使徒、侵入

 辛くも異端審問官の裁きを乗り切ったムガンダたちであったが、それは二脚歩行兵器激動の時代の始まりを告げる鐘の音であった。ほどなく公会議において、二脚に車輪を付けることを神は禁じておられない、という合意が成立、さらにトミノ暦325年6月19日『神様は(足が二本なら)何も禁止なんかしてない宣言』が採択され、以降二脚MKは(脱法的に)凄まじい速度で進化していくこととなる。

 自由なアイディアに基づく斬新なパーツが開発・生産されるだけでなく、同時に創設された装備更新支援金制度によって、零細騎士団・独立傭兵に至るまで新型装備への更新が進められた(それに伴い支援金詐欺も頻発したが、本書ではこれについての詳述は控える)。そう、人類脅威のメカニズムと言えよう。

 それにしても開発・生産体制の確立と普及が早すぎる、これ宣言出る前から色々なんか仕込まれてない?という穿った見方も一部識者から示されたものの、それが明らかになることは誰からも歓迎されておらず、強く追及されることはなかった(一説によると、これは方針転換の機会をうかがっていた教皇庁が背後で主導していたとも言われる)

 さて、こうした変化を人類連合軍の騎士たちは大いに歓迎したが、その発端となった「神の教えに立ち向かう命知らずの聖堂騎士」としてムガンダの名も広く知られ、進歩派の騎士から改革の旗手とみなされるようになったのである。

 ムガンダ当人はこれを滅茶苦茶嫌がっていたが(限界独身中年男性が有名になっていいことなど一つもないのである)騎士たちの期待を打ち消すことは出来ず、渋々そうした扱いを受け入れざるを得なかった。当時近しい者に向けて彼が語った言葉が記録に残されている。『改革のリーダーなんかに担ぎ出されたら、今度こそマジで火刑にされそうな気がする』

 可能性としては十分に考えられた事態と言えよう。では、ここで再び彼らの生活に焦点を戻したい。


『フゥ~ハァ〜フゥ~ハァ〜』

『……で、異端審問官殿はさっきから何やってんのアレ。やたら息荒いけど』

『あぁ、ムガンダ様も気になります?さっき聞いてみたんですが、なんか大地を駆け抜けたローラーのゴムから発せられるかぐわしい香り!吸わずにはいられないッ!とか言ってました』

『説明されても何一つわかんないの凄いな、マロクス君』

『わかりたくもないですよ』

『でもさっき整備長も一緒になって吸ってたっすよ』

『知りたくなかった情報だなエバー君』


 異端審問官パトレンはしつこく居残っていた。なんかクソデカカメラで魔導騎士をあらゆるアングルから激写し、誰か人をとっつかまえてはアツく二脚信仰について語る生活で、もう完全に迷惑キモオタであった。しかし、居着いてしまうと慣れてしまうもので、今やすっかり騎士団に馴染んでいる。とりわけ整備長とは話が合うらしく、よくわからん話で二人して盛り上がっていた。


『早く帰ってくんねえかな』

『まあいいじゃないですか。行動は意味わかりませんけど、パトレン様のあの凄いおっぱいを見ると、今日も一日頑張らなきゃな、て気が引き締まってくるんですよ』

『マロクス君の言ってることもよくわかんなくなってきたよ』

『わかりませんか、ムガンダ様。おっぱい。それは男が追い求める無限のフロンティア……。巨乳。それはふくらむ夢と希望……。おお、神が与えたもうた奇跡。あの爆乳ミサイルに惹かれない男がいるでしょうか?!あれこそ美の結晶!!世界の至宝なんですよ!!!!!』

『あ、うん、はい』


 ムガンダはツッコむのを諦めた。もうダメだ。耐えきれない。こんな騎士団にいられるか。俺は実家に帰らせてもらう。そう言えたらなあ。ムガンダは遠い目をした。人生間違っちゃったなあ……。


『んもームガンダ様、相変わらず暗い顔してますね。元気だしてくださいよ。ほら、ここにおやつありますよ』

『エバー君……もう異端審問官と一緒の生活とか耐えられないよ……みんなおかしくなっていく――』

『あら、何のお話かしら?』

『わあああ!!!噂をすれば影!!!』


パトレン、もはやほとんど妖怪扱いである。いや……妖怪でないとしたら何なんだろうねこの人……。


『ご機嫌麗しゅう、ムガンダ様、エバー様。今日もきっと素晴らしい一日になりそうですわね』

『そうですね素晴らしく死にそうな気分です』

『ムガンダ様、言葉選んで。選んで』

『まあ、これはいけませんわ。お悩みがあるのね。私、神の使徒として、皆さんをお悩みから救いたいと思っていますの』


あんたの存在自体がお悩みなんだよって言ってやりてェーーー!!!


『そうだ、ムガンダ様。あちらのMKをご覧になって?きっと元気が出ますわ』

『え?はい?えーっと、あんなMK、ウチの騎士団にあったっけ……?』

『紹介いたしますわ!!私の愛機、メドゥサフレーム44式!』

『……は?』

『ようやく届きましたの。これで皆様と肩を並べて戦えると思うと、私とても昂ってしまいますわ!』

『はい……?どういうことです……?』

『あれ?ムガンダ様。もしかしてご存知ないんすか?パトレン様、このたび我が騎士団付きの従軍司祭に任じられたんすよ』

『あのさあ!!!!!どうしてそういう重要な情報をまず俺に届けてくんないわけ?!!!エバー君?!!!』


 どう見ても政治将校です。本当にありがとうございました。一つ屋根の下、異端審問官と一緒、何も起こらないはずもなく……何も起こってほしくねえーーーッ!!!!帰ってくれーーーッ!!!!出てけーーーーッ!!!!


『抵抗しても無駄っすよムガンダ様。受け入れましょう全てを。だいたい知っててもどうにもなんないんだし』

『状況に適応しすぎだろエバー君!!!』


 まあ……実際先に話聞いててもどうしようもなかったとは思うんだけどね……。ムガンダは天を仰ぐ。神よ、なぜ我らに重すぎる苦難を与えたもうのか……。


『はい!オーライ!オーライ!オーライ!そこですわァー!そこ固定してくださいましィー!!!』

『任せてくだせェー!!!』

『ちょっと何やってんの!?整備長!!!?』

『まあ見ててくだせェー』

『少々お待ちくださいますゥー?』


クレーンがメドゥサフレームを起き上がらせると、突如パトレンがよじのぼりはじめる。速い!フィジカル化け物か?!あっという間にメドゥサの肩にまで登りつめると、仁王立ちして絶叫する。


『騎士たちよ聞きなさァい!!!聖戦のときは来たれりィ!!今こそ神の教えに従わぬ野蛮な魔族を一人残らず打ち倒すときが来ましたわァー!聖地を我等の手に取り戻し!偉大なる人型二脚歩行兵器の威光をあまねく世界に示すのでェえす!!皆様の奮闘を期待しておりますわァー!!!』


 拳を天に突き出してマイク片手にパフォーマンス。そして勢いよくブリッジ。もうやりたい放題だなこの修道女。野次馬の騎士団員までノリノリで拳を天に突き上げる。そして勢いよく全員でブリッジ。

 新手の健康体操か?それとも闇の儀式かなんかか?もはやムガンダの胃は限界だった。胃腸薬、在庫あったっけ……。

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