番外編③『魔物を栽培しよう!』

 ――魔物とは、人に害成す生物である。

 人々に恐れられし数百年前からの災い。数百年前からの人類の大敵。

 しかし人は時にそれを利用し、活用し、幾多の富へと利用してきた。

 これは、魔物によって幸せに至る人々の物語。

 そして――そのおかげで苦労する少女の物語。



「――資金繰りのため、新たな策を考えようと思う」

 とある日の午前。アッシュルナ皇国の拠点にて。

 陽光が高く登る前に、アッシュがまたもそんなことを言い出した。

「……え、また資金繰り? この前、バーネットが占い師を始めて儲かったでしょ? まだ必要なの?」

 幼なじみのシャルナが、思わずといったように聞くと、アッシュは小さく頷いた。

「ああ。バーネットのおかげで、俺たちの活動資金はすでに金貨数千枚を超えた。今では表沙汰に出来ないほどの裏商品も取得出来た。――だが、国というものは金が掛かるものだ、金策はいくらあっても困ることはない」

「裏商品というのが気になるけど……それはまあ、上々ね」

 軽く冷や汗をかきつつも頷くシャルナ。

「それでアッシュ? 具体的にはどうする気なのかしら」

 よくぞ言ってくれましたとばかりに、アッシュが宣言する。

「我が国内で『栽培』を始めようと思ってる。具体的にはこの山岳都市――空いた土地で、沢山の作物を育てる気だ」

「そうね! とても良い案……栽培を始めるなんて! ……ん? あれ? あの……アッシュ? それ、いつもよりずっとマシな案なんだけど……どうしたの!? 何か悪いものでも食べた!?」

 本気で心配する彼女に、アッシュはわずかに眉を寄せる。

「失礼な。俺がいつ、ロクでもない案を考案した?」

「いつもじゃない! 割と毎回、とんでもないこと言ってる気がするけど!」

 要塞を襲撃し、倒した帝国幹部の指輪を売り払い、帝国の首都に奇襲して十人以上も擬人化娘を増やし、帝国硬貨を触媒に全世界に建国宣言する。

 すべてアッシュがやってきたことだ。

 彼はわざとらしい咳をした。

「んっ、んっ。心配性だな。今回は至極まっとうな案を進める気だ。お前が心配するこは何もない」

「そうかしら……? あまり安心出来ないのは何故かしら……」

 アッシュは不意に立ち上がり、宣言する。

 

「――というわけで、『魔物』を育てて、それを好事家に売り払い、がっぽり儲けるぞ」

 

「ほら来た――っ!?」

 シャルナは頭を抱えた。

「やっぱり来た! ねえアッシュ! それって全然まっとうじゃないわよね? もう犯罪じゃない! え、魔物……? あの――『魔物』? 魔王の配下の……?」

「当然だ、それ意外に何がある?」

 シャルナが悲鳴を上げつつ戦慄いた。

 『魔物』。それはかつて【魔王】が活動してきた際、生み出された邪悪な生物たち。

 生まれつき人間を害する本能を持ち、姿も能力も多種多様。魔王が復活する五十年後までは、世界の片隅で点在するのが現状だが、依然として危険要因なのは間違いない。

「それは危険よアッシュ! ゴブリンやオーク、ハーピーにマンイーター。他にも危ない魔物はたくさんいるわ。それを……よりによって育てて、売るなんて! 危険すぎる!」

「確かに、魔物が危険なのは承知している。だがシャルナ、お前は『性悪説』というものを知っているか?」

「え? まあ……ざっとだけど」

「人間は生まれつき悪だという概念――あれ事態は否定しないが、それが全てではない。悪人に囲まれれば悪人に、善人に囲まれれば善人に成りやすい、俺はそう思っている」

「それで? そういう事はあるでしょうけど」

「同じだ。魔物は【魔王】という統率者があってこそ邪悪となる。平時の今では奴らは弱く、残虐性も薄い。下級の冒険者にも狩られる程度だ。俺たちが愛情を持って育てれば、邪悪なんかには染まらない」

