生放送

 大学生の夏休みとは存外暇なもので、僕は特に何もせずベッドの上に寝転がりながらYouTubeでとある配信者の動画を見ていた。

 ふと、一つの関連動画に目がいった。黒の背景に赤文字で『怪談をしましょう』とだけ書かれたシンプルなサムネに、『怪談 その参』というこれまたシンプルなタイトル。

 再生回数も500未満という動画に、僕はなぜか興味が湧いてしまった。

 迷わずサムネをクリックしてみるとそれは、3時間弱の尺で少しくぐもった声の男がずっと怪談を続ける、というものだった。


 はい、始まりました。第3回怪談奉納の時間です。もうあまり時間もないんでね、早速話そうと思います——あ、”キリシマ”さんこんばんは。今日はね、2時間か3時間くらい話す予定ですよ。ええ。

 じゃあ、始めます。今日は……そうですね、もうすぐ冬になりますし、雪ね。雪にまつわる怪談でもしましょうか。都内だと雪は降らないですよね中々。私の所は降るんですけど。

 で、これは20年以上前の地元にあったことなんですが。私ね、姉がいるんですけども。姉がね、朝から部活だってんで登校してるとですね。空き地ってあるじゃないですか。不動産屋とかの電話番号が書かれた看板が建ってるだけの。で、その足元で雪を掘っている小学生くらいの男の子がいたんですね。

 結構早朝だったもんで少し気になって男の子に「どうしたの」って訊いたんです。そしたら男の子が振り返って、「育ててるの」って言ったんです。こんな空き地で何をと思った姉は「何を育ててるの」って訊いたらその子、何も言わずにまた足元の雪をまさぐり始めたんですって。——”マヨイ”さん。こんばんは。そう、今日はまだこれで一個目ですよ。安心してくださいね。

 姉も気味悪くなってそのまま部活行ったんですよ。それで友人にふと話したら、なに育ててるのか見てみようってなったんです。放課後、ちょうど6時半とかその前くらいかな。もう冬だから周りもすっかり暗くてね、明かりのない空き地じゃ何も見ないってことで部室にあった懐中電灯を持って空き地に向かったんですよ。

 それで今朝の記憶を頼りに看板の下の方を何となく掘ってみたんです。

 そしたらね。100円玉くらいかな? それくらいのサイズに丸まった古びた紐が出てきたんです。

 でもただの紐なのに、姉たちは異常に怖くなりましてね。鳥肌も止まらないしで、何も言わずその場から走って立ち去ったそうです。振り返らずに、あの男の子が何を育ててたのかも考えずに。

 ——と、まあ。そこで話は終わりなんですけどね。現実にある怪談なんてそんなもんでしょう?

 別にへその緒だったとかじゃないんですよ。恐らくね。


 そんな感じの話が淡々と続いていた。

 そこで。

 僕はスマホの電源を落とし、そのまま家を出た。どうしてもそうしてないと気が紛れなかった。

 その動画は生放送のアーカイブではなく、普通にアップロードされた動画だった。

 でもあの男はリアルタイムで誰かのコメントに答えるように話していた。

 『もうあまり時間もないんでね』とは。

 『安心してくださいね』とは。

 彼はなんで怪談をしていたのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る