第4走

「では合図で殿下スタートです。みなさんよろしいですねー!」


 メガホン片手のルッツが活き活きと仕切っている。

 楽しそうだな!次はお前が逃げる企画をしてやるから楽しみにしてろよ!


 特注シューズはぴったりだった。普段履きのものよりずっといい。その場でジャンプして履き心地を確かめる。グリップも反発もいい。これなら岩場も走れそうだ。



「それでは!第一回アルフォンス王子殿下争奪鬼ごっこ!スタート!!」



 ジルケの笛がピィィィィと、ルッツの手の中のストップウォッチがカチリと鳴った。


 なんだそのふざけた会の名前は?第一回って今後もシリーズ化するつもりか?


 60秒の猶予のうちに距離を稼がないといけない。笛の音と共に走り出した。脳内でカウントする。


 振り返れば先程自分のいた場所に三人のハンターが立っていた。黄リボンが腰に手を当てて不敵に笑っている。

 え?マジ怖いんだけど?


 駆け抜ける中で随所に立つスタッフが見える。不測の事態に備えてか勝利条件立ち合い要員か。後者だろうな。


 正直、走る系なら僕の得意分野だ。

 特に王宮庭園を山岳レーストレイルラン障害物レースパルクールするのは僕の日課だ。王宮庭園でありながら森も岩場もある。文字通りここは僕の庭なのだ。地の利と体力は僕に有利だ。


 隠れるに良い場所もわかっている。制限時間まで逃げ切るだけなら森の隠れ家に身を潜めればいい。



 だが今回はテトラに勝たせる。あからさまに捕まると自作自演っぽくなる。ある程度逃げ回り様子を見てテトラに近づけば上手くいくだろう。


 脳内カウントが40を超えた。ひとまずトップ3の鬼をやり過ごす。そしてテトラのリリースを待つ。

 庭園から隣接の森を駆け上がり、枝の茂る手近の木に登る。まさか王子が木の上にいるとは思わないだろう。


 脳内カウントが60を超える。

 鬼三人リリース。

 ゴクリとの喉を鳴らし息を殺して様子を見ていた。


 ボスキャラってどんだけの強さだ?貴族令嬢基準なら大した事ないはず。

 だがあのルッツがボスキャラと警告するほどの能力なら油断できない。大した事ないといいが。


 三人はすぐに現れた。辺りを見回しているが、そのうちの一人、ポニーテールの令嬢が地面を調べている。


 そこで自分のアホさ加減に気がついた。


 足跡!消していなかった!


 そのポニテがこちらに顔を向け僕と目があった。あってしまった。

 そして残り二人に指さして教える。


 なぜ?木の上にいたのに!なぜ目が合うんだよ?!

 木の上にいる前提で探していたと?どんな索敵能力だよ?!


 慌てて隣の木に飛び移る。枝の移動は不利だ。木を伝い地面に飛び降りて走り出した。山道の傾斜緩めの上り坂、体力のない令嬢では駆け上がれないだろう、と振り返れば青いカチューシャの令嬢が猛然と駆け上がってきていた。


 切るような両手の振りと膝の上がりはまるでスプリンターのようだ。早さが半端ない。


 目を疑ってゾッとした。


 この子、ものすごく足が速い!


 油断が効いてあっという間に間合いを詰められた。進路を塞いだカチューシャが身構えてから拳を入れてくる。寸前で躱し回し蹴りも左手で受ける。

 打撃は軽い。体重が乗っていない。細い体で乗せる体重もなさそうだ。スピード重視タイプ。これでは僕をねじ伏せられない。


 ではこれは何だろう?次の瞬間理解した。


 背後の死角から回し蹴りが飛んできた。それを何とか躱し息を呑んでしまった。黄色のリボンの令嬢の蹴りだ。


 リボンがニヤリと笑い足技をこれでもかと繰り出してくる。それを腕で受けてわかる。

 これはきちんと訓練を受けている。体重も乗っている。競技ではなく実戦。直接打撃フルコンタクト。これは強い。


 背後の退路も心得た様子のポニテとカチューシャに絶たれた。


 ポニテが僕を索敵し、カチューシャが俊足で僕を足止めし時間を稼ぎ、追いついたリボンがトドメを刺す。役割分担ができている!軍隊並みじゃないか!


 ボスキャラってこういう意味か!!



 これは分が悪い。地の利があっても連携されては意味がない。一対一タイマンじゃないとやり過ごせない。


 え?というか?鬼が連携していいのか?婚約者は一人だけ。利害が一致しないだろう?

 その疑問は後だ。今はこの現状を打開しないと。


 退路は二人に断たれている。正面のリボンは‥無理だ。これを躱しすり抜けるには強すぎる。ならば‥‥


 リボンの蹴りをすり抜けカチューシャに向かって走る。カチューシャが驚いたように身構えるが、そこから直角に進路を変えてポニテに向かう。ポニテは完全に虚をつかれていた。咄嗟に拳をついてきたがそれをかいくぐり駆け抜けた。


 おそらくあのポニテは索敵のみ。戦闘は不得意なんだろう。それを悟られないように構えていたのだろうが型がダメダメだった。


 そのままの勢いで岩場の、鋭角の崖を三角跳びの要領で足だけで登り崖の縁に手をかけてよじ登った。

 ここは一枚岩で手をかける場所がない。僕みたいにパルクールの壁登りウォールラン壁掴みクライムアップで上がるしか術はない。グリップのいい靴だったからやりやすかった。


 流石にここは登れないだろう?上までよじ登り下にいた三人を余裕顔で見下ろして‥‥ゲッと声が出てしまった。


 ポニテが指示を出し、リボンと二人でお互いの両腕を組んで発射台を作っている。駆け込んでくるのはカチューシャ。

 発射台に飛び乗ったカチューシャを二人が上に放り投げる。カチューシャは軽業士のように崖の淵に張り付いた。軽量スプリントで身軽だから出来る技なんだが。


 マジか?!もうこれ深窓の令嬢じゃないだろ?!


 よじ登ったカチューシャがまた追いかけてきた。このパターンではまた追いつかれ足止めされて、後から追いついたリボンに襲われる!


 断言できる。これはもう鬼ごっこじゃない。

 捕まるか殺られるかのサバイバルだ!

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