「ううん、そうかしら……? そうだといいけれど」

 シャルナがそれでも不安そうな顔をして考え込む。

「そういう考えがあるならいいけど、もしかしてゴブリンとかオークを育てる気?」

「さっき『栽培』と言っただろう? 育てるのは『植物系』の魔物だけだよ。人を襲ったり切りつけたりはしない。ましてや孕ませるなんて絶対にない、安全で健全な魔物だ」

「……。アッシュの口から『安全』とか『健全』とか出てくると、途端に胡散臭くなるのは何故……」

「とにかく! 育てる魔物を今からリストに上げて、皆に配るぞ。それぞれ擬人化娘やお前へ担当の魔物を充てるから、上手く育ててくれ」

「大丈夫かしら……本当に大丈夫かしら……?」

 シャルナはものすごく不安そうな声音でしばらく呟いていた。

 

 そして数分後。

「まず皆、集まってもらってありがとう。呼んだ理由は他でもない。魔物の栽培だ。シャルナから説明は受けているな? ではまず――」

 最初はシルティーナ担当、植物系の魔物である幼体をアッシュが渡す。

「シルティーナ、お前が育てるのは『リトルプラント』という種族だ。育つと甘くて美味い実をつける魔物。小さくて弱い魔物だから大切に扱うように」

「了解です、アッシュ様。丹精込めて育てますね」

 軽やかに頷く銀髪少女。

 ちなみに魔物たちはバーネットの情報をもとに、ユリーハやミリーが買い付けたものだ。

 街には表沙汰には出来ない商店もあり、そこを活用したわけだ。

 アッシュは髪を二つに結った小柄少女へと目を向ける。

「次にミリー。お前が育てるのは『プラスター』だ。ハムスターに似た花を咲かせる植物魔物だな。小さな棘が生えてくるがそれ以外の危険はない、頑張って育ててくれ」

「わーい! 嬉しいのです、大切に育てるのですよ!」

 にこにこと笑って喜ぶミリー。二つに結わえた髪の毛が華麗に躍っていく。

「次にユリーハ。それにバーネット。お前たちにはそれぞれ、『アゲハプラント』と『フォックスプラント』を育ててもらう。アゲハプラントは、育つと『蝶』のような綺麗な紋様の花を咲かせる魔物。フォックスプラントは、蔦が『狐』みたいになり面白い魔物。これらも大した攻撃性はないから、楽に育てられるはず」

「はい! アッシュ殿に託された任務、必ず成功させてみせましょう!」

「植物なのに動物の形を取るのが面白いよね、育てるのが楽しみだよ」

 ユリーハは意気揚々と、バーネットは楽しそうに笑って受け取る。

 全て苗木みたいな形での手渡しである。全ての少女たちには鉢と肥料が渡され、説明をまとめた羊皮紙も渡している。

「そして最後に、シャルナ。お前に育ててもらうのは『マンイーター』だ。育つと人を食らう性質があるから気をつけてな。もっとも、小さいうちはせいぜい手を噛むくらいだから危険はないだろうが」

「ねえ! わたしだけ明らかに危なくない!? マンイーターって、あのマンイーターっ!? 危険で有名な魔物じゃない!? どうしてわたしだけこんな魔物なの!?」

 アッシュは目を逸らしつつ応えた。

「それは……闇のマーケットで残ってたのが、これしかなくて……」

「えええ……それ、ほんとに大丈夫なの? ねえアッシュ? ちょっと、わたしの目を見て言って! あなた、『安全』と『健全』は、どこ行ったの!?」

「ちなみに! フローレンスにはシャルナの護衛を命じる。もし、仮にだが、シャルナのマンイーターが彼女に襲いかかったら、砲撃で焼き払ってくれ」

「はい、わかりました。お任せください」

「ねえ待って!? 護衛!? いま護衛って言った!? すごく危険な言葉が出てきたような……」

「よし! 他に質問はないな? では――解散! 各自、魔物を大切に育てるように!」

「はい!」「お任せを!」「はいなのです!」「うん、頑張るよ」

「だから! マンイーターは駄目だって! なんかウネウネしてるもの! まだ苗木なのに、ウネウネしてるんだけど――!?」

 アッシュが手を叩いて解散の合図をしている中、シャルナの苗木だけがウネウネとうごめいていた。

 

