隣人

 ――ピーンポーン。

 不意にインターホンが鳴った。

「はーい」

 ドアを開くと、見覚えのない奇麗な女性が立っていた。

 最初は何かの勧誘かと思っていたが、手に持っている箱を見て察した。

「隣に越してきた水島みずしまです。粗品ですが、よければこれ、どうぞ」

 渡されたのは”粗品”と書かれた小さめの箱だった。

「ああ、どうも」

「小学校2年生の息子が1人いるんで、うるさくなってしまうかもしれません」

 彼女は深々と頭を下げた。

 『旦那さんがいるのか』となかば落胆しながらも、「いえいえ、大丈夫ですよ」と頷いた。

 粗品は、なんとなくもったいなくて開けていない。


 次の日。


 ――ピーンポーン。

 インターホンが鳴った。

 出ると、昨日と同じように水島さんが立っており、手には”粗品”と書かれた箱を持っていた。

「うちの息子がクラスの50メートル走で1位を取ったので、そのお祝いとして、これ受け取ってください」

 変だなあ、と思いながらもそれを受け取る。

 粗品は、なんとなくもったいなくて開けていない。


 次の日。


 ――ピーンポーン。

 インターホンが鳴った。

 出ると、また水島さんが立っている。

「息子が九九を覚え始めたので」

 そう言って再び”粗品”と書かれた箱を差し出した。

 僕はそれを受け取った。

 粗品は、なんとなく不気味で開けていない。


 次の日。

 その次の日。

 更にその次の日。

 そのまた次の日――。


 ――ピーンポーン。

 インターホンが鳴った。

 僕は出なかった。

 

――ピーンポーン。

 インターホンが鳴った。

 僕は出なかった。


 部屋の半分を占める、”粗品”と書かれた箱に目をやる。

 開かれた箱の中からは黒くつやのあるが垂れ下がっている。


 ――ピーンポーン。

 インターホンが鳴った。

 僕は出た。

 ”粗品”と書かれた箱を持つ水島さんが立っている。


「あ、まだ死んでないんですね。息子の靴を買い替えたので、これ、どうぞ」

 彼女は箱を差し出した。

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