第12話

 中学校の教員採用試験に運よく合格した俺は、制服姿が初々しい中学生たちと格闘する日々が続いた。生徒たちは可愛くもあり、生意気でもあり、悩み多き若者でもあり、無邪気で素直な子どもでもあった。自分が大人であるという自信も確立できない俺が果たして、脱皮したてのソフトシェルの如き生徒たちの指導をするのは中々の不安を伴った。

 そんな俺に救いを授けたのは、箭本と渡部だった。

 本当に、持つべきものは友達だ。

 教員になって3年目の夏、渡部が就職した会社の先輩という女性を紹介してくれた。

 仕事のできる先輩なのだそうで、渡部も先輩として尊敬するし慕っているとは言うが、どう転んでも恋愛対象ではないという。

「とにかく、しっかりしていてかっこよくて素晴らし人。雰囲気がかつてのお前の初恋の人にどことなく似ている気がして、な。」

 そういって渡部は彼女を紹介してくれたのだ。

 意外と出会いの少ない教員にとって有難い出会いだった。


 山口万葉(やまぐち まは)。


 なんて美しい名前だろう。

 名前だけで俺は恋に落ちた。

 そして二度目のデートで俺は彼女と結婚を前提としたお付き合いを始めた。

 当然ながら、これほど美しい名前を変えるわけにはいかない、と俺は言った。彼女も彼女のご両親もそう言った俺のことを歓迎してくれた。

 晴れて、俺は「山口一也」となった。

 ああ、この時の気持ちというものをどう表現すればいいのだろう。いや、どれほど言葉を尽くしてもわかる人は極めて少ないだろう。

 世の中に、生まれてから自分の名前に違和感を持って生きていた人などそうは居ないだろう。それでも、俺はその違和感からの解放という人生の野望を、結婚という方法でもって達成したのだった。

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