番外編④『平和を守る少女たち』

 ――それは日常の影たる光景。

 光があれば闇があるように、賑やかで姦しい光景だけが真実とは限らない。

 時が違えば異なる光景となるのは必然。

 穏やかかつ明るい光景のみが皇国の全てではなく、知略と暗躍の光景もまた、存在している。

 

 その日。

 ――拠点たるその場所の一角で少女は座る。この国で最も重要たる場所、要である彼の傍らに、少女は腰を下ろす。

「――うん。アッシュの睡眠は通常通りか。問題はないようだね」

 呟くのは大賢者の書から転生を果たした少女だ。始めて魔王を打倒Sいた大賢者、その魔導書から転生したバーネットは見つめる。

 熟睡するアッシュの顔を長め、厳かに語り続ける。

「君が、初めから普通ではないことは判っていた。恩恵ギフトを遥かに超えた力。規格外の力。ボクが、あのとき君に見いだされたのは、運命なのかもしれないね」

 数日前、八神将ベルゼゴールとの決戦前夜。バーネットは他の擬人化娘に問われたことがある。

 

『バーネット。あなたはアッシュ様について、何か知っているのでは?』

 そう神妙に問いかけたのは、聖剣の化身であるシルティーナ。それに聖盾のミリー、そして聖短剣のユリーハの姿もある。

『やあ君たち。揃いも揃って、どういうことかな』

『はぐらかさないでください。――アッシュ様があれだけの力を持っているのは異常です。何かあるはず』

『同感です。アッシュ殿の力は、強大に過ぎます。聖剣、聖盾、要塞……大賢者の書貴方だってそう。アッシュ殿の【擬人化スキル】は、規格外の力。これほどの力……何か秘密があるのでは?』

 勘が鋭い。いや、当然と言えば当然の疑問なのだろう。

 シルティーナらは馬鹿ではない。かつての【魔王】、復活する度に世界を滅ぼしかけた厄災を討伐するのに、一役買った宝具が無能なはずはない。

 彼女らは文字通り、生ける最強武具なのだから。

 思わずバーネットは苦笑する。

『そんな気にすることかな。たまに大当たりを引く幸運の人もいるさ。そういうことだとボクは思うけれど?』

『あくまで知らぬと言うつもりですか。――強大な力には、代償や制限が付きものです。かつてわたしの主だった剣聖フェリシア様も『一日一時間までしか戦えない』――そのような制限がありました。バーネット、あなたは何かアッシュ様について、気づいているのでしょう?』

 銀髪をなびかせながら真剣に問うシルティーナに、バーネットは頬をかく。

『――ものには言えるものとそうでないものがある。これがどちらかと言えば、後者だ』

 シルティーナたちは、はっきりと不機嫌をあらわにした。

『知っていながら話さないと? それでは……』

『アッシュの秘密は知っている。けれど、ボクから聞くことはあまりおすすめしない。もっと適任がいるから』

『これを知っている方が他にもいると? それは……シャルナ様ですか?』

 バーネットは無言で夜空の下、涼しい風に当たっている。

 裏庭に、重苦しい沈黙が降りた。

『そうだね。彼に最も近いのは彼女だ。知りたければシャルナに聞くといい。ただし、それなりの覚悟は必要だけどね』

『覚悟、ですか?』

『そう。知らない方がある意味幸せな真実もある、ということさ』

 シルティーナたちは、大きく首を振った。

『判りません。あなたの真意が』

『聞く、聞かないは君たちの自由だよ。ただ、もし聞く場合は背負うものが増える、とだけは覚えていてくれ』

 それ以上の言葉はないとばかりに、バーネットはその場を後にした。

 

 その後、彼女らはシャルナに質問をし、真実を知ったと聞く。

 そのことで何を言う気もバーネットはないが、思うことはある。

「あの時、ボクは君の真実をシルティーナたちには話さなかった。あるいはそれでシャルナに負担をかけ、戦況への影響も及ぼしたかもしれないね。――でも」

 バーネットは眠るアッシュの姿を見つめながら呟く。

「君の体がとても危ういものだ。それこそ――神にも■■にもなれる。稀有な存在。少しでも危惧される要因があるのなら、話さない方が良かった」

 バーネットの擬人化娘としての能力――『鑑定眼』。

 これは対象の状態、正体、その他あらゆる情報を把握することが出来る力だ。

 いま、バーネットの『目』には、アッシュの様々な状態が映し出されている。

 擬人化スキル。

 これまでの過去。

 最近の感情。楽しい思い出。

 険しい思い出。後悔。安らぎの光景。皇帝としての義務の心。

 そして――擬人化娘やシャルナが知らない方がいい、危険な情報。

 それらは出会ったときから、バーネットには全て『視えていた』。

「面白い魂だよ、君は。今まで見てきた誰よりも、大賢者ディアギスよりも、ずっと」

 夜闇の下、静寂の小屋の中でバーネットの声は小さく響く。

「君は数多の栄光を手にするだろう。数多くの擬人化娘を仲間にする。そして『八神将』との激戦を乗り越える。さらには――」

 不意に強い風が吹く。窓の硝子を揺らす、強い風だ。

 バーネットは緩やかにそちらを見る。

 ――何か近づいている。

「ふう。やれやれ忙しいな。ボクには少しやらなきゃいけないことがあるのに」

 バーネットは静かにその場を離れた。

 

