聖堂騎士vs異端審問官

 模擬戦開始の合図と共に、パトレン機は急加速でダッシュを始める。速い!


『なんだありゃあ……これローラーダッシュでも追える速度じゃねえぞ……?』


 ムガンダはホバー二脚の快速ぶりに舌を巻く。これじゃあ距離保って引き撃ちされたら手も足も出ないじゃん。クソッタレ、整備長の奴、こういうことはもっと早く言ってくれよ……。ムガンダはボヤいたが、ボヤいたところでどうしようもない。あるもので戦うしかないのである。

 最悪こうなる可能性も想定に入れて、中距離まで対処可能な武装に切り替えていたのは正解だったよホント。

 だが、有効射程に到達したパトレン機はミサイルを発射しつつそのまま速度を維持して接近してくる。どうやら引き撃ちで戦うつもりはないようだ。


 『やれやれ、やっぱり機体特性を活かすつもりはないんだな……。では、教育して差し上げるとするか』


 鳴り響くロックオン警報を耳にしながらムガンダも一気に加速をかけた。接近してくるミサイルをすれ違いながら鮮やかに回避。どれだけ撃たれようと、ミサイルの旋回半径の内側に入ってしまえればどうということはない。

 しかし、そこにすぐさま第二波のミサイルが接近してくる。


『おおぅ、二段撃ちかあ。念の入ったことで』


 クイックステップを交えつつ、右腕のアサルトライフルをフルオート射撃して危なげなくこちらも回避・迎撃する。一斉に観衆たちが歓声を上げる。


『これはムガンダ選手!魅せてくれる!腐っても聖堂騎士!華麗な回避に、観客席からも驚きの声が上がっています!解説のエバーさん!この動きはどうですか?!』


 マイクを握りながらマロクスが絶叫する。お前らなんでいきなり実況解説なんか始めてんだよ。しかも意外と様になってるし。何なの。観客はどっから調達したんだかわかんねえ酒飲みはじめてるし。何なの。


『はい、長年魔導騎士に乗ってきたベテランらしい冷静な対応ですね。戦場でパニックになると接近するミサイルに対して大回りで回避してしまいがちなのですが、敢えてここで前進しながらすれ違えば、普通のミサイルの旋回能力では追いつけなくなります。実に見事な対応です。さらに第二波に対するライフルでの迎撃には確かな技量と余裕も感じられますねえ』

『これはやはり前評判どおりムガンダ選手の優位は揺らがないということでしょうか?!』

『いや、勝負は水物。パトレン選手の実力は未知数です。あの笑みから垣間見える自信の向こうに何が隠されているのか。じっくり試合を見守りたいですね』


 エバー君ともども好き勝手言いやがって。あとで晩飯抜きにしてやるからなお前ら。ムガンダは毒づいた。

 パトレン機はムガンダ機を中心に捉えながら螺旋を描くようにぐんぐん接近してくる。その間、断続的にミサイルを発射するも、ムガンダ機への命中はない。一方、ムガンダ機は広範囲に煙幕を展開しつつ、牽制射撃を交えてパトレン機の動きを巧妙に制限する。


『なかなかやりますわねムガンダ様。やはりミサイルに頼った戦いなど邪道……。勝敗を分かつのは突撃と格闘、ですわ……!』

『あーやっぱ格闘仕掛けてくる気満々なんすねー……まあ有り難いっちゃ有り難いですが』


 煙幕の壁を越えて接近したパトレン機がフレイルを構える。応ずるはムガンダ機の刺突爆雷!……明らかに負けてる感じあるな……。だが、格闘武器の性能の違いが、戦力の決定的差ではないということを……教えてやる!


『武器のリーチならこっちのが勝ってる。間合いに入れなきゃフレイルなんぞ怖かねえ』


 喰らえ!刺突爆……。その瞬間、ムガンダは物凄く嫌な予感がした。目を見開く。何だ……!!!?フレイルの棘付き球体が目の前に迫っている!


『き、緊急回避!!!』


ムガンダはとっさに機体をしゃがませた。頭上スレスレをフレイルが通り過ぎていく。フレイルが……伸びた……?!観客たちも驚きでどよめいている!


『おおーっとォ!!!摩訶不思議!!!パトレン選手のフレイルが大きく伸びたァーーッ!!!!どういうことなのかーーーッ!解説のエバーさん!これは一体?!!!』

『うーん、コレは……柄の中にワイヤー部がグルグル巻きに収納されてて、間合いによってそれを伸ばしたり、縮めたりしているんじゃないですかねえ』

『仕組みを解説されると至って単純ですが、これは相手にしてみるとやりにくそうです』

『しかしムガンダ選手もよく気付きました。あれを至近距離でやられたら、普通回避できないですよ。小型のフレイルですから威力はそこまでではありませんが、急所に当たればダメージは大きい』

『さあ試合はわからなくなってまいりました!まさかのパトレン選手優勢!』


『がんばれー!ムガンダ様ー!!!1ヶ月分の俸給がかかってるんすよォーーー!!!!』

『パトレン様やっちゃってください!!!大穴的中で一攫千金だァーーー!!!!』


 飲んだくれどもが騒ぐ。知らねえよお前らの賭け金とか。それどころじゃねえんだよこっちはよぉ!!!


『ふふ、なかなかおやりになりますのね?でも次の一撃は受け止められますかしら』


 パトレンは余裕の笑みを浮かべている。畜生、機体特性とはそんなに噛み合ってねえ戦い方なのに、思いの外動きがいいなこの異端審問官……。素人だと思ってナメてた……。しかもこんなギミックまで隠してるとは、初見殺しもいいとこじゃん……だが仕組みはわかった。ワイヤーごと絡め取ってやればいい。パトレン機が再びフレイルを放つ。動きはもう覚えたぞ!ムガンダはワイヤーを刺突爆雷の柄で勢いよくなぎはらう。しかし……。


『はい?!』


ムガンダは虚を突かれる。なぎはらったはずのワイヤーで、柄が切断された?!


