番外編⑤『ケーキを擬人化してみた』

 ――それは万物を人へと変える規格外の力。

 凡庸な物を、数多の宝具を、強者へと生まれ変わらせる、大いなる力。

 唯一にして至高――人あらざる者のみが使える――奇跡である。

 

 

「というわけで、食事にしよう」

 陽光がとても気持ちの良いとあるその日の正午。

 アッシュが拠点にてそう宣言すると、擬人化娘たちが一斉に華やいだ。

「やった! お昼なのです!」

「難題を片付けた後の食事……じつに楽しみです」

「もうボクもお腹ぺこぺこさ。たくさん食べたいね」

 ミリー、シルティーナ、バーネットが口々に語っていく。

 たった今、彼女たちは鍛錬をしていたばかりだ。擬人化娘はこの国の軍事の要。ゆえに日頃から連携、武術の向上、格防衛戦の演習などを行っており、この日もその鍛錬が終わったばかり。

「ああそれと。……お前たち、頑張るのはいいが、少しは手加減しろよ。鍛錬に精を出し過ぎて、周囲がボロボロだぞ」

 言われてみれば周囲は陥没、亀裂ばかりで、まともな光景を残していない。

 一騎当千ところか一騎当万にも及ぶ彼女らの力からすれば、当然とも言える光景だった。

「確かに、やりすぎでしたね」

「そうだぞ。いつも、ここでお前達が戦闘訓練した後、誰が元通りにしていると思ってるんだ?」

「……え? そういえば、誰なのです?」

「わたしも知りませんでした。どなたですか?」

 ミリーやシルティーナの言葉に、アッシュは極めて神妙な顔つきで応えた。

「内務大臣のライナス率いる――復旧部隊だよ」

「え」「え」「なんと」

 内務大臣のはずの壮年男性。

 この国の設立近くから雑用を担当していた男性である。

 日頃から擬人化娘たちの補佐を努めている彼が、部屋の入り口から顔だけを出して語りかけてくる。

「やあ皆。アッシュの言う通り、私たち『復旧部隊』という名の、尻拭い部隊だよ。私たちは、君たち擬人化娘が『周囲の地形を破壊したもの』を魔術で元に戻しているんだ。例えば、木っ端微塵になった岩とか、木々とか、家屋とかだね。粉々にされたのを直すの、すごく大変なんだ。――おかげで《修繕》魔術や《修復》魔術、それに《復元》魔術など、様々な魔術を併用して、この国の外観は整えられているんだよ」

「「ご、ごめんなさい」」

 擬人化娘たちが一斉に謝った。

 ライナスは朗らかに笑う。

「いいよ。ちなみに活動時間は一日二十六時間だからね。誰かが大体、交代で復旧にあたっている。それと、予備隊もいつも募って、総動員させている」

「「ご、ごめんなさい……っ」」

 さらに擬人化娘たちは、深く頭を下げた。

「なに、これもこの国を維持するのに必要だからね。私たち普通の人間は、擬人化娘たちには武力で助けてもらっている。だから役立つことがあれば何でもやるよ」

 にこりと笑うライナス。

 ふとアッシュが尋ねた。

「そう言えばライナス、お前は今日五十時間、連続で監督役をしていたろう? 家にも帰ってないはずだ。今日は帰って、ぐっすり眠って家族と過ごすといい」

「そうだね、そうさせてもらう。私は久々に家族と団らんを楽しむよ。ひゃっはーっ!」

 ライナスは咳払いをした。

「……失礼。それではアッシュ、擬人化娘のみんな。お仕事ご苦労様。平和のために、私たちは頑張るよ、未来は君たちにかかっている」

 そして内務大臣件、復旧部隊の長であるライナスは、目の下にくまがあるまま笑顔で立ち去った。

 部屋中に、なんとも言えない空気が立ち込める。

 アッシュが唐突に口を開いた。

「……さて、昼飯の話だが」

「いやアッシュ様! この流れで再開するのですか? 食欲なくなったのですが……」

「ミリーも、ちょっと反省しているのです」「わたくしもです」

 少女らの反省の言葉に、アッシュは小さく笑った。

「何を言っている。お前たちはすべき事をした。切り替えろ。……そうだな、そろそろシャルナが買い出しから戻ってくる頃だな」

「お待たせ、みんな!」

 そのとき緩やかな金髪を揺らし、シャルナが買い物から帰ってきた。

「さっきライナスとすれ違ったけど、彼、ずいぶん目の下のくまが増えたわね。まあ『わたしほどじゃない』けど。さあお昼を買ってきたわ! みんなで食べましょう?」

「「なんか……ごめんね」」

 擬人化娘たちが一斉に謝ったのを見て、シャルナは「?」と怪訝な顔をしていた。

 

