ムガンダ聖堂騎士団、出陣

『来ました!ムガンダ様!前哨部隊より、魔王軍車両MKの前進を捕捉、との通信あり!至急応援求む!と!』

『敵の規模は!?』

『わかりません!結構ヤバそう、と!!』


 もらってもしょうがない感じの報告が届く。なぜ、みんなもっと詳しいこと教えてくんないの?俺がいけないの?職場の報連相の悩みは尽きない。しょうがないのである。


『雑だな!まあいい!改造済みのMK全機、機関始動!エバー君!マロクス君!仕掛けるぞ!出し惜しみはなしだ!』

『全機出すんすか。予備部隊残した方が良くないですか?』

『敵の規模がわかんねえとこに突入して、あっコレこの戦力では手に負えねえわ……ってなったら嫌だし、あとこの調子だと敵の狙いがわかる頃にはどのみちもう色々手遅れになってる可能性あるから……』

『聞かなきゃ良かったです』

『まあなるようになるでしょ……もうそれで行きましょう……』


 人生は諦めが肝心である。連絡来ただけマシだと思おう。そういう風に生きていくしかない。


『軍旗を掲げよ!我に続け!ムガンダ聖堂騎士団出陣である!魔導騎士、前進!!』


 並び立つMKたちのエーテル機関は鈍く輝き、低く唸る。その猛りが一瞬の間を挟んで大きな咆哮へと変わるや否や、精霊銀で出来た機械仕掛けの騎士たちは弾け飛ぶように物凄い加速を見せて疾駆する。改造の成果は一目見ただけで明らかであった。疾れ!魔導騎士!疾れ!森の中の宿営地を離れてぐんぐん平原を疾走する魔導騎士たち。これは実際壮観である。


『あっ』


 だがいいことは長くは続かない。MKの一機が盛大にスッ転んだ。なんか岩かなんか引っ掛けたらしい。続いてくぼみにハマったんだかもう一機がやはり顔面から行く感じで転んでく。それを避け損ねた後続機もバランス崩して転倒。復帰は……無理っぽい。

 そうだよね。難しいね。いきなり不整地を車輪で高速走行って難しいよね。訓練期間も調整期間もあんまりなかったので割と予想の範囲内ではあった。しょうがないのである。戦場にはいろんなことがあるんである。大丈夫?怪我してない?そう、大丈夫。じゃあ、あとお留守番よろしくね。ムガンダはこの辺鷹揚であった。部下には結構人気がある。嫌な上司のいる職場で働くのは最悪なので。


『あっ』


 改造された脚部からすげえ黒煙を吐いたMKが見る見る速度を落としていく。マロクス機である。

 そうだよね。難しいね。いきなり新機材を増設して投入って難しいよね。整備期間も調整期間もあんまりなかったのでこれも予想の範囲内ではあった。しょうがないのである。戦場にはいろんなことがあるんである。大丈夫?機材全損してない?そう、大丈夫。じゃあ、回収されるまでちょっと待っててね。ムガンダはまだ鷹揚であった。彼の我慢強さには結構定評がある。俺もこの職場で働きたい。


『すみませんムガンダ様!あとよろしくです!』

『不覚ですムガンダ様!この借りはいつかお返し致します!』

『ごめんなさいムガンダ様!お許しあそばせ!』



 なんかそうこうしてたらもう出撃機の半分くらいしか残ってなかった。指揮系統も無茶苦茶である。よくある話である。よくあって欲しくない。


『やっぱこうなったかー。な?全機出しといて良かっただろ?エバー君』

『だめじゃん!全然だめじゃん!もう帰りたい!故郷に帰ります!実家を継ぐんです!』

『泣き言を言うなエバー君!マロクス君の分まで何とかするぞ!』

『マロクスの野郎、絶対今、ラッキー!て思ってる絶対』

『うんそれはすごく同感』


 やはり戦闘は命懸けなので、特に自分の責任関係なく行かなくて済むなら戦場には行けない方が楽だよなという感はある。ムガンダも自分が現場行かなくて済むならそっちの方がいいなーと思っている。そういうわけには行かないんでしょうがないんだけど。


 多数の脱落機を出しつつも、行軍は予想を超えてスムーズに進行していた。予め想定が悲観的すぎると失敗ばかりでも明るい気持ちでいられる。まだ最悪の状況ではない。やったぜ。

 戦線を突破してくる魔王軍車両MK部隊の側面に回り込んで逆襲を仕掛ける、という、機動力増強に期待した雑な作戦はここまで割合上手く行っていると言えた。敵部隊に勝てるんであれば。


 あっという間に友軍歩兵陣地が視界に入る。平民出の歩兵たちが改造を受けた魔導騎士を見て一斉に歓声を上げる。


『もうついたのか!』『はやい!』『きた!騎士きた!』『MKきた!』『これで勝つる!』


 それ聞いて調子に乗って手を振ろうとした奴がまたコケた。脱落者多すぎでは?今更どうこう言ってもしょうがないんだけど……。


『敵車両MK捕捉!全機散開!いいか!我々の装甲、火力を過信するな!つうかもう相手の方が上だと思え!!!絶対に停止して撃ち合うんじゃないぞ!!!!ぶっちゃけ我々の優位は戦術的機動力にしかないかんな!!!ちゃんとジャンプ使えよ!!!3次元機動を織り交ぜて狙いを定めさせるな!!!牽制しつつ接近、格闘戦に持ち込め!総員着剣!!!!』


