一に整備二に整備、三、四がなくて、五里霧中

 魔王軍車両MK部隊との戦いで、空前の勝利に沸いたムガンダ聖堂騎士団ではあったが、勝利の酔いが醒めるのは物凄く早かった。整備が。整備が。地獄なので。


 何からご説明すべきであろうか。兵器というのは大体少し動かすだけであちこちが壊れるのである。物凄い整備が必要なのである。ましてそれがクソデカ人型二脚歩行兵器ともあれば尚更であった。ひじ、ひざ、肩、手首、足首、首、股関節、可動部分が無茶苦茶多いのである。機種によってはこれに加えて指関節とかも入ってくる(多脚に比べたらマシという声もあったが、正直五十歩百歩である)。

 アホか。ふざけんな。全部相手になぞしていられるか。これは整備担当者の概ね総意と言ってもよい。面倒なのである。動かすだけで大変なのである。おまけに前回改造した車輪部分とかもメンテしなきゃなんない。もうクレーンとか色々動かすだけで超めんどくさい。当然整備隊だけでは手が足りないのでめっちゃ全員総出で手伝う。はっきり言って重労働であった。休みてえ。せめてもっと給料上げてくれ。口に出すのは遠慮があったが、大体みんなそんな感じなのであった。


 人類連合軍の魔導騎士は、騎士団レベルで機種選定に自由が与えられており(補給・兵站のことを考えるとはっきり言って暴挙である)、教会との太いパイプのある騎士団は、本当にどうしようもなく趣味に走った特殊かつ高価、希少な機体で好き勝手絶頂をやらかしていた。近年の人類連合軍劣勢の大きな理由の一つである。

 ムガンダ聖堂騎士団はそういう無茶苦茶なところと比べたらかなり整備性というものを重視してやってきていた方ではあった。主力機種であるマルスフレーム34式(愛称「アラサー」)は、技術的には概ね枯れた機種であるがために扱いやすく、規格化された頭部・腕部・脚部・エンジンは用途に合わせて交換・カスタマイズ可能。オプション装備も豊富、安価かつ軽量で取り回しも良好、という大きな利点があった。人類連合軍の中でも特に中小規模の騎士団を中心に、非常に愛用者の多いMKだったのである。欠点があるとすれば、やはり性能的にぶっちゃけ微妙、ということであった。

 あっ、今、だめやんけ、と思われましたね?意外とそうでもないのである。どんなに性能が高くても、ただでさえめんどくせえ整備が輪をかけて駄目だと、稼働率が無茶苦茶悲惨なことになるからである(前回のムガンダ聖堂騎士団の出陣では、いきなり半分もの機体が脱落してた癖に、というツッコミはどうか勘弁してもらいたい。他の趣味に走った騎士団はもっと酷かったりするのである)まあ、その、確かにだめなんですけどね!そもそも根本的に巨大人型歩行兵器が!(でもかっこいいよね巨大人型歩行兵器……)(衛生兵、ここに狂人がいるぞ)


『何とかなりそう?整備長』

『まあどうにかってとこでさァ旦那。撃破された機体があるわけじゃァなし。フレームごとイカれてるわけでもありませんから、そこまで深刻ではねェんです。ですがなにしろ全機まとめて出動したんで、各機どこかしら痛めてる部分が山程出てまさァ』

『ほぉらムガンダ様。エバー言ったじゃないっすか。全機出すとか無茶するからそうなるんすよお』

『ごめんて。それは本当にごめんて。でもしょうがないじゃん、深刻な事態が起こりそうなんで全力出したら意外とあっけなく終わっちゃったからって怒る、ていうの絶対良くないやつだよ。災害対策とかでも絶対やったらいけないやつ』

『戦力の逐次投入の愚ってやつですかね。まあよかったんじゃないですか』


 マロクス君がなんかそれっぽいことを言って話をシメていく。平原に置いてきぼりにされて数日、彼もようやく口を利いてくれるようになった。まだ微妙に話し方が冷たい気がするんですが。


『まあでも何もわかんねーとこに全部戦力ぶちこんでくのは確かにあんまり良くはなかったね……。稼働率も心配だったんでとりあえず全部動かしたのは間違いだったと思わんけど、次はもう少し考えないといかんわ。コレ』

『足と腕の予備がもっとあったらひとまずは付け替えるだけで復帰させられるんですけどねェ』

『まあ部品供給自体が遅れがちだからなあ。でも今後は上手いことやりくりしていかんとね……』


 土埃と泥に塗れた機体を眺めながら、しみじみとムガンダは反省していた。戦いに反省はつきものである。それはいつ如何なる時でも。戦争に模範解答はなくとも、正解を探る努力は必要なのだ。なんか変な神の教えだけはどうしようもないけど……。


『悪ィことばかりじゃァありませんよ、ムガンダ様ァ。予め関節部は予備確保してましたし、先日は大枚叩いて、聖都の工場にもまだ普及してねェような自動三次元部材成型機3Dプリンタまで揃えて頂いてますからね。見てくだせぇこの凄え動きの奴を!惚れ惚れしちまいまさァ!』


 得意げに班長がなんかクソでけえ箱の中を指し示す。実際すごいや、コレ。未来技術かなんか知らんけどガションガション言いながらなんか箱の中を機械が動き回って補修部品をバーッて作っていく。データがあれば何でも作れるんだそうで、ホント凄いですよね。やったぜ。3Dプリンタ、まさに夢の装置。


『この調子だとちょいと時間はかかりますが、まあ今のところはニコイチサンコイチで使えるパーツを組み合わせて共食い整備すりゃァ、シノいでいけるでしょうし、悩むこたァありません。パーツ全部組み立てて全機稼働に持ってけるまではもうちょいってとこですねェ』

『そう?よかったー。セール中とはいえ超高かったんだよね、この機械。使い物になるならめっちゃ助かるわ。わざわざ後方の工場から取り寄せんでも、現地で部品加工製造が手軽に出来るって、正直、整備の革命だわ』

『違ェねえです。こいつが本格的にフル稼働すりゃあ整備班の仕事も楽になるってもんでさァ』


 巨大人型二足歩行兵器の整備も日進月歩であった。整備がクソという大前提はどうしようもないけど、それはそれとして我々はそういう現実と折り合いつけてやってくしかないのであった。


『あっ動き止まった。もう部品出来上がり?』

『ちょっとなんかおかしくないですか。変な音してません?』

『なんか煙出てきてますけどー』

『ねえ整備長コレ——』


 三人が振り向いたら整備長ってば一目散に背を向けて逃げてる。あっ。


 直後、物凄い大音響がして自動三次元部材成型機はあっさりと爆発炎上した。おお、神よ。この世に慈悲はないのですか。さようなら未来技術の結晶。また会う日まで。幸い怪我人は出なかったが、当然整備長は激詰めされた。当たり前である。注意一秒怪我一生である。どうかご安全に。もちろん整備のスケジュールはワヤクチャなことになった。みんなもうどうにでもなーれという顔をしていた。平常運行である。魔王軍、しばらく来ないといいなあ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る