 十数分後。

「わーい、美味しかったのです!」

 ミリーがお腹をさすり、満足そうに笑ってはしゃいでいた。

「本当ですね、シャルナ様が街で見つけてくる料理は、どれも美味です」

「同感だね」

 シルティーナやバーネットが口々に褒める。

「見た目、味付け、そして栄養……どれも素晴らしく、ボクも歓心だよ」

 目の前に並べられたシチューやステーキやパンの数々空き皿。

 どれもがその辺の店で売っているものだ。シャルナがそれに味付けを加え、より栄養価や見た目に気を配ったものとなってている。

「ふふ、ありがとう。わたし戦闘ではあまり役に立てないじゃない? だから料理と炊事と洗濯、諸々をやるって決めているの。買い出しもその一環。たまにはわたしが街の美味しい料理を買うのもいいでしょ?」

「確かに、その通りですね」

「シャルナお姉ちゃん、大好きなのです!」

 口々に称賛され、まんざらでもなさそうなシャルナ。

「おだてても何も出ないわよ? ――あ、そうそう。そういうわけでみんな! 今日は特別にデザートも買ってきたわ! なんと! 特別セールで、珍しいものが手に入ったの!」

 そうしてシャルナが、厨房の方から巨大な箱を運び出してきた。

「なんと! ジークフリート・オルド・スペシャルケーキを買ってきたわ!」

「「えっ」」

 擬人化娘たちが、驚きに目を開かせた。

 ジークフリート・オルド・スペシャルケーキ。それは、とある菓子職人が作った、激美味と評判のケーキである。

 年に数回しか作られず、その値段も望外。飾り付け、味、食感、香り、その他あらゆる要素を突き詰めたキング・オブ・ケーキと言える。それを間近で見ることすら、幸運の極みとまで言われる程、超々レアケーキである。

「ま、まさか……っ、これを間近に見ることができるとは」

 バーネットが慄きながら冷や汗を流す。

「巷で噂の……絶品ケーキ。それを買ってくださるなんて……」

 シルティーナが戦慄の表情で語った。

「そう! 菓子界隈では知らない人はいないとまで言われる鉄人! ジークフリート・オルド! 彼が丹精込めて作ったスペシャルケーキ! これを買うために、貴族は大枚をはたき、盗賊は窃盗を目論み、冒険者や貴族令嬢たちはこぞって兵団すら動かすと言われる、幻のレアケーキなの!」

「それ結構やばくないか?」

 アッシュが呟くが、擬人化娘たちの目は輝いたままだ。

 彼女らは常識こそまだ少し不足だが、ジークフリート・オルド・スペシャルケーキだけは別である。

 街やこの国で誰もが一度は口にしたことがある超々レアケーキ。女子ならば誰もが一度は食すことを夢見る――噂を聞くだけで食欲を刺激される魔性のケーキ。

 それが、ジークフリート・オルド・スペシャルケーキが目の前に。

「さて。前置きはもういいわよね。シルティーナ、早速このケーキを分割して。均等に、みんなに行き渡るように」

「了解ですシャルナ様。そうなると、わたし、シャルナ様、ミリー、ユリーハ、バーネット。あと窓の外でさっきからそわそわと見ているフローレンスを含めて、六人分でしょうか」

「やった……っ! 私、忘れられてなくて良かったです……っ」

 窓の外、要塞娘であるフローレンスが巨大な体を揺らして喜んでいた。

「なあ、俺の分は?」

 アッシュは自分の顔に指を当てて呟いた。

「ごめんなさい、アッシュ。ケーキは女の子の食べ物なの。これは日頃の疲れを癒やすスイーツ。あなたにあげると、わたしたちの量が少なくなっちゃうから。今回は鑑賞してくれる?」

