第3話

 大学に入って居酒屋でバイトをするようになった俺はタイ人と友達になった。

 彼の名はガイ。外語大に留学してきた彼は日本語通訳を目指しているだけあって日本語が堪能だった。休憩の度にタイの文化についていろいろと教えてくれたのだが、これもまた、俺にとっては衝撃的な話だった。

「ガイ」というのは「鶏」という意味なのだという。どうしてそういう名前なのかと聞いたらそれはニックネームだ、と言う。

 タイの文化では、ニックネームというのが日常的に個人を示す呼称となっているらしい。かつて悪霊に人と認識されないよう生まれた子供に動物や虫の名称をニックネームとして付けたというのが始まりとかいうことのようだ。一方で、本名というのは長い方が良く、夫婦別性でも同性でもどちらでもよく、改名さえも運気を揚げるために簡単に行えるのだという。

 その話を聞いた日の夜から、俺は海外の文化について興味を持った。

 日本では、よほど生活上の支障があってどうしても必要であると裁判所に申し出を行い正当な理由とみなされなければ改名どころか文字の変更も認められない。かろうじて姓だけは婚姻や養子縁組などの戸籍を移すことで変えることができる。それくらいこの国における名前というものは個人IDのような役割を担っている。もちろん、同姓同名があまたいたとしても、戸籍によってID登録されているような節がある。

 しかし海外では歴史文化の違いによって個を把握する手段はたくさんあるのだ。

 俺は高校時代の俺に教えてあげたい。そんな小さい世界で背中を丸くして名簿を見ている場合ではないぞ、と。

 そう。

 俺には、生きるための選択肢がまだまだあるのだ。

 そう思うと、なんだかこれから先の人生が楽しみになってきた。


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