番外編⑧『アッシュを支える人々』

 ――目立つ者ばかりが主役ではない。

 輝く者のそばには必ず補佐する者があり、歴史に名を残さずとも活躍は確かに存在する。

 賛辞されずとも、讃えられずとも。日陰者であるがゆえに誇りを持ち、偉業を支える者はいる。

 

「――ライナスさん、いくつかの集落から同盟の打診が来ています」

「ああ判った。すぐに確認するよ」

 永世アッシュルナ皇国。その中枢たる城の一角にて。

「ライナスさん、騎士団希望者が多数来ています。確認と接待の手順を」

「私が確認しておく。リーダー格には連絡して」

 見張りの兵士、庭師、メイドに料理人。様々な者たちが行き交うその広大な廊下で、一人の壮年男性がせわしなく職務に追われていた。

「あの! ライナスさん! 擬人化娘たちのファンがまた面倒事を……」

「注意と矯正のための人材を選抜しよう。あと三十分くらい掛かる」

 アッシュやシャルナを除き、誰よりも働く影の功労者、ライナスが忙しそうに駆け走っていく。

 

 アッシュルナ皇国の内務大臣であるライナスは、じつに多忙だ。

 国の雑事から様々な人からの相談、要望、それらを統括し、まとめあげてアッシュに報告する仕事が主となる。

 他にも都市部の諍いや新規開拓する分野があれば検討の会議に参加。

 擬人化娘絡みの案件があればシャルナと揃って対処する。

 他国の密偵などがいれば、その処遇をアッシュに提案。などなど、職務内容はじつに多様。まさに寝る間も惜しんで働く影の功労者だ。

 この三日間で眠れた時間は三時間ほど。

「え? 一日に一時間しか寝てないの? 大丈夫?」と、同郷の聖者の里の面々からは心配されるが――。

「では少しだけ私の仕事を手伝って」

 と口にすると、何故か皆が「今日は天気がいいな……」と話題を逸らしたり、「ちょっと腹痛……」が、などと仮病で逃げていく。

 薄情だが適材適所。雑務に適した人材などそう簡単にはいないため、ライナスは粉骨砕身、気合いや魔術やら諸々を総動員させ、今日も元気に奮戦する。

「ああ、暇が欲しい暇が欲しい。昔の自分からは考えられなかったことだね」

 ライナスは苦笑する。


 ――そもそもの話。

 ライナスは故郷の聖者の里では、荒くれ者として有名だった。

 ロス神父という実質的な里のまとめ役から恩恵ギフトを仲介され、その手ほどきを受けたが、真面目に活動することを良しとしない。典型的な恩恵ギフトを悪用する一派の一人だった。

 

『ロス神父、またライナスが厄介事を……』

『ライナスのせいで家畜が怯えている。まったくあいつは……』

『仕事に戻りなさい。私が彼に言っておきましょう』

 

『あーあ。今日もつまらない。なんか面白いことねーかな』

 まだ十六歳のその日。若きライナスは手に入れたばかりの『恩恵ギフト』を悪用し、里の片隅で暇を持て余していた。


 ――彼が授かった力は、『思考加速スキル』である。


 一日に一時間分、思考を数十倍化させることが出来る、補助系としては最上位に近い能力だ。

 これを用いれば戦闘のときは十全に準備をして行え、戦闘中にも思考を加速させることで最善手を構築、有利な状況を作れる。

 すでに同年代に敵うものなどなく、年配でも太刀打ちできる者は限られていた。

 わずか十六歳の少年が増長するのには、十分な理由と言える。

 同郷の者への軽犯罪、侮蔑の言葉、その他皆が眉をひそめる程度のことは何度も行っていた。

 だがそれも所詮、気晴らしに過ぎない。

 その頃のライナスには、全てが色あせて見えていた。

『誰も俺と同じ位置にいない。つまらない。つまらない』

 戦闘も、議論も全て自分が上。持たざる者は辛いが、ライナスはその逆。持ちすぎて不幸という立場にあった。

 そんな時だ。彼に転機となるきっかけを与えた出来事があったのは。

 