「マジかよ、スイーツは女の子限定かよ……」

 思わずぼやくアッシュ。

 しかし日頃は色々と無茶を受け入れてくれているシャルナたちだ。

 ここは涙をのんで我慢しようと決意するべきだろう。

 何だかんだ言って、楽しげな少女たちの様子を見ているだけでも楽しいアッシュ。

 シルティーナがまな板にケーキを乗せる。

「さあ、それでは斬りますよ、皆様、用意はいいですか?」

「「いいとも――っ!」」

 シャルナ、ミリー、ユリーハ、バーネット、フローレンスの全員が返答した。

 きらびやかに飾られたケーキはまさに優美である。大きく、かつ見る者を圧倒する壮麗な生クリームケーキは貫禄満点。白いクリームがたっぷりと使われ、スポンジはふんだんに、そしてチョコレートやバニラが食欲を刺激する香りを漂わせる。

 ごくり、と少女たちの喉が鳴った。そして、シルティーナが聖剣でケーキを切ろうとして――。

 

 ――突如、大きい地震が起きて、ケーキが床に落ちてベチャッと無残に散った。

 

「「ひゃあああああああああ~~~~~~~~~~!?」」

 擬人化娘やシャルナたちが大きな悲鳴を上げた。

「ケーキが! ジークフリート・オルド・スペシャルケーキが!」

「そんな……っ、一生に一回見られれば幸せなケーキでしたのに……」

「なんてことだ! ああああ……っ」

 ジークフリート・オルド・スペシャルケーキは今や硬い床に落ちて悲惨の一言だ。

 立派な彫刻めいた飾りも何もかもが四散し、クリームは辺りに散乱。さらにチョコやスポンジも砕けて四散して見る影もなくなっている。おまけに床の埃とミックスして、お世辞にも至高のケーキとは言えない――悲劇の光景と化していた。

「このケーキ買うのに金貨四〇〇枚使ったのよ!? うわあああ……っ!」

 シャルナが泣き出し、床にへたり込む。

「ケーキがっ、わーわー大変なのですっ!」

 ミリーが嘆き、飛び跳ねながら叫び続ける。

「……無念です」

 ユリーハが膝を抱えてうつむき出し、バーネットが床に落ちたケーキを見て凍りついている。

 シルティーナは、「あ……あ……」と呆然と、落ちたケーキと聖剣を眺めていた。

 数秒後。

 

「ねえ、思ったんだけど。これ、シルティーナの責任じゃない?」

 シルティーナがびくりと体を震わせた。

「え、あの……」

「そうなのです! シルティーナお姉ちゃん、落としちゃったからっ」

「同感ですね。ケーキを切る役目の方は、しっかりガードするべきだったのでは?」

 シルティーナが、珍しく冷や汗を流しながら顔をひきつらせる。

「え、えの……皆様? ちょっと……?」

「あなたさえ、しっかりしていれば……」

「お姉ちゃーん……お姉ちゃーん……」

「ジークフリート・オルド・スペシャルケーキの恨みは、深いですよ……?」

「皆様! お顔が少し、いえ凄く……人には見せられない様になっているのですが!」

 たらたらと流れる汗が止まらないシルティーナ。

 泣く子も黙る聖剣の化身の彼女。兵団など単騎で圧倒できるシルティーナだが、今だけは思わずたじろぐほどの圧を受け、追い詰められていた。

 そして、皆の怒りや、困惑が頂点に達しかけたとき――。

 アッシュが、唐突に口を開いた。

 

「お前たち、一体何を言っている? 落ちたケーキがあるなら、【擬人化】させればいいじゃない」


「え」

「えええ~~~~~~~~~~~!?」

 皆が口々にまくし立てていく。ミリーがまず前に出る。

「で、出来るのですか!? 落ちたケーキを擬人化!?」

「アッシュ様、すごい……っ」

「えっ、待ってアッシュ!? そんな……、え!? あなた、無機物しか擬人化出来ないんじゃなかったの!?」

 アッシュは小さく頷く。

「そうだが? これも無機物だろ? それに、城壁とか要塞とかを擬人化出来たんだ。今さらケーキくらい何でもないだろ?」

「え、でも落ちたケーキだし……四散してるし……そんなこと出来るの?」

「俺に不可能などない。待っていろ、今見せてやるから」

 そう言うと、アッシュは散ったケーキを集め、できるだけ埃などを取り除いた。そして包丁でできるだけ形を整え、まな板に置き直すと。

「ではいくぞ。――[我、神秘なる武具に命与える者なり]! 【擬人化】!」

 詠唱と共に、アッシュの右手から眩い光が放出されていく。整えられたケーキへと注がれる至高の力は猛烈な魔力を吹き散らさせ、光が拡散し視界が白く染め上がり――。

 

 ――真っ白な肌を持つ、美しい少女が、素っ裸で現れた。

 

