第3話 「風の音楽」のブレイク

 私は音乃と一緒に姉の部屋のベランダへ行き、異世界に入った。

 風がいつものように多様に吹いていて、風の精霊たちの歌が入り乱れて聴こえてきた。

「なに、この世界? 天国なの?」

 音乃は一瞬で異世界が気に入ったようだった。

 彼女は金髪イケメンの風の精霊に近づき、歌に耳を澄ませた。

「ねえ祈里、これ、録音していい?」

「いいよ。わたしが著作権を持っているわけじゃないし、この人たちが著作権を主張するとも思えないから」

 音乃はスマホで録音の操作をした。しかしどういうわけか録音できず、風の歌の再生はできなかった。

「なんでなの?」

「わかんないよ。ここ、異世界だし」

「いいわ。あたし、このメロディを憶えて帰る」

「わたしは姉さんを探してくるね。一時間後くらいに、三角岩で待ち合わせでいい?」

 三角岩から元の世界に戻れるということは、事前に説明してあった。

「オッケー」

 彼女はわたしを見ようともせず、金髪の風の精霊の歌を記憶しようと集中していた。

 姉はその日も見つからなかった。

 わたしたちの世界に帰ったら、音乃が興奮して言った。

「風の歌すごかった! ねえ、あたしあの音楽をパソコンのソフトで編曲して、世に出したい。ネットに投稿してもいいかな?」

 断る理由があるとは思えなかった。「いいよ」と私は言った。

 音乃は「風の音楽№1」という電子音楽を作って、ネットに投稿した。再生回数は一日で千回を超えた。音乃のオリジナル曲の十倍以上だ。

「やったーっ! すごい! あたしの天才が理解された!」

 音乃ははしゃいでいた。

 わたしは少しだけ不愉快になった。

 この曲、音乃のオリジナルじゃないじゃん。金髪パーマさんの曲だよね。音乃の手柄じゃない。

「祈里、また異世界に連れていって!」

「いいけど……」

 断ったらけんかになると思って、わたしはまた彼女と風の精霊たちの世界に行った。

 いつもすぐに見かける金髪天然パーマのイケメン精霊が見当たらない。

 どうしちゃったんだろう?

 わたしはそれがものすごく気になったのだが、音乃は直毛銀髪の美女精霊のハードロックのような風の歌を覚えようとしていて、金髪パーマさんの不在のことは話題にもならなかった。

 銀髪美女さんの曲は音乃の「風の音楽№2」に編曲され、再生回数は十万回を超えた。

「きゃはっ! あたし天才!」

「音乃の曲じゃないよね。風の歌を自分の曲みたいに扱うのはどうかと思うけど」

「あたしの編曲が天才的なのよ。また行こう、異世界!」

 わたしははっきりと不愉快になったけれど、音乃とけんかしたくはなかった。

 次に音乃と異世界に行ったとき、直毛銀髪の美女精霊がいなくなっていた。

 わたしは、もしかしたら、風の歌を盗むと、その歌の持ち主の精霊が消えてしまうのではないかと疑った。

 風の歌を音乃がわたしたちの世界で使っている行為が、精霊を殺しているのではないかと。 

 わたしと音乃は異世界に通った。断りたくなっていたけれど、「親友でしょ。お願い、あたしあそこに行きたいのよ!」と言われると断れなかった。

 音乃は毎回、風の歌を記憶して、電子音楽に編曲し、ネットに投稿した。

 彼女が編曲した風の音楽はブレイクした。再生回数が百万回を突破するようになった。

 鎌切音乃は有名人になった。

 しかし、彼女に曲を奪われた風の精霊は、必ず姿を消していた。

 音乃と彼女に協力しているわたしは、風の精霊を殺している。もしくは弱体化させて、どこかへ去らせている。わたしはそう確信した。

 わたしたちは異世界の音楽を搾取しているのだ。よくない行為をしている。

「風の音楽№6」を投稿した後、大手音楽会社が音乃に接触してきて、風の音楽を販売しないかというオファーをした。野心家の彼女はわたしに相談しないで承諾した。それを聞いたとき、わたしは怒った。

「風の音楽は音乃のオリジナルじゃないのよ。あなたは編曲者でしょう? それなのに、あなたのオリジナル曲として販売するの?」とわたしは詰問した。

「作曲者が風の精霊では変でしょう? 異世界を秘密にしておくには、あたしの名前で出した方がいいのよ」

 わたしと音乃は異世界のことは秘密にしておこうという約束をしていた。あの美しい世界が他の人たちに踏み荒らされるのが嫌だというのは、彼女も同意してくれていた。

 わたしは苦々しく思ったが、「風の音楽№1」から「№6」の販売を止めるすべはなかった。 

 風の音楽は大ヒットした。日本だけでなく、世界中で好評だった。音乃は一気に天才音楽家として知られるようになった。音楽データは有料でダウンロードされまくり、CDも売れた。

 わたしはもう音乃を異世界に連れていくのはやめようと決めた。

「さあ、また異世界に行こうよ!」と音乃があたりまえのように言う。

「だめよ。もう音乃は連れていかない。風の精霊が死んじゃうのよ」

「なにそれ、莫迦なこと言わないで。精霊が死ぬとか、非科学的すぎるよ」

「異世界の存在自体が超自然的なの。科学とかでは説明できない。とにかく、わたしたちの世界で風の音楽が再生されると、それを歌っていた精霊が姿を消すの。音乃はもう、風の音楽を編曲したらだめよ」

「そんなの嫌よ! もうはじめちゃったんだから。これからも私は音楽家として生きていくの!」

「やりたければ、自分のオリジナルでやってよ。異世界の風のメロディを使うのはもうやめて」

「嫌よ! あたしを連れていきなさい!」

「お断りよ! もうあんたを姉の部屋には入れないから!」

 ついにわたしは音乃とけんかしてしまった。

 異世界には姉の部屋のベランダからしか行けないのだから、わたしの協力がなければ、音乃は異世界には行けず、新しい「風の音楽」を作れない。

 大学で音乃はわたしに食ってかかった。

「異世界はあなただけのものじゃないのよ! あたしには異世界の音楽をこの世界に広める義務があるの!」

「音乃は異世界の歌を搾取しているのよ。精霊を殺しているの。看過できない」

「あたしの作曲家の道を断つつもりなの?」

「あんたは最初から作曲家じゃなかった」

「ねぇ、お願いだから、あたしから風の音楽を奪わないで……」

「奪っているのは音乃の方よ。あんたの鎌が風の精霊を切り裂いたの!」

 音乃は泣いた。

「もう友だちじゃないの?」

「友だちよ」

「なら、ひどいことをしないで。異世界に行かせて」

「それだけは、だめ」

 音乃はものすごく強い目で私を睨んだ。

「あたしは絶対にまた異世界に行ってみせる」と捨てゼリフを残して、わたしから離れていった。

 わたしはひとりで異世界に行くようになった。姉を探し、風の歌に耳を澄ました。

 音乃はまだ異世界に行くのをあきらめてはいなかった。わたしは男の人に襲われて、姉の部屋の鍵を盗まれそうになった。彼女のしわざにちがいなかった。幸い男の人は逮捕されて、警察署で鎌切音乃に依頼されて犯罪に及んだのだと白状した。彼女は犯罪者となり、音楽会社との契約を破棄された。

 わたしは哀しかった。もう音乃と友だちではなくなった。

「風の音楽」がわたしたちの世界で聴かれる回数は減っていった。CDは販売停止になったし、新曲が出なくなると、ネットでの再生回数も激減した。

 私はひとりで異世界に通いつづけた。

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