第6走

「殿下。そろそろタイムアウト終了です。」


 ルッツが無情にも静かに告げる。

 テトラは棄権リタイアしない。キスもダメ。でも一人にしたら危ない。


 ならばすることは一つしかない。


「60秒の逃走時間アドバンテージを設定します。その後に全てのハンターリリースです。」

「残り時間は?」

「あと34分と言ったところです。」


 まだ半分も過ぎてないのか。それはキツい。

 機械的に候補地をいくつか思い浮かべひとつを選択する。


 そしてぼんやりと思う。

 何でこんなことしてるんだっけ?死にそうな思いして逃げて。好きな子を抱えて走って必死に守って。でもフラれた。

 もうテトラと一緒にいられるのは今日で最後かもしれない。気のない相手に付き纏われるのも嫌だろう。


 はぁと腹の底からため息が出た。

 切ない。やるせない。告白する前に玉砕したからか。


 振り返ればジルケが立っていた。


「殿下。棄権なさらないテトラ様のお心もお気遣いください。」

「なに?」

「ご令嬢は繊細です。ルッツ様もいけませんね。このような乱暴な企画は本当はよくないのですが‥」


 あのボスキャラと馬群を見てご令嬢は繊細と思えと?テトラを気遣えというならやっている。


「はっきり言え。何か至らないのか?」

「それは殿下ご自身が気がつかなくては。紳士とはそういうことです。」


 答えは教えてくれないのか。

 それと、とジルケが微笑んだ。


「殿下は先程四択全てを捨てて第五の選択をなさいました。為政者は目に前にある選択肢から選ぶのではなく、あらゆる可能性を模索しなければなりません。先程の判断にジルケは感服いたしました。」


 ジルケの先読みと読心術がすごい。どんだけ僕の頭の中を理解してるのか。


「大丈夫です。殿下の選択はいつも正しいですから。自信をお持ちください。」


 そうだろうか。ならばこれからしようとしていることも正しいのだろうか?






 顔を伏せるテトラの前に歩み寄り手を差し出し紳士の礼をする。どうか僕の手を取って。


「テトラ嬢、僕に貴方を守らせてください。」


 テトラは目を瞬かせたが震える手を僕の手に乗せてくれた。

 身を屈めた体勢からテトラを見上げて微笑めばテトラも微笑んでくれた。


 よかった。これで君を守ってあげられる。



 テトラの手を取ってスタートする。猶予は60秒。その間に早く隠れ家まで辿り着かないといけない。

 僕が森の中に作ったいくつかの隠れ家。終わるまでそこに身を顰める。とても残り時間をテトラを連れて逃げ回ることはできない。


 王子が姫と逃げる。それを追うハンター。追われる僕はまるで姫を攫う悪党のようだ。



 うん。それもいいかも。

 君を攫ってずっと一緒に走っていたい。



 今まで会っても手を繋ぐことも出来なかったのに、今日は君を抱き上げて顔を近づけて話も出来た。

 鬼ごっこも悪くなかったかもしれない。いい思い出だ。


 足が遅いテトラを結局抱き上げ、足跡が残らないよう岩の上や草むらを駆け抜ける。途中スタッフの姿が随所に目に入る。少し慌てた様子も見られた。


 僕も一応王族だ。怪我をしないようにだろうが、王宮内なのに人手をかけているな、と若干の違和感を感じた。



 そしてその違和感からある可能性が導かれた。






 テトラを背におぶって森の傾斜を登る。そして隠れ家に使っている横穴についた。

 上から蔦がカーテンのように伸びていて横穴があるとは一見わからない。最近見つけた場所だ。

 奥のチェストからブランケットを出して地面に敷いた。


「鬼ごっこが終わるまでここに隠れていよう。」


 ブランケットに腰掛けたテトラが僕を見上げてこくんと頷いた。

 そっと辺りの様子に耳を澄ます。遠くで人の声と気配が感じられた。


 やはりそうか。思わず顔を顰める。



 配置されたスタッフは不測の事態に備えてでもなく、勝利条件立ち合い要員でもない。


 おそらくスパイ。僕の位置情報を流している。


 元締めはルッツ。そして場所を特定して鬼に指示して僕に向かわせる。この鬼ごっこの支配者ゲームマスターはあいつだ。


 当初はテトラとくっつけようと画策したかもしれないが、先程の会話を聞いていたはずだ。その目はなくなったと判断したら次の手を打つだろう。

 もう誰でもいい。誰かを勝者にして僕の婚約者を仕立てる。鬼全員にその資格はあるのだろう。

 陛下からも婚約者を選ぶよう再三言われていた。もう王家として待てなかったんだろうな。


 そこまで理解して俯いてしまった。

 目を閉じてふぅと息を吐く。


 もう腹を括れ。テトラとの婚約はない。王子として誰かを選ばなければならない。

 ならば最後まで僕に肉薄した誰かにそれを与えよう。恐らくあのボスキャラの誰か。だが簡単には与えるもんか。最後まで足掻いてやる。


 ゲーム形式にしたのもこうすれば僕が割り切ると思ったんだろう。長い付き合いだ。そこまで察して手配する。ルッツも怖い側近になったもんだ。



 近づいてくる足音が聞こえる。多分ボスキャラ三人。

 行かなければ。できればその瞬間はテトラに見せたくない。


「ちょっと外の様子を見てくるから。貴方はここにいて。ここは安全だから。」


 蔦のおかげでここに横穴があるなんてわからないだろう。鬼ごっこが終わったら誰かを迎えによこそう。だが立ち上がろうとする僕の手をテトラが取った。


「‥‥私も行きます。」


 ずきんと胸が痛む。一緒にいようとしてくれる。

 でも。


 口を開きかけてそこでふと気がついた。

 こんな暗い横穴に一人でいては怖いんじゃないか?僕は平気だがテトラには気持ち悪いだろう。しまった。うっかり失念していた。


「えっと、ここは怖い?すぐ戻るので我慢はできないかな?」


 テトラは毅然と首を振る。いつものテトラと違う表情だ。強い意志を感じる。


「怖くはありません。でも殿下のお側にいたいです。」


 鼓動が跳ねる。そんなこと言われたら期待してしまう。僕に気持ちがあると誤解してしまう。僕はそんなに強くないんだよ。


 だからどうかそんな惨いことを言わないで。


 心は傷だらけなのに顔は微笑んでしまった。


「ダメだよ。ここにいて。」


 目を瞠るテトラを残し横穴から静かに出た。

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