第4話

 大学に入ってすぐの頃、学籍番号が近いという理由だけで近くに座っていた箭本博也と渡部光汰と名前についての話をした。

「どうして弓矢の矢でないのか理解に苦しむんだよな。」

と箭本が言った。

「最初は読めなかったよ。箭本のやの字。」

 俺がそう言うと、渡部も続けた。

「そうそう。マエモトとか読んでみたりして。」

 すると箭本は諦め顔で言った。

「いまいち覚え難いらしいんだよね、ヤモトって。常用漢字として義務教育で習う字ではないから、竹冠を草冠に間違えられることはしょっちゅうだし。でもまあ、そういう苦労は覚えてもらうまで、一度覚えてもらうと今度は忘れられない名前になるみたい。」

「・・・それは、良いこと?それとも悪いこと?」

と俺は尋ねた。

「うぅん、そうだね・・・まあ、良くも悪くも?」

 すると渡部が深く頷いて言葉を継いだ。

「わかる。ヘンに名前が印象的だと、やっぱ悪いことできないよね。」

「え、渡部なんてそれほど印象的でもなくない?」

「そんなことないぜ。たいてい、ワタベって読まれるんだよ。だけど俺、ワタナベだからさ。もう二度と会わねえだろうなって人なら訂正しないけど、クラスメートとかそういうのは間違って覚えられるとやっぱ面倒だから、最初の頃は何度か訂正しないといけないわけ。『ワタベって読みたくなるけど、ワタナベだから』って伝えるじゃん?そうすると今度は渡辺って書かれちゃうわけよ。だから『渡部とかいてワタナベです』っていうのがワンフレーズね。この20年弱の人生の中で何度このフレーズを言ってきたことか。でもちゃんと覚えてもらえればその後は間違えられることは少ないけど、その分結構な人の記憶に留まるみたい。だから悪いこと、できねえんだよ・・・な?箭本。」

 すると箭本は黙って深く頷くと右手を渡部に差し出し、同意を意味するパフォーマンスをして見せた。

 ほんの少しだけ、自分が除け者にされたような気持がよぎった俺は、二人の固い握手の上に自分の手を重ねた。

「俺だって、そもそも中学までは「鷲」も読めない奴が多かったし、初対面で「さぎ」森って読まれたことも多かったし、口ではちゃんとワシモリって読んでくれているのに書くと「鷺」森って書かれたりするんだから、俺も仲間に入る権利あるだろ?」

 こうして、俺ら三人はあっという間に仲良くなった。

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