 ――栽培し始めて一日目。

「わーっ、すごく成長が早いのですこのプラスター! まだ植えて数時間なのにもう茎が出て、すくすく育ってるのです!」

 嬉々としてはしゃぐミリーに、バーネットが横合いから声をかける。

「それはそうだよ。何しろ皆に配った肥料だからね。ボクが調合した特別製。どんな植物でも五倍から十倍で、それ以上の速度で成長する場合もある自信作さ」

「あっ、もう葉っぱが生えてきたのです! バーネットの肥料、凄いのです!」

「さすがはバーネットですね。素晴らしい肥料です」

 シルティーナも喜んで、自分のリトルプラントに水を与えていた。

 

 栽培二日目。

「見てくださいアッシュ殿! わたくしのアゲハプラント、見事な葉っぱを作りました!」

「おお、ユリーハの育てるアゲハプラントも順調な成長だ。形も色もとても良い。ユリーハ、お前には植物を育てる才能があるな」

「ふふ……そんな、恐れ多いです」

 くノ一姿でありクナイから転生したユリーハは、未体験のことに興奮をあらわにしていた。ミリーとシルティーナの方も順調そうだ。

 

 栽培三日目。

「お兄ちゃん! 見て! すごい育ってるのです! ハムスター、っていうのですか? 小さな動物みたいな顔の花が出来て、プラスターとても可愛いのです!」

「そうだろう? なにせプラスターは、好事家には人気ある魔物だからな。危険性が薄い上に栽培も楽で、場所も取らない。おまけに可愛いし、人気出るさ」

「わーい! 植物を育てるのって、とても楽しいのです!」

 顔を輝かせるミリーの横、シルティーナも頬をほころばせる。

「わたしのリトルプラントも見事な育ち具合ですね。花がいくつも出来て、実も何個か出来ています。――あ、一つ落ちてきました。アッシュ様、これは食べてしまっても大丈でしょうか?」

「問題ない。普通に甘くて美味しい実だからな。好事家の間では、『超林檎の実』として重宝されているらしい」

「あ、確かに甘い……林檎のような風味です。これはやみつきになりますね。もっと育つのが楽しみです」

「はは、そうだろう。バーネットの渡した肥料はさすがだな、じつに高性能だ」

 バーネットが嬉しそうに微笑みを返した。

「ありがとう、ボクのフォックスプラントもすくすく育ってるよ」

「本当ですね。植物を育て、同時に心を満たす……栽培とは、尊いことなのですね」

 シルティーナの楽しそうな声音に、アッシュ達は笑っていた。

 

 そして栽培、四日目。

「ひゃあ~~~~~~~~!? なんか、マンイーターが蔦を伸ばしてきたんだけど――っ!?」

 シャルナがものすごい大声で悲鳴を上げていた。

「なんか! 今日水をあげたら襲いかかってきたわ!? わたし、逃げようとしたらいきなり蔦が! ――ちょ、ちょっと待って! 駄目よマンイーター! あなたどこ触ってるのもう~~!? そ、そこは駄目だって! ひゃあ、どこ触ってるの、駄目っ、マンイータ――――ッ!」

「やべえこれはダメだ」

 アッシュは思わず呟いた。他の栽培場からやや離れた広場の片隅。

 そこでは巨大化したマンイーターがシャルナの手足を縛っていた。

 長大かつ、でかい蔦が彼女の両手両足の自由を完全に封じている。

 そればかりか、シャルナの腕から足首を撫で回し、あげくスカートの中に蔦を侵入さている。

 絵面的にもシャルナの貞操的にも完全にアウトだった。

「シャルナ! マンイーターは動くとますます興味を示すぞ! まずは慌てず、じっとしているんだ!」

「そんなことしている場合じゃないわ! どんどんスカートめくれてきて……!? あっ、あっ、胸元に蔦を入れるとか駄目だってそれ駄目―っ! きゃーっ! きゃああっ! アッシュ――っ! 助けて――っ!」

