第5走
打開策はないか?!
反対の崖を飛び降りスタート地点方向に走りながら前方を見れば他の
げっ 挟まれた!
その馬群の端っこにテトラが見えた。第二リリースだったのになぜそんな端っこに?理由はすぐにわかった。
テトラ足おっそ!
走ってる?歩いてるんじゃないよね?
いやいや、落ち着け!あれが普通の令嬢だ。
背後のボスキャラがおかしいんだって!!
馬群の押し合いへし合いでテトラが弾かれる。転びそうにふらついているのが見えた。そのまま茂みに突っ込んだら怪我をする。
テトラが危ない!!
歯を食いしばり一気に加速する。
一見僕が令嬢達の馬群に突っ込むような加速に見えたのだろう。背後のカチューシャが減速する気配がした。
それに構わずさらに加速、馬群の直前で左に舵を切った。
そしてすり抜け様によろめくテトラを横抱きに掻っ
馬群の令嬢達とカチューシャから驚きの声が聞こえた。これは相当加速しないと出来ないからかなりキツい。遊びでだったが普段から練習しておいてよかった。
僕に掻っ攫われたテトラはびっくりした顔で僕を見上げていたが、僕はそれに答える余裕はない。鬼が追っかけてきている。背後のどどど、という足音でわかる。
チラリと背後を見れば、カチューシャが馬群の大外からごぼう抜きの勢いでまくってきた。
怖!速えぇ!!
僕はテトラを抱えている。軽いけどそれでも人間一人抱えてる。足は遅くなる。背後にはカチューシャ。そのさらに背後には馬群もいる。どうなるかわからない。
息が上がっている。肺が痛い。もう何度も全力疾走している。正直キツい。どうする?打開策は?
ゆっくり時間が流れる中で脳裏に選択肢が出る。
このまま鬼に捕まるという選択肢はありえない。
じゃあテトラをおろす?ダメだ、今離したら走ってくる馬群に巻き込まれてテトラが怪我をする。
じゃあどうする?どうすれば?他の選択肢は?
テトラ!僕にキスして!
脳内で叫ぶが声は出ない。喉からゼィゼィと荒い息しか出ない。
目で合図しようと見下ろしたが僕の腕の中のテトラは目をぎゅっと閉じて縮こまっている。怯えてるのだろうか。
背後にカチューシャの気配がした。跳躍が、足の伸びがとんでもない。猛烈に駆け込んで差しにきた。なんて瞬発力だ!
最後の選択肢。僕がテトラにキスをする。
誰かにキスされる位なら君としたい。
でもそれもダメだ!歯を食いしばる。
僕は君に、君のことが好きだとまだ伝えてない!!
四択全てを捨てて、痛む喉を無理矢理開けて腹の底から大声で叫んでいた。
「タ———イム!!!!」
ピィィィィ!というジルケの笛の音で鬼たちがピタリと止まった。
テトラを抱えたままよろよろとスタート地点近くの芝生で膝をついた。肩で息をして呼吸を整えようとするが、ゼィゼィという音しか出ない。喉が焼け付いて痛い。
テトラを足の方から地面に下ろせば自分で立ち上がって僕を覗き込んだ。
「殿下!大丈夫ですか?!」
その問いに何とか笑顔になるように頷いてみせた。テトラに怪我がないようでよかった。
わらわらと寄ってきた侍女たちから水入りのコップを受け取ったが息が荒くまだ飲むことができない。
「どうしたんですか?あともうちょっとだったのに。」
ストップウォッチ片手のルッツのその呑気な言葉に壮絶にキレた。
何が?!何が後もうちょっと?!ふざけんな!!
肩で息をして声が出ない。せめてとルッツを怒りを込めて睨み返せばルッツは片方の眉を上げて見せる。
「‥この‥‥会の‥企画が、‥おかしい!!」
やっと息が落ち着いてきた。コップの水を少しずつ痛む喉に流し込んだ。
テトラが心配げに僕の背中をさすり、額の汗をタオルで拭ってくれた。彼女の優しさにじんときた。
「何がですか?殿下がタイムアウトを取るまで完璧な鬼ごっこでしたよ。」
こいつ頭おかしい!あれのどこが完璧な鬼ごっこ?
殺されそうになったぞ!!
「‥あの!‥ボス!あれなんだ?!何でつるんでるんだ?!」
ルッツが目を閉じて嘆息する。
「別に鬼が手を組むことはルール違反ではありません。」
「利害が一致しない。おかしいだろ?」
「そこは本人達しかわかりません。何か取引があったとしても違反ではありません。」
くっそ!甘く見てた。本気で全力で逃げないと三人に負けてしまう。顔を顰める僕をテトラが心配げに見上げてくる。そのテトラに真摯に向き合った。
「テトラ嬢、これ以上の参加は貴方には無理だ。
「なぜですか?!」
「鬼ごっことか、そんな生易しいゲームじゃなかったんだ。さっきも危なかった。さっきは僕が助けられたけど今後はわからない。これ以上参加し続けては貴方は怪我をする。」
僕の言ってることはわかったんだろう。テトラはぐっと押し黙る。そして真剣な顔で僕の顔を見上げた。
「ダメです‥棄権はしません。」
「水槽は僕がプレゼントするから!」
「そういうことではないんです!」
彼女の大きな声に驚いた。普段穏やかに、優しく話す彼女からは考えられない。
「わかっているの?この鬼ごっこの景品は僕との婚約なんだよ?」
「‥‥婚約は‥困ります。でも‥‥棄権はしません。」
困るんだ。そうだよね。
テトラの答えに心が凍る。それが彼女の本音。
彼女の心の中に僕はいないんだ。
告白しなくて、キスしなくてよかった。
じゃあなんで?なぜそれほどに勝ちたいのか?
勝って僕の婚約者になりたいわけじゃないんだよね?
凍てつく心をぐっと抑え込む。
彼女に勝利を。それを叶える方法はある。
「‥‥なら僕にキスをして。」
僕の囁きにテトラが驚きで大きな目をさらに見開いた。
ああ、なんて可愛いらしい子なんだ。
こんな時でもそう思ってしまう。だから君の望みを叶えてあげる。僕は今君に優しく微笑んでるだろうか?
「‥‥大丈夫だよ。貴方が僕にキスしても婚約はしない。僕が約束する。貴方が僕にキスして、貴方が優勝だ。それで欲しいものが手に入る。」
婚約はしない。君の望まないことはしない。
だけどせめて僕の初めてになって。
目を瞠るテトラが目に見えてガクガクと震え出して驚いた。
「テトラ嬢?」
「ダメです、そうじゃないんです‥。」
そうじゃない。その言葉がまた胸に突き刺さる。
わからない。
じゃあ君の望みはなに?
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