『――ライナス。またここで昼寝ですか』

 とある日。

 指南役であり、里の実質的なまとめ役であるロス神父が、地面に寝転ぶライナスを見て呟いた。

『そうだよ、悪いかよ神父さま』

 だるそうにライナスは見下ろす神父に笑った。

『俺はさ、強いんだ。強すぎてつまらないんだ。どいつもこいつも俺より遅い。思考が遅い。遅過ぎる。勝利を確信した手でも簡単に俺は対応出来る。こんなつまらないことはないね』

『自分に誰も追いつけない――だから退屈だと?』

 若きライナスは頷きを返した。

『そうだよ。――なあ神父さま。なんで俺ってこんな強いの? 別に俺でなくとも良くね? だって【魔王】の復活って、まだ五十年以上も先じゃん。なのに俺みたいな才能の無駄遣いが生まれて、女神さまは何を考えているんだ?』

 創造神である女神リュミエールが人々に恩恵ギフトを授け、力とさせる。

 それはこの世界の人々なら誰でも知っている事実だ。

 十六歳になれば皆が加護を得る。

 しかし、その加護も肝心の魔王がいなければ宝の持ち腐れ。

 ライナスはそれを疑問に感じていた。

 ロス神父は、無言で空を見上げ、何事が呟いた後、静かに語る。

『女神リュミエールさまの恩恵ギフトに関しては、学者や賢人らの間で様々な議論を交わされています。――曰く、女神さまは自意識がなく、恩恵ギフトは自動的に授けているだけだと。――曰く、女神さまは先を見据えて恩恵ギフトを授けている。全ての人々には役割がある。――曰く、そもそも『神』と人間の思考は違うもの。ゆえに人間の尺度で女神さまを推察する――それ自体が無意味だと』

 ライナスは苦笑した。

『でも確か、女神さまは大賢者ディアギスの願いを聞き入れて、恩恵ギフトを授けるようになったって聞いたけど?』

『そうです。しかし八百五十年、初代【魔王】を大賢者さまが倒したとき、その記録は今日こんにち、無きに等しい。今ある記録はかき集められたもの。失われた記録は多く……真実を補完するため、歴史家たちが民衆が理解しやすいよう、『再構成』した伝説である可能性は、無いとは言えないでしょう』

『……魔王殺しの伝説は、全てが事実だとは限らない?』

 ロス神父は「そうです」と頷いた。

『女神リュミエールさまが健在がどうか、我らにはそれすら知る手段がない。――いや、調査はしていますが、成果がない。それが現状です』

『神聖ヴォルゲニア帝国ってところが、圧政を敷いているから難しいとも聞いた』

『よく知っていますね』

 ロス神父は微笑を浮かべる。

『そうです。遥か西では戦乱がはびこっている。不安定な今の時代において、真実を知ることよりも、目の前の火の粉を振り払うことが優先されるのは当たり前のこと。――そうですね。この里も今は平和ですが、いつまで保つが判りません。ライナス、あなたが行うべきは腐ることではなく、今出来ることを見つけ、邁進することでは?』

