第8話
俺の心をつかんで離さない彼女の名は「佐鳥 悠羽(さどり ゆう)」と言った。
箭本とは高校時代の塾で同じクラスだったという。お互い顔と名前は一致するが、かといって連絡先まで交換するほどの仲ではない、と箭本は言った。授業でおしゃべりを注意したのも、一応知っている奴だったからかも知れず、もし全く知らない奴らだったらあんな風に直接叱ったりはしなかったのかもしれない。
「まさか、お前の体調不良が恋煩いだとは思わなかった。すげえよな、愛の力ってのは。」
事の次第を知った箭本が言った。渡部は
「まあ、医者行く前でよかったな。そもそも医者だったらどういう診断をするんだったんだろう。まさか病名に初恋、とか恋煩いとか、書くわけがねえもんな。」
と、意外にも真顔でそう言った。俺はもう赤面しっぱなしだ。
「ていうか、自分でも気づいてなかったんだよ。よく聞く話でさ、骨折したことない人はその痛さ加減がわからないから折れていることに気付かなかったみたいな、そういう話ってあるじゃん?なんかあれと同じだよな。」
「・・・え、それってよく聞く話なの?初めて聞いた。」
と渡部が箭本を見る。箭本は首をかしげながら応じた。
「聞いたことはあるけど、頻繁に聞く話ではないな・・・ま、そんなことはどうでもいい。鷲森、これからどうするんだ?」
俺は何を尋ねられたのか見当もつかなかった。
「おいこら鷲森、目をパチクリさせて『は?何が?』みたいな顔してんじゃねえよ。箭本に頼んで彼女と会う約束くらい取り付けなきゃ、だろ?」
「そうだよ。渡部大正解。俺が佐鳥さんとの会話のチャンスをセッティングしてやろうではないか。」
「お茶にでも誘ってみるか?それより学食で遭遇したと見せかけて話しかけるとか?」
「そうだな、でも・・・」
・・・・・・。
あっという間に箭本と渡部の話が進んでいるようだったが、俺の耳には入ってこなかった。初心者の俺には急展開すぎてついていけなかったのだ。なにせ、自分が恋をしたなんていうことを受け入れるのがやっとの状態なのだ。名簿の上で異性を意識するだけだった俺なのだ。いきなり名前も知らない女子のことを好きになるなんて、どうかしている。自分でも信じられない。
授業中に遠くで後ろから眺めているだけでよかった存在に対し、二人はもうすぐにでも俺の目の前に彼女を連れてきそうな勢いでプランを練っている。
・・・目の前に?
彼女の目が俺をまっすぐに見て話しをする・・・?
だめだ。全然考えられない。俺の想像限界値を超えている。
「・・・おい、鷲森、聞いているのか?」
箭本が俺の肩を小突いた。
「だめだな。完全なる恋の病だ。やれやれだぜ。」
渡部はなぜだか知らないが楽しそうに笑った。
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