「――目的地へ到着。これより作戦を開始する」

 夜闇の帳の下。アッシュルナ皇国の片隅に、三つの影があった。

 それらは周囲の風景に完璧に溶け込んでいる。察知は困難。発見は名うての冒険者でも難しいだろう。

「目標――アッシュは就寝中。付近に護衛は……銀髪の娘が一人。屋根の上に、桃色髪の小さなガキが一人。他にはいない。処理方法の選定を」

 神聖ヴォルゲニア帝国――その特務部隊。

 それが彼らの肩書きだ。

 夜闇に紛れての暗殺者である彼らは、消音付きの魔道具越しに会話を行う。

 仲間同士以外、聞き取ることの出来ない会話。隠密性に秀でた器具を用いている。

「聖剣の娘は戦闘力に秀でている。小さなガキは以前、ディートリッヒの配下を倒した。どちらも強敵だ」

「問題ない。俺の『魔眼』なら仕留められる。痕跡なく片付けられる」

 刺客たちは、議論を重ねる。時間。方角。順番。全ての情報を精査し、確実に、万全の態勢で目標を始末出来るように。

「よし、ではグルーダの魔眼でいこう。まずガキの方をやる。その後、騒ぎに乗じて窓越しに『奴』をやる」

「逃走ルートは? 北側には何か危険な気配があるが」

「南へ逃げよう。比較的手薄だ。そこから脱出する」

「「了解」」

 リーダー格である男の言葉に、残る二人は従う。闇の中、影のように鬱蒼と茂った森を疾走する三つの影。

 風もなく、音もなく、彼らは忍びの極地ではないかといえる手際の良さで、森山を進み――そして。

 

「ここから先を通りたければ、ボクを倒してからにしてほしいね」

 

『っ!?』

 いきなり正面に現れたバーネットに、虚を突かれた。

「何だと……貴様は……ぐっ!?」

 瞬間、刺客の一人が倒れた。

「グルーダっ! くそっ、いつの間に――うっ!?」

 さらに魔眼持ちの刺客も倒される。

 森の中。闇の中。黒装束に包まれた、擬人化娘が音もなく彼らを打ち倒した。

 彼らの隠密術など、笑ってしまうほど高度な、『透明化』の能力と共に。

「馬鹿な……我ら第四特務隊が……一瞬で」

「残念。君たちのことは丸わかりだったよ。ボクは特別な目を持っていてね。――ほら、今も、切り札の短剣を出そうとしてるけど、『霊短剣バーリザ』? それではボクらは倒せないよ。特務隊のリーダー、ザインさん」

「っ! ……かくなる上は――、っ!?」

 いきなり、首筋に当てられた手刀。あまりの衝撃に最後の刺客は倒れた。

 一瞬の間で起きた、鮮やかな手腕だった。

「さすがユリーハ。ありがとう」

「いえ。バーネット殿。この方々はどうします?」

「そうだね、昨日みたいにとりあえず地下牢に閉じ込めておこう。あとでアッシュには報告する」

「了解しました。では、見回りの続行を」

 ユリーハが夜暗に消える。

 念の為、他の区画に曲者がいるか調査しに向かう少女。

 アッシュルナ皇国。昼は賑やかではあるが、闇の中では暗殺者の絶えない、魔窟でもある。

 山の向こう側、巨影を揺らし、フローレンスがユリーハに掛けてもらった透明化の状態で、見張りを続けているのが見えた。

 万物を薙ぎ払う火力を持つ要塞の少女は、バーネットやユリーハが万一しくじったとしても、刺客を打ち倒すだろう。

 守りは万全、アッシュには指一つ傷つけさせない布陣。

 

 ――三時間後。地平線の彼方、陽光が顔を出してくる時間帯。

「今日のお仕事はこんなものかな? うーん、ボクの魔道具をすり抜けてくるとは、なかなか凄いけど……自分への警戒は今ひとつだったね。どれどれ」

 今日のやり取りで視た刺客の情報を頭の中に思い浮かべる。

 

【刺客1 名称:ザイン 職業:暗殺者 帝国第四特務隊所属

 ・恩恵ギフトは『切断』。触れたものを切り裂く能力。

  (物質・非物質を問わない)


 刺客2 名称:ラグラ 職業:暗殺者 帝国第四特務隊所属

 ・恩恵ギフトは『麻痺毒』。武器に麻痺毒を付与する。


 刺客3 名称:グルーダ 職業:暗殺者 帝国第四特務隊所属

 ・恩恵ギフトは『翡翠の魔眼』。四百メートル以内の対象を翡翠に変える。

 

 ――全て、神聖ヴォルゲニア帝国、南制圧軍総司令官、エルケーニッヒの配下】

 

「やれやれ、エルケーニッヒ? 帝国の南制圧軍の司令官の差し金かぁ……彼は暗殺を得意とする『八神将』なのかな?」

 バーネットは情報を精査しつつ呟く。

「まあ問題ない。この程度ならいくらでも倒せる。――懸念は」

 ふと、バーネットは状況の変化がないか確かめる。

 アッシュの方角を見つめる。

 ――大丈夫。異常はない。彼はいつも通り普通に眠っている。

 あの時のような、異常の兆候は何もない。

「いつか、こういう物騒なことをしなくてもいい日が来るといいけれど。……さすがにそこまで平穏ではないか」

 バーネットは闇の森の中、ゆっくりと歩く。

 静かな皇国の番人として。

 アッシュのほぼ全てを知る者として。

「願わくは、明日も楽しい一日でありますように」

 そして今が、ずっと続きますように。

 バーネットはそう呟き、静寂の森の中、ひっそりと流れ、そして消えていった。

 

 

 ――神聖ヴォルゲニア帝国、南西の地下拠点にて。

「第四特務隊は失敗したようです。――閣下、ご命令を」

「あはは、やっぱり駄目だったねぇ。じゃあ次の手、いってみようか」

 南制圧軍総司令官、エルケーニッヒは、黒尽くめの部下にそう良い、笑っていた。


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※本エピソードはカクヨム限定公開となります。専門店特典SSとは内容が異なります。

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