 ライナスは鼻で笑った。

 そんなこと、すぐに試した。

 だが誰かと一緒に行動すると、自分と他者との違いに失望する。他人の思考が遅すぎる。誰も俺に付いてこられない。

 かといって、他人を捨てて、一人で別の場所へ行く勇気もない。

 それは苦難だ。想像するだけで、吐き気がする。

 ――結局、全て中途半端。根性なしなのだ。

 ライナスの脳裏に、そんな言葉が頭に浮かぶ。

 要は、酔っているのかもしれない。つまらないつまらないとぼやきながら、平穏なこの里で暮らしている。口だけのぬるま湯の若者。

 ロス神父は蔑みも何も思わせない口調で語る。

『あなたの人生です。あなたがしるべを探すべきでしょう。――ですが、一つだけ重要なことをお伝えしましょう』

『――なんだ?』

 ロス神父は、数秒の間、瞑目してから口を開いた。

『とある神秘を見つけました。あなたはそれに関わる覚悟がありますか?』

『はあ? 覚悟?』

 ――なんだそれは。大げさな。

 この平和な聖者の里において、そんな大層なもの、あるわけがない。

 ライナスはそう言いかけて、出来なかった。

 ロス神父の目の奥に、冗談では済まない何かが宿っていたから。

『ロス神父さま……?』

『見れば、あなたの人生は一変するかもしれない。この先の未来が壊れるかもしれない。それでも、今の退屈を手放しますか?』

 ライナスは――迷った。

 退屈。つまらない。暇。同じ日常。

 そんなものはいらない。散々くだらないと思った。

 けれどそこから抜け出す勇気も持てなくて。全てを持ち余していた。

 それを払拭出来る何かが欲しい。

 これは、一つの好機だ。ライナスは一瞬尻込みしたが、そこまで言う神父の言葉と、神秘とやらの正体に興味が湧いた。

 ――それが、ライナスにとっての大きな分岐点となる。

 

 数時間後。

 

『――これは先日、とある秘境で発見された少年です』

 里の地下深く。きらびやかな鉱石や不可思議な苔があり得ないほどに発生している広大な空間にて。


『見ての通り、氷とも水晶ともつかない結晶体です。これに覆われている少年は、我々では手が出せません』

 そこは幻想に満ちた空間だった。あるいは地獄の淵にいるような恐怖を与える空洞だった。人の行き着いてはならない、聖域か魔窟の類。

 

『この少年が何なのか、我々には判りません。災いをもたらす者なのか真なる平穏をもたらす者なのか、それすら私には分からない』

 だがライナスは判る。これは特別だ。目の前の巨大な結晶体に覆われた少年が、人智を超えた存在だと。

 

『ライナス。人より優れた思考の世界に住む者よ。――あなたには、これが何なのか、判りますか?』

 

 そう問いかけ、ロス神父は『その少年』の目の前で立ち尽くした。

 なんだこれは。なんなんだ、これはとライナスは自問する。

 これまで見たこともない、膨大な魔力。それに何か知らない力も感じる。

 知っている中では最も高い魔力を保つロス神父――それすら蟻に思えるような、圧倒的な。

 まるで、天界に住まう者たちのような、異質かつ、不可思議な存在感。

 これが、聖者の里の地下にあったことすら、ライナスは知らなかった。

 けれど、隠さなければならないものだとは、すぐに理解出来た。

『――神父さん。こいつ、左右で非対称な髪を持つ少年だな』

『ええ。そして目の色も、左右で異なっています』

『何かを見つめて、そのまま結晶化されたように見えるが……何年前のものだ?』

『不明です。おそらくは数十年単位かと』

『……これを、他に知っている者は?』

 ロス神父はゆっくりとライナスの方を振り向いた。

『これを運んだ協力者が一人。そして今――私の目の前にいる少年と、私だけ』

『……これを、どこで発見した?』

 ロス神父は数秒だけ瞑目して、そして答えた。

『――【六代目魔王】。それが討伐された場所。――その遥か下、巨大な地下空洞』

 ライナスは、絶句した。

 しばらく経った後、引きつった笑みで尋ねる。

『神父さんにもやんちゃな時期があったってこと?』

『そうですね。かれこれ二十年は前になりますか。武術の修行の旅の途中、偶然の重なりで見つけたもの。それが――『彼』です』

 高速思考して、ライナスは悟った。

 これは、希望にも絶望にも成り得るものだ。自分たちの未来――いや世界すら変えかねない、強大なもの。

 これと比べては、自分の『高速思考』など、塵芥にも等しい――大いなる者。

 いつか、これが目覚める日が来るのだろうか。

 そうしたら、自分は何をすべきなのだろうか?