 ぶっちゃけすぎだと思う。でも巨大人型二脚歩行兵器の装甲と火力には限界があるのである。信仰の力は無限大なんだけど二本足で支えられる装甲と火力には限りがある。跳躍抜きだと機動力も厳しいのではないかと思う。みんなわかっていたけどツッコミは入れない。異端審問に遭いたくはないので。


『もーーーどーーーにでもなりやがれですよーーーー!!着剣!!』


 エバーもかなりヤケクソであった。格好をつけて手持ちの槍、というか棒に着剣と言ってはいるものの、実の所それは何かっていうと、刺突爆雷であった。なんか装甲に向かって突き刺すと起爆して、超高速の金属噴流で穴を開ける奴。

 でも刺突爆雷って言われるとテンション下がるのである。士気に関わるのである。せめて格闘やるならヒートソードとかビームサーベルとか超振動ナイフとかパイルバンカーとかそういうイカした奴が欲しいという声は根強かったのだけど、予算の都合には勝てなかった。

 こういう時、教会に向かって、こんな装備で大丈夫か、とか訴えかけたりするわけなんだけど、いつもいつも、大丈夫だ、問題ないみたいな回答が返ってくる。神は言っている。予算を守れと。

 一方ムガンダの駆る専用MKは鮮やかに魔王軍車両MK部隊を翻弄する動きを見せていた。腐っても聖堂騎士、彼はこの短期間のあいだに、改造された魔導騎士の特性を的確に見抜いていた。停止して射撃態勢に移った敵車両MK(※当時の魔王軍MK部隊の練度と性能では、走行中の射撃に十分な命中精度は期待できなかった)に対してマシンガンで適時牽制射撃を浴びせつつ、一切足を止めることなく縦横無尽に平原を駆け抜け、ショートジャンプで狙いを定めさせない。

 そう、彼は戦場における嫌がらせの達人であった。よくエバーからもそれハラスメントですよって褒められる(褒め言葉か?)。もとより彼は撃墜王たることよりも、部下のアシスト・敵の牽制に徹することを好んでいた。要はあんまり出世する気がなかったのである。だが、結果的に人望を集めて中途半端に昇進してしまったことは彼の失策であった。

 管理職とかもうやりたくねえ。退職してえ。でも今更足抜けも出来ないんだよな。なんかそんなこと考えつつ、味方機を執拗に狙う敵車両MKに刺突爆雷をぶちこんで撃破数を控えめに稼いでいく。

 クソだりい。早く戦争終わってくれ。なんも希望ねえわ。度のきついメガネのレンズの向こうで、彼の目はかなり死んでいた。でも、身構えている時ほど死神は来ないんだなあ。死神にもモテねえのかよ。帰ったら何食べよう。だいたいいつもそんなことを考えている。人生間違っちゃったなあ。表向きはともかく彼はいろいろ限界中年男性だった。


 全体的に終わってる感じのあるムガンダ聖堂騎士団の面々であったが、対する魔王軍部隊はすっかり恐慌状態に陥っていた。事前の偵察から、こんなに早くMKが進出してくることを想定していなかったこともあるし、戦場に登場した改造二脚MKたちがなんか台所のゴキブリみたいな速度と機動で迫ってくるので完全に泡食ってしまったのである。魔族だって台所のゴキブリはこわい。もうやだ台所入りたくない。現魔王陛下も宮殿でゴキブリ出て泣いてた。ゴキブリ……ゴキブリは、敵!(凄い形相で)


 なおムガンダ聖堂騎士団は特に卑怯な戦術を禁止していなかったので、懐に飛び込んだあとは射撃もままならないギリギリの距離まで接近・密着し、魔王軍MKを盾に友軍誤射を誘うという、君らホントに神の使徒?みたいな感じの手口で装甲と火力を補っていた。汚いなさすが騎士きたない。仁義も何もあったもんではない(別に装甲がペラかったり射撃武器や刺突爆雷の威力が足りなかったり数がなかったりするわけではない。するわけでは……ない……)(そういうことにしておかなければならないのだ……)


 それほど時間も置かずに戦いの趨勢は決していた。小規模な戦闘ながら、だいたい完勝と言って良かろう。魔王軍部隊はあっさりと壊滅した。そもそも侵入してきたMKの数が少なかったのである。歩兵との連携もなんか機能してなかった。魔王軍の指揮は時々何考えてるのかわからない。まあ魔王軍に言わせると、人類連合軍の兵器は時々何考えてるのかわからない、になるらしい。お互い様であった。いい勝負ですね(レベルの低い争いという気がする)(争いは同じレベルの者同士の間でしか起こらないのだろうか)


『ウヘヘ、こいつぁ思った以上に上手くいきましたね!ムガンダ様!』

『あー疲れた。今日は泥みたいに寝られそう』

『こんなことならさっさと足に車輪つけてくれりゃ良かったのにぃ』

『ほんとだよね。帰ったら整備長のことまたシメよう』

『なんか大事なこと忘れてませんかね』

『忘れてるんならどうでもいいことなんじゃないかな。早く帰って飯食いてえ』


 忘れてたのはマロクス機ほか脱落機の回収の手配だった。

 なんもない平原に放置されたマロクス君ほか各騎士は完全にヘソを曲げており、数日間はムガンダとエバーにまともな口を利いてくれなかったという。気持ちはわかる。ともあれ、このようにして巨大人型二脚歩行兵器の新たな可能性は開かれたのである。俺たちの戦いはまだ始まったばかりだった。

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