第6話

 翌週の同じ授業の日がやってくると、朝から手汗が止まらなかった。

 授業の時間になって、俺らはまたあの教室に入った。

 連れの二人はもうすっかり先週のことを気にかけていない。

「今日は少し早いから、後ろの席が空いてて良かったな。」

 そう言いながら後ろの席に着いた。

 俺は、二人に連れられて後ろから3列目の席に着いたが、目では先週座ったあたりの席を見ていた。

 実際には、そのあたりに先週の彼女がいないかを探していた。

 見つかるだろうか。一瞬しか顔を見ていないし、服装だって先週と同じはずもない。冬場なら同じコートを着ているかもしれないが今は上着などいらない季節だ。髪型だけは覚えている。肩くらいの長さの黒髪だ。だが、残念なことに情報はそれだけだ。これだけで俺は彼女を見つけられるのだろうか・・・。

 後ろから見れば、視野に入る女子のうち同じような髪型の人は何人もいる。

 俺は何度もその人達の後ろ頭を順に目で追っていた。

 この人か?いやこっちか?違うのか?いや、こっちの人か?あっちの人にも見えるような気もするが、どうだろうか?

 そうこうするうちに一番前の扉が開いて先生が入ってきた・・・と思ったら、その扉が閉まる前にもう一人コソコソと入り込む女子がいた。


 あの子だ!


 俺は直観的に彼女であることがわかった。

 やっぱり、後ろ姿ではどの人も似てはいるが違う気がしていたのだ。当然だ。似ているだけで彼女ではないのだから。

 ぎりぎりで入ってきた彼女はやはり中ほどの席に座った。慌てて鞄からノートやペンケースを取り出す。ただそれだけの動作を俺は凝視していた。なぜだか目が離せなかった。

 俺は急に体温が上昇したような感覚に陥った。明らかに心拍数が増加している。顎の奥に自分の血液が脈打っているのが聞こえてくる。

 やっぱり俺はどこか病気なのかもしらん。

 授業を聞いている彼女の背中をずっと見ていた。黒板を見る。テキストを見る。ノートを取る。消しゴムかな?修正ペンかな?ペンケースから何か取り出してノートを書き直す。書く。見る。頭を掻く。癖なのか後頭部の髪の毛を少し触る。肘をついた。そしてまたノートに何か書いている。

 気づくと授業が終わる時刻だ。我に返って自分のノートを見下ろしたが、ペンを握りしめた俺の手は一度も動かしていなかった。ずっと彼女を見ていたのだと自覚した俺はなんだか自分が怖くなった。


 俺は本当にどこかおかしくなってしまったらしい。

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