『おおーーーっとぉ!!!ムガンダ選手の武器が真っ二つにぃーーーー?!これは一体どういうことだーァ!??』

『……単分子ワイヤー……』

『え?エバーさん?』

『あのフレイルのワイヤー、単分子ワイヤーで出来てますね……』


『エバーさん、中々ご理解が早いですのね。そうですわ。このフレイルは特注の単分子ワイヤーで棘付きハンマーを繋いでいますの。ちょっと手元をコントロールしてやれば、こう……』


 振り回されたフレイルが林の木に巻き付き……巨大な幹をバターのように切断する。


『……なるほど、ワイヤーまでカスタマイズしているとは恐れ入るなあ……』

『お褒めに預かり光栄ですわ』

『ならばこちらも切り札を使わせてもらいますかねえ』


 ムガンダ機は静かに腰の剣を抜く。たっけえ値段で買い取った、一本しかないとっておきの超振動ブレード。壊すのが怖くて普段遣いが出来ないという逸品である。またしても観客がどよめく。ムガンダがアレを抜いたことなど数えるほどしかないのだ。

 パトレンの猛攻は留まるところを知らなかったが、伝家の宝刀を抜いたムガンダも驚異的な粘りでそれをいなし続けた。パトレンが叩きつけてくるハンマーの打撃力を的確に殺すパリーイングで、一切有効打を与えない。しかし、防戦一方のムガンダを、パトレンはじわじわと追い詰めてゆく。

 猛攻に耐えきれなくなったか、今一度態勢を整えようとしてか、ムガンダ機がパトレン機から大きく間合いを取ろうとする。しかし、ホバー二脚との間の速度差は埋められない。快速のパトレン機が、ムガンダ機に迫る!


『その剣は飾りですの?!情けない!それでも騎士ですか!!!』


 パトレン機がフレイルを振り下ろそうとしたその瞬間、突如パトレン機の足元が爆発する。


『えっ?!』

『脚部損傷、左右脚部エンジン停止、走行できません。繰り返します。脚部損傷……』


 けたたましく警告の音声が鳴り響く。何が起こったのかパトレンには把握できなかった。まずい、ムガンダ機が反転して急接近してくる。げ、迎撃を……!とっさの判断で前方にフレイルを繰り出す。その一瞬、閃光が走ったように見えた。ハンマーは両断され、地に落ちる。ムガンダが全力で振り抜いた超振動ブレードから白い煙がたなびく。

 そして、急接近したムガンダ機は、パトレン機の頭部に剣を突きつけた。


『……これは……!大逆転だあ!激闘を制したのは我らが団長ムガンダァー!!!しかし敗者のパトレン様も素晴らしい戦いを見せてくれました!!!!両者の敢闘を讃えて、皆様拍手をお願いします!!!!』

『やったぜムガンダ様ァーー!!!お陰で実家に仕送りできますゥー!!!』

『何で勝っちゃうんですかムガンダ様ァーーー!!大穴的中が泡と消えた……』


 なんか流石に騎士団員の規律考えた方がいい気がしてきたな……。団長としての威厳なさすぎる……。


『……私の負けですわ……ムガンダ様。しかし、先程は一体何が……』

『なあに、旧型のMK散布式迷彩地雷ですよ。魔力感知式で、踏まなくても爆発します。装甲の厚い重MKの足止めにはあまり役立ちませんが、軽装甲のホバー二脚相手には思った以上に効いたみたいっすねえ』

『……いつの間に……?!まさか……』

『まあ、煙幕の後ろで何が起こっているのかよくよく注意を払っていれば見抜けたかもしれませんが』

『この展開を予想して後方に地雷を……?』

『頭に突撃と格闘しかない軽装甲機相手なら、いくらでもやりようはあります。後退が露骨すぎて引っ掛かってもらえないんじゃ?ってヒヤヒヤしましたよ。その前に危うく殴り殺されるところでしたが』

『あの剣も目くらましでしたのね……』


 ムガンダは『超振動ブレードは普通に追い詰められたからとりあえず出してみただけです』という事実には触れないことにした。好意的誤解をされているときに訂正をする必要はないのである。まあ、最後にはちょっとだけ活躍したからええやろ!結果オーライである。


『パトレン殿、何にしても、戦いは機体にあったやり方で実行しなければ意味がありません。今一度、戦い方について再考をお願いします』

『私、間違っていたのですね……』

『お分かりいただけましたか』

『ええ……これからは機体特性をよく考えて、正しい戦術で戦っていくことをここに誓いますわ……!』


 よかった。わかってくれた。こうしてムガンダの悩みは一つ解決されたのであった。


 数日後。


『オーライ!オーライ!オーライ!』

『あれ、どうしたのそのクソデカ荷物』

『えっ知らねぇんですかい?ムガンダ様?』

『やっと届きましたわね!!!格闘戦重視!重装甲型のタロスフレーム45式!!!』

『は?』

『機体特性に合わせた戦い方をしなければならない。仰る通りでしたわ。そこで私、MKを新しくすることにしましたの!この機体ならば理想の突撃と格闘が出来るはずですわ!!!』


 ムガンダは悟った。狂人につける薬はないと。あの苦労、なんだったんだろうな……。

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世界宗教『巨大人型二脚歩行兵器以外絶対認めない』教団の苦闘 江戸川殺法 @Werth

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