第9話
俺は己の心臓が壊れてしまわないかが心配だった。
目の前に佐鳥さんが座っている。
学食で箭本が話しかけたときは全く無防備な顔で愛想笑いをしたのだが、背後に俺と渡部の存在を認めると少し表情を曇らせた。
かすかに眉間に皺が寄った佐鳥さんの顔。
正直、そんなに美人なわけではないと思う。「朗らかさ」「愛くるしさ」よりは「聡明さ」「芯の強さ」の印象が先に来る。
頭の隅で僅かばかり存在しているもう一人の自分が、どうしてこの子なの?と呟いたのが聞こえたのだが、体中を駆け巡る興奮と緊張の大洪水がそんなつぶやき声など押し流していった。
「こいつが佐鳥さんに話があるんだ。聞いてやって。」
という箭本の言葉を受けて、彼女の視線が俺を捉えた。
ああ、佐鳥さんが俺を見ている・・・。
超絶美人でもないのに、俺はもう完全に彼女の虜だ。彼女から視線をすぐに外したけれど、俺はもう完全にロックオンだ。こんな至近距離で、正面から彼女を見ることができるだけで俺にとってはもう十分だ、くらいに思えた。
でも渡部はそれで済ませようとする俺の気持ちなど無視して背中を突く。
「ほら、鷲森。何か言えよ。ほら。」
俺は震える声で自己紹介をした。
「あ、ああああの。俺、鷲森って、言います。その・・・」
すると、彼女は予想外の反応をした。
片眉が吊り上がり、わずかに首をかしげて目には力が入った。
明らかに不快感を示す顔。
その反応に俺はびっくりして言葉の続きを探すことができなくなってしまった。
なんだろう、この反応は。なんだろう、この表情は。なんだろう、この・・・警戒されている感じ。
長いような一瞬の沈黙が過ぎ去ると彼女の方から口を開いた。
「わしもり、さん、というの?」
え?
名前?
彼女の警戒心の原因は、俺の名前ってことなのか?
箭本が横から補足してくれた。
「そう。こいつ、鷲森っていうんだ。佐鳥さんの前で緊張しているんだけど、こいつが佐鳥さんとお友達になりたい、とまあ、そういう訳なんだけど。」
彼女は微動だにせず視線だけを一瞬だけ箭本に移したが、すぐにまた俺を見据えた。
そう、見つめたというよりは、見据えたというのが正しいような、そんな視線を俺は浴び続けていた。
そこからの記憶はあまりないのだが、何度か箭本、渡部と彼女とが話をした結果、明日の夕方に彼女は俺と二人で話をする約束をしてくれていた。
俺は明日、彼女と何の話をすればいいのだろう?
この時の俺は夢見心地というよりはなぜか漠然とした不安の方が強かった。なぜそんな風に思ったのかは、自分でも全然わからなかったのだけれど。
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