ムガンダ聖堂騎士団の濃ゆい奴ら
今日も今日とてムガンダたちはしょうもない生活を送っていた。まあそもそも戦争自体がしょうもない行為なんですが。
魔王軍所領への「レコンキスタ」、聖地奪還運動がぶち上げられて何年も経つけど、彼らが宗教的熱情から無縁になってしまって長い。ぶっちゃけ戦争で美味い汁すすれる側に回れなかったせいである。完全に負け組。先行き暗いし今日は戦況も動きないから、日向ぼっこしつつお茶飲むかぁ!と騎士団総出でだらけきった午後を送っていた。戦時だぞお前ら。
『ムガンダ様、ただいま戻りました』
ヒョロガリの若い男がムガンダとエバーに声をかける。
『おかえりマロクス君。元気なさそうだけど大丈夫?』
『流石ムガンダ様。部下への思いやりがある。すごいなーあこがれちゃうなー』
マロクス君、色々どうでもよくなってきてるのか上司に半笑いで対応してくる。つらい。
『で、どう?めんどいから会議任せちゃったけど、収穫あった?』
『はい。魔王軍の動きはどこも活発化しています。多数の敵斥候が浸透、我が軍陣地の把握に努めている模様』
『まずいなー。こっちにろくな戦力ないって知られたら終わりじゃん』
手に持った湯呑を傾けつつムガンダは顔をしかめる。緊張感ないなこの聖堂騎士。
『南方軍司令部も問題視してます。主陣地帯を悟られぬよう、斥候の浸透阻止に努めよ、と』
『同盟軍の様子は?』
『内海諸国同盟軍ですか?装備も士気も例えるならウンコです』
『ウンコかー……。まあ豊かな内海地域からこんな何もねえ場所に連れてこられて、ロクな装備もなく補給も怪しいとなればねー……』
なんで俺等はこんなクソ何もねえ荒野の取り合いやってんだろうな、まで考えてムガンダは考えるのをやめた。はい!やめやめ!この話やめ!
『しかしめっちゃ由々しき状態すね。エバー超心配』
『エバー君の心配、いつ聞いても真心こもってない気がする』
『まあ我が騎士団も別に良い状態じゃないですけど、流石に同盟軍に比べるとマシというか。今後魔王軍もそこ狙ってくるのではないかと』
『んもー後先考えないで手ぇ広げすぎなんすよ!同盟軍まで駆り出してまだ足りないんすから!戦争経済とか植民地経営とかウチと関係ないでしょ!伸びきった戦線守るこっちの身にもなってほしいすよねー!』
エバーが激しくツッコむ。こういうとき変に止めると危ない、ムガンダはそのまま話を続けさせた。よくあることである。
『戦力足んないんすよ!ほんと!上の人ちゃんと計算してるんすか?角度とか』
『エバー君の話、時々よくわかんない単語混じるよね。何語?』
『ははは、この空気、実家に帰ってきたみたいですよ』
こんな実家嫌すぎである。
『しかし戦力不足言うても実際問題どうすりゃええねん』
『もういっそガチの機動防御提案しましょうよ!こうなりゃ後手からの一撃だぁ!』
エバー君興奮するとといつもこうなんだよな。もう少しわかりやすく話してほしい。読者に配慮しろ。
『あー。ご存知でしょうけど、いわゆる機動防御とは、最前線に置く兵力を抑え、予備兵力に重きを置き、敵の攻撃・突破に対し時期を見計らって機動力・打撃力を備えた部隊による強烈な反撃を浴びせる戦術です。BL用語で説明すると大体「誘い受け」ですかね』
空気の読めるマロクス君だ。出来る部下で助かる。でも「誘い受け」て何?「BL」って何?ビームランチャーの略?若者用語なんもわからん。新たな謎である。聞き返すのもアレなので、ムガンダは曖昧な相槌でごまかした。中高年の生きる術である。
『とにかく機動戦に役立つ装備と作戦の検討やりましょうよー』
『どうかなあ。我が軍の偉い人、魔導騎士部隊の集中運用とか指揮とかちゃんと出来るか怪しくない?』
ムガンダはいぶかしんだ。
『つうか二脚型MKはやっぱ大規模な機動戦するのに微妙な気がするんだよな……』
『行軍速度、車両型より高いとは言えませんもんね……』
本質的すぎる話である。みんな一度は考える。巨大人型二脚歩行兵器、厳しくない?でもそれ言っちゃうと話終わっちゃうんだよなあ宗教裁判的意味で……。
『教皇庁に二脚絶対路線の見直しを検討してもらうしか……』
『マロクス君もそう思う?』
『えー。異端扱い確定では?厳しくないすか。現状のままでも機動戦理論から学べることは多いっすよ』
『……でもさあ、我々がそれで成功したら、当然魔王軍も即マネするよね……』
『『あ』』
『つまり、我々がそれやれば当然魔王軍は模倣してくるし、車両MKメインの魔王軍のがもっと機動戦上手くやれる可能性が……?』