「ひゃあああ~~~っ!? またこれ~~~っ!?」

「ユリーハ。すぐに衣服を。このままでは目に毒です」

「承知」

 擬人化娘は最初全裸で現れるという、おなじみの光景に、シャルナが叫び、シルティーナが指示し、すぐにユリーハが近くの倉庫から衣服を持ってくる。

 そして数秒もせずに着替えさせ――数分後。

 

「はじめましてなの! あたしはケーシャ! ジークフリート・オルド・スペシャルケーキの生まれ変わり! 名前は『ケーシャ』なの!」

 髪は緩やかなトライテールの少女だ。肌は艶ややかに。髪色は白と茶色が合わさっている。不思議な色彩だ。ほっそりだが出ている所は出ている体型。魅惑的な体は、まさに曲線美のお手本。そして華やかな仕草は、どこか貴族の令嬢を彷彿とさせている。

 同時に、快活な笑顔が見る者を安心させる雰囲気すら醸し出していた。

「うそ……出来ちゃった……ケーキの、擬人化……」

 シャルナが唖然と口を開けながら固まっていた。

「わーい、すごいのですお兄ちゃん! さすがなのです!」

 ミリーが思わずアッシュに飛びつく。

「はは、ひっつくなよミリー」

「素晴らしきはアッシュ殿の御業ですね。ああ、わたくしは今、まことに最高の主を見ている……」

 ユリーハが感動し涙をこらえている。

「よ、良かった……皆さんに袋叩きにされるところでした……」

 いつの間にか、万一失敗したら逃走しようとしていたシルティーナが、部屋の片隅でほっと息をついていた。

 そして、ケーキの擬人化娘――改めケーシャは、上品そうな仕草で周りを見渡す。

「あなたがあたしの主様? あたしを女の子にしてくれてありがとう! お礼に握手してあげるの!」

 はつらつとした笑みを浮かべ、ケーシャがアッシュの手を握っていく。柔らかく、甘い香りが漂ってくる。

「ああ、これからよろしくな、ケーシャ」

「はいなの! ――そして先輩がたもはじめまして! あたしはケーシャ! 食べたいケーキがあるなら、何でも作ってあげるの!」

「「え、何でも?」」

 数秒の間、感激や茫然の姿をさらしていた擬人化娘たち。

 が、その言葉が意味するところを理解し、一斉に詰め寄った。

「ではショートケーキを」

「ミリー、チョコレートケーキ欲しいのです!」

「チーズケーキをぜひ!」

「アップパイ風のケーキが欲しいなぁ、あと抹茶ケーキも」

 次々と、注文を告げていく擬人化娘たち。

 それを受けてケーシャがにこりと笑みを浮かべる。

「かしこまり! どんなケーキも即座にあなたのもとへ! クイーン・オブ・ケーキのケーシャがあなたに幸せ届けます! 食べたいケーキがあるんだよ♪ どんなケーキも、あたしの力で具現化なの!」

 そしてきらびやかな光が溢れたと思えば、空中に皿に乗ったケーキが次々と出現する。

 ショートケーキ。チョコレートケーキ。チーズケーキにアップパイ風ケーキに抹茶ケーキ。おまけにタワーケーキまで出現。外で見ていたフローレンスへのケーキが出現していく。

 色とりどりの品々である。香りも極上。見るだけで、そして嗅ぐだけで食欲を刺激されるケーキの数々が、部屋のテーブルに並べられる様は圧巻の一言。

「す……すごい」

「わーっ、たくさんのケーキなのですっ」

「これは……すさまじいですね」

「うん、壮観だ! 食欲がたまらないね!」

 口々に感嘆の声を上げる擬人化娘たち。シャルナは茫然。アッシュは得意げな顔だ。

「まあ、ざっとこんなものだな。度重なる擬人化スキルの運用により、俺の擬人化スキルは向上。服を着させることは忘れていたが、なかなかのものだろう?」

「もはや何でもありね……」

「まあな。俺は、擬人化のために魔力を注いでいる最中に気づいた。この力は擬人化させる際、ある程度の指向性を決められる。ケーキ作りに特化した力を望めば、この通り――」