『ライナス』

『ああ。――いえ、はい。神父さま』

『この結晶体の少年を、私は【アッシュ】と名付けました。この地に伝わる古語で、『どちらにも成りうる者』という意味です』

『それはそれは……大層な名前で』

 ライナスは続きの言葉を待った。

『この少年は、いずれ目覚めるでしょう。そしてそれは我々にとって吉凶のいずれか、それすら判りません。ですが、知っている者が多いに越したことはない』

『……理解は出来ます。けど、なぜ他の連中には知らせなかったんです?』

『言わねば判りませんか? 危険だからです。何を誘発させるか、分からない爆弾。これはそういう類の存在です』

『まあ確かに……口の軽い奴とか、あくどいことを考える奴は、いそうですけどね』

 ロス神父は小さく首を縦に振った。

『そうです。ですから賢いあなたに見せたのです。あなたなら、大丈夫だろうと』

『正直、ぶるってますけど』

『ええ、私だってそうです』

 ライナスは多分初めて、心からの笑いを浮かべた。

『でもこれで、つまらない……退屈って日からは抜け出せそうですよね』

『そうですね。――今はまだ、結晶の中の少年。ですがいずれ目覚める若者。いずれ覚醒したとき、彼を導き、我らのためにしるべとなれるなら、これほど嬉しいこともないでしょう』

 ライナスは小さく笑って頷いた。

『いいですよ。受けましょう。この子供が目覚めたとき、俺が影で支えます』

『頼みます。――ああこの子が目覚めた後の、口裏合わせはしておきましょう。そうですね……とある孤児院で見つけた、三代目魔王を倒した英雄の子孫――その辺りでどうでしょう』

『神父って、嘘を考えるの、以外と得意だったり?』

 ロス神父は、人差し指を口に当てて笑っていた。

 

 そして。

 ――後年、ロス神父は語っていた。

 あれは災いでもあり幸福の塊にも成り得ると。だからこそ導ける者が必要だと。そしてそれは、陰ながら支える方が、きっと望ましいと。

 彼は、そう言っていて――《八神将》との戦いで倒れることになる。

 

 

 そして現在。

「シルティーナ、お前はまた……っ」

「もう~~~~っ! だから言ったのに! 言ったのに! 聖剣を使うときは注意って、あれほど~~~~~っ!」

「申し訳ありませんシャルナ様。しかしですね、わたしもこの催しの」

 とある少年と、その傍らで騒がしそうにしている少女。

 そして幾多の擬人化娘を窓越しに見て、ライナスは微笑する。

  ――大丈夫だ。神父さまの決断は間違ってはいない。

 『少年』は、今日も楽しそうに、嬉しげに過ごしている。

 それが何よりライナスは嬉しい。そしてこれがもっと続くことを願う。

 神父はいなくなったが、まだ自分がいる。そしておそらく――少女、シャルナも彼の秘密を知っているはずだから。

 どこまでかは判らないが――彼を導く者として、その選択をしたのだろう。

 情報の共有は時に危険を招く恐れもあるため、ライナス何も彼らに話してはいない。

 だが時が来れば、いずれ話す機会もあるかもしれない。

 それまで、ライナスは少年の補佐を務めることを、決意していた。

 

「――とはいえ、これどうしようかな……」

 目の前に広がる様々な記録や要請書。それを長め彼は見て呻いた。

「今日も睡眠は一時間かな。まあこれも責任か。退屈とは無縁ではある日常だ」

 

 ――そう言って、ライナスは仕事を再開する。

 忙しく、騒がしく、時に山が揺れることもあるけれど。

 でも。こんな穏やかな日が続くことを、ライナスは心から願っていた。

 

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※本エピソードはカクヨム限定公開となります。専門店特典SSとは内容が異なります。

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