そう、敵に効果的な戦術をお教えするようなもんなのであった。うわー。
『機動戦やれるだけの柔軟な軍組織と訓練された兵士、今の魔王軍に存在しない……のでは……』
『今現在ないからって、今後もないとは限らないじゃん……』
『魔王軍が力つけるまでに我が軍が大勝利……できれば……』
『その理屈だととっくに我が軍は魔王軍倒せてたはずじゃん……』
『このおっさんやたら悲観的意見ばかり流してくる』
『エバー君ちょっと失礼すぎない?』
午後のお茶会は陰鬱な空気に支配されていく。そこに忍び寄る……謎の影。
『話は聞かせてもらったァ!!!』
『えっいきなり誰です?』
『知らんけど何なの突然』
『話を聞いたから何なんすか』
『もう少し暖かく迎えてもらえませんかねェ!!?』
誰だよってよく見たら我らが騎士団の整備長だった。騎士団随一の巨大人型二脚歩行兵器に対するアツい信仰のある男で、正直みんなから引かれてる。グラサンと薄汚れたツナギが目印。整備員たちから「狂人オブ狂人」「整備用人型決戦兵器」「二脚MK死すとも整備長は死なず」と評される強者だった。嫌な予感しかしねえ。
『で、整備長。なんかあるの話』
『いえね、今の機動戦の話でさァ、ピィンと来たんですよホラ』
『用件あるなら早く言えよ』
『流石にエバー君その言い様ひどくない!?俺より偉そう』
『二脚歩行を守りつつ、車両MKに対抗できる行軍速度を発揮しようってんですよねェ。答えは一つ』
『一つ』
『脚部に車輪つけるんでさァ』
沈黙。
『……何だ……足に車輪つけるだけか……』
『……なんかもっと凄いのあるのかと思ってた……』
『整備長、今日はゆっくり休んで……。後で夕ご飯持ってくからね……』
みんな割と塩対応だった。失望は深い。そりゃそうである。すごい打開策あるのかなーと思ったら車輪である。二脚に。
『えーと、足に車輪をつける意味は?』
『足がついたまま車輪で走れるんでさァ!』
『えーと、車輪に足がついてる意味は?』
『車輪に足がついてるんでさァ!』
『答えになってないが?!』
完全に二脚部の分だけ重量損してるやんか。もうそれ車両脚でええやろ。ムガンダとエバーとマロクスの心は今、完全に一つだった。三位一体である。三つの心が一つになれば一つの正義は百万パゥワー。『神と人と精霊』教会讃美歌でもそう歌っていた。だがギリ異端じゃないですという言い訳は立ちそうである。技術的にそんなん可能なんかって話を無視すれば。
『ま、待ってくだせェ!!!技術的裏付けはあるんでさァ!!!こんなこともあろうかと、密かに聖都の技術者と資料やり取りして研究してきたんで!!!』
『えっ教皇庁にも相談しないで勝手に異端の研究なんかやってたの?熱狂的二脚歩行兵器絶対信徒だった癖に?』
『マジかよ失望した。人は見かけによらない。もう何も信用できない』
『もしもし?教皇庁?』
『通報しないでくださいますかねェ!!!』
三人の怒りは深かった。知らん間に技術者はこんなこともあろうかと勝手に解決策を練っていたのである。我々の無力さと裏腹に。それはそれでありがたいけどなんかムカつく。またしても三つの心は一つであった。このあと小一時間くらい整備長は問い詰められることになる。理不尽である。納得できないけど、技術者はしばしばそういう扱いを受けがちなのだ。こんなの絶対おかしいよ。
『つーか二脚MKに車輪を取り付けるっても、既存の脚部パーツにいきなり車輪とか装備できるもんなんですか』
『あーこれ、技術的には可能って言うけど現実問題としてそんな改造できんのかって奴ー』
『新規設計でやり直しちゃった方がいいのでは?足ごと交換で』
『そんな予算あるわけないだろ』
『改造だってそんな安くはないすよー』
そう、何事につけても大規模アップデートは大変なのである。足がなくても大変なのである。足に車輪とかつけるのはもっと大変である。簡単ではないのだ……。
『で、できらぁ!!!』
だがここで整備長うっかり口を滑らせた。誇り高き技術者の落とし穴である。技術的には可能でも、実装が異様に困難な課題については余計なことを言ってはいけない。プライドが彼の人生を誤らせた。おお天にまします我らが神よ、彼の二脚歩行兵器信仰に報いたまえ。
『じゃとりあえずちょっと改造頼むわ』
ゲームセットであった。
世にも奇妙(と言うには結構ありがち)な巨大人型二脚歩行兵器アップデート作戦が、今、始まる。
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