「わーい! このケーキ、すごく美味しいのです!」

「良質なスポンジが良い食感を生み出していますね」「生クリームも絶品。量も申し分ない」

「香りが良いよね。ボクは数々の知識は持ってるけど、実物はまた違うなぁ」

「美味ですね。じつに美味なるケーキと評価できます」

「……誰か、一人くらい俺の話、もっと聞いて?」

 一人だけ寂しそうにつぶやくアッシュ。

 彼を尻目に、擬人化娘たちは次々とケーキを食していく。

 途中から忘我の縁から立ち直ったシャルナも参加。はじめは困惑していたが、一口ショートケーキを食べると「おいしい~~~!」と絶賛していた。

 ちなみにケーシャは、注文していない面々に対してもショートケーキを生み出しており、シルティーナとフローレンスの分も用意している。

「すごく美味しいです……幸せ……」

 フローレンスが窓の外で至福の笑みを浮かべている。

 ケーシャのケーキは対象の胃袋に同調し、相手が子供なら小さめに、巨人なら大きめに拡大や縮小する能力をも備えている。

「はあ~、幸せ……」

「こんな美味しいもの、食べてことないのです!」

「まさに絶品ですね。最高です」

 全員が笑顔を浮かべ、微笑み合う。そして、空になった皿を持ち上げ、

「「おかわり!」」

「はーい! かしこまり~っ!」

 ケーシャはせがまれるまま、ケーキを何度も出現させ、楽しいデザートの時間を提供した。

 少女たち六人は、至福の表情を浮かべ、何度もケーキを食していった。

 めでたし、めでたし。

 

 ――とは、ならない。

 翌日。早朝の拠点にて。

「きゃ~~~~っ!? わたしの体重、増えてる~~~~~!?」

 悲鳴が少女達から上がった。

「お腹が……お腹が、重いのです……食べ過ぎたのです……」

「わたくし、頭がケーキのことから離れません。一生の不覚……っ」

「ボクも食べ過ぎちゃったよ。あはは……夢に出たし」

 シャルナに至っては洗面所に行ったまま、「体重が! 体重がっ、ひゃああ~~っ!」と叫びを上げて全然出て来ない。

 フローレンスだけは例外で、ほどほどで済ませたため、普通にしていたが。

「あの……アッシュさん、これ……まずいですよね……?」

「まあな。これは危険だろ。他の連中には見せられないぞ」

 特に擬人化娘に憧れを抱いている子供たちや、男たちには見せられない。

 食べ過ぎや、太った姿の少女たちの光景は幻滅の対象だ。例外として「いや、俺デブ専なんだ!」という猛者がいるかもしれないが。

 恐るべきはケーシャのケーキ。理性も何もかも吹っ飛ばす魔性のお菓子。

「バーネットさんやシルティーナさんはまだしも、シャルナさん、もう一時間も洗面所で悲鳴上げてますけど……」

「そうだな。それは問題だよな」

 アッシュはちょっと食い過ぎだと思った。たぶん一番食べていたのがシャルナだ。

 しかしアッシュはあごに手を添えて思案する。

「ふむ……だがこれで一つ妙案が浮かんだぞ」

「え、何を思いついたんですか……?」

 フローレンスが怪訝な顔をして、瞬きして続きを待った。

「簡単なことだ。――【帝国の要地に行って、ケーシャを送り込もう】。そしてケーキを振る舞い、帝国兵を堕落させるんだ」

「さすが……アッシュさん。そういう手口で帝国へ奇襲、容赦ないですね……」

 


 ――そして数日後。

 帝国内の各地では、とある噂がいくつも流れたという。


「なあ知ってるか? さまよう『ケーキの悪魔』の話を」

「ああ知ってる。街や要塞に突然現れては『美味しいケーキいりませんか?』ってご馳走してくれる美少女だ」

「そうだ。可憐で明るく、誰もが見惚れるほどの外見」

「で、そのケーキを食ったら、我を忘れてしまうと」

「そこで不意を突かれ、帝国兵が全滅させられるとか」

 彼らはゾッとして、顔を互いに見つめ合い、震え上がった。

「油断誘って奇襲とか、やばいよな……」

 そのとき、一人の帝国兵が恐ろしげに呟いた。

「な、なあ……あそこに見えるの……ケーキ持った少女に、見えないか?」

 全員が怯えて振り返った。

「……あはは、まっさかー。噂に聞く『ケーキの悪魔』がここに?」

「ははっ、そんなこと、はずない……ないとも……ない、よな? ……あんな可愛い娘が悪魔とか、はは……あり得ないって」

 

 そして少女はこう言ってきた。

 

「美味しいケーキはいかがですか?」


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※本エピソードはカクヨム限定公開となります。専門店特典SSとは内容が異なります。

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