「すまん、すでに俺が見てはいけない絵面になってるから、助けるのは無理そう」

「アッシュ――――ッ!」

 すでにシャルナの胸元、スカート、その他色々なところから蔦が侵入し、彼女は大変なことになっている。

 平均よりは育ちが良いシャルナの体はじつに大変である。

 思わず顔を逸らしたアッシュ。そして騒ぎに集まってくる擬人化娘たち。

「なんと。これはやばいですね」

「お姉ちゃん、わー、今日の下着は薄青色なのです」

「なんと面妖な……マンイーターとは、かくも恐ろしい魔物なのですね」

「ちょっと調合間違えたかなぁ。こんなに急成長と凶暴性はないはずだけど」

「ねえ見てないで助けて! 割とピンチなんだけど! シルティーナ、ミリー、ユリーハ、バーネットぉぉ! 誰でもいいから、助けて!」

「「縛られているシャルナ様が」「お姉ちゃんが」

「「わりと可愛いのでもう少し見ていたい」」

「このボケナス共が――っ!」

 シャルナが半泣きで悲鳴を上げる。

 擬人化娘たちはまだ余裕があると判断し、鑑賞モード。アッシュは目を逸らしているが、時折チラリと横目を向けては、小声で「よく育ったな……」などと呟いている。

 しばらくその光景が続いた。

 

 やがて、おろおろと事態を見守っていたフローレンスが提案していく。

「あ、あの……そろそろシャルナさんが心配ですし……焼き払ってもいいですか? その……半泣きを超えて、マジ泣きに入りかけてますけど……」

「よし、判った。フローレンス、マンイーターを焼き払え。マンイーターの危険性は十分に理解した。あとお前の砲撃は強力だから、手加減してくれ」

「あ、はい……了解です。…………あ」

 ふと、要塞から転生を果たした巨大娘は、そこで不安そうな声を上げた。

「あの……アッシュさん」

「なんだ?」

「マンイーターが、シャルナさんを『盾』にしているので、射線が確保出来ません。どうしましょう……?」

 アッシュは目をそむけたまま、凍りついたように固まった。

「え。本当に? 砲撃出来ないのか?」

「はい、何か狙いを定めると盾にして……移動してもすぐ位置を変えられます」

「なんてこった、これではシャルナを助けられないじゃないか」

「ねえアッシュ! だから言ったのに! わたし、マンイーターは駄目だって言ったのに! ……あわわわわ、下着の中に蔦が入ってきた! それは駄目よ! ほんと駄目! アーッシュ! シルティーナ! ミリー! ユリーハでもバーネットでもフローレンスでもいいから! ほんと、どうにかして~~~~~~~~っ!?」

 アッシュルナ皇国にシャルナの悲鳴が響いた。

 

 ――その後、数分後。

「ひどい目に遭ったわ……」

「お疲れ様」

 あの後、バーネットの提案により『催眠煙』というものが撒かれ、マンイーターは睡眠に陥った。

 吸った者を眠らせる効力のある煙により、マンイーターは完全に無力化。同じく眠ったシャルナを担ぎ上げた後、介抱して今に至った。

「もう植物は育てたくない……もう嫌、嫌よ……」

「じつは追加でバーネットが『グレイトマンイーター』という魔物の苗を買ってきたんだが、要るか?」

「…………きゅう」

 シャルナはその場で後ろに倒れた。



 ――その後、各地よりアッシュルナ皇国産へ観賞用魔物が多数配送された。

 多種多様な魅力を持つ植物系魔物は、好事家の間で大変好評。

 多額のお礼金が、アッシュルナ皇国へ支払われ、活動資金として送られた。

 その後も、度々新しい植物魔物が提供されては資金が増し、アッシュルナ皇国は一定の収入源を得ることとなる。

 

 ただその裏で、栽培の段階で事ある毎にとある少女の悲鳴が聞こえたとか、聞こえなかったとか。

 それはこの国だけの秘密である。


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※本エピソードはカクヨム限定公開となります。専門店特典SSとは内容が異なります。

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