゃあ汚れちまってるその身体を綺麗にしようか。」
「――あ、はい!」
いつの間にか目的の場所に着いてた。
ベニアズマさんが水を汲み上げている間に周りを見た。馬鈴薯畑のど真ん中に建てらた井戸と、その隣に建てられた大きな建物というか屋敷。
「あの、ベニアズマさん。この屋敷って……」
「ああ、そこはオデの家だ。これでも有名な馬鈴薯農家なんだ。と言っても記憶喪失のリュージンには分からないか。」
「あはは……そうですね。常識の部分も抜けてる可能性もあるので教えていただければ幸いです……」
水の入った大きな盥を目の前に置いて干していた洗濯物の中からタオルを取って渡された。
泥だらけの身体を拭っていく。その過程で桶の水面に映った自分の顔が、元の世界のSNSでもう一つの人格が投稿してくれていた画像の顔になっていることに驚いた。化粧をしないと俺が淡く恋心を抱いたあのもう一人の人格の姿のように可愛くならないはずだったのだが……まさか顔まで可愛くしてくれたのか。干し芋の神に感謝だな。マジ、感謝しかない。
「ん? どうした、盥を覗いてさ。まさか自分の顔すら忘れていたのか?」
「そんなところです」
「そうか。それは重症だな。一回、医者に行くか?」
「いえ多分、大丈夫です」
「そか。じゃあ、その泥だらけのワンピースを脱いでこっちによこしな。洗ってやる」
ワンピースを脱いでベニアズマさんに託し、水の張った盥の中に入った。井戸水はすごく冷たく心地良かったとだけ明記しとこう。
体の隅々まで泥を落としたところでベニアズマさんが声を掛ける。
「使用人のお下がりなのは我慢してくれ。近年、税収が厳しくて使用人にまともに給料やれない状況なんだ」
照れ臭そうにそっぽを向くベニアズマさん。その顔は少し赤い。俺の姿が綺麗なのは仕方がない。俺自身、理想を手に入れたことに嬉しさはあるが違和感や戸惑いの方が大きい。
「ありがとうございます」
今出来る最高の笑顔を感謝を伝えると、顔を真っ赤にして数分くらいベニアズマさんは此方を見てくれなかった。
こうして干し芋の神のせいで転移させられてしまった世界での生活が始まった。
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