押し入れ

 私はとある生徒の家を訪ねていた。この家の次女の担任になったため、こうして家庭訪問をしているのだ。

 インターホンを押すと、母親らしき女性が出迎えてくれた。

「お子さんの様子はどうですか」

 リビングに通されたあと、私は尋ねた。

「うちは長女も次女も同じ部屋なんですが、ずっとこもりっぱなしなんです。声をかけても返事がなくて、っていう音だけが聞こえるんです」

 彼女は少し眉を下げ困った表情を見せた。

「二人共、ですか」

「はい。先生の方からお話しして頂けませんか?先生の方が私よりも説得力があるかもしれませんし」

 彼女はそう言って廊下の方へ目を向けた。

「分かりました」

 私はリビングを後にし、階段を上って彼女らの部屋の前に立った。

「2年2組担任の榎本えのもとです。家庭訪問に来ました。少し、一緒にお話してもいいかな?」

 ノックをすると、中からくぐもった「どうぞ」という声が聞こえた。

 扉を開けると、かびの臭いが鼻の奥をツンと刺した。鼻を塞ぎたかったが、生徒の手前だと自制し、薄暗い部屋の角に座り込む少女二人に話しかけた。

「学校、嫌いになっちゃったの?」

 私がそう言うと、二人は揃って首を振り、私の後方を指差した。

「あそこの押し入れ、誰かがいるの。それが出てこないように見てなきゃなの」

 指差した方向には、あらゆる隙間をセロハンテープで塞がれている押し入れがあった。

「押し入れから声がするの?」

 私が尋ねると、二人は揃って首を振った。

「中からね、誰かが引っ掻いてるの。出して、って」

 私はもう一度押し入れに目を向けた。確かに、どこか近寄りがたい雰囲気がある。


 ――がりがりがり。

 がらんとした部屋に音が響き渡る。

「ほら」二人は揃って小さく悲鳴を上げた。「聞こえるでしょ、ね?」

 ――がりがりがり。

「だから私たちは学校に行けないの」

 ――がりがりがり。

「こうして見守らなきゃなの」


 二人はそう言いながら、自分の肘をむしっていた。

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