第3走

「王子殿下。そろそろ開始の時間です。」


 ルッツが時間切れを告げる。全然話せなかった。


「大丈夫です。私、がんばります!」

「‥‥うん。怪我しないように気をつけてね。」


 なんとも残念な気持ちで部屋を出た。

 もうね、なんでこうなった?

 何がどう大丈夫?実は僕より足が速いとか?はは、まさかね。

 ふぅと嘆息した。



 横に控えて歩くルッツにギロリと睨む。


「キス魔のことは許さないからな。」

「言葉のあやです。まあそう言わないと令嬢方も遠慮するので。そんなことよりも、開始前に重要な情報です。」


 ほぅ。キス魔がそんなことか。後で見てろ。

 この怒りも八つ当たりかもしれない。


「なんだ。」

「もし気に入ったご令嬢がいましたら殿下からキスするのもありです。」


 ピタリと足が止まった。


「なんだと?」

「別に鬼ごっこは関係なく、キスした相手が婚約者です。そういうルールですので。うまくご活用ください。」


 つまり僕がテトラにキスしたらテトラが婚約者になると?


「相手の意思は?!」

「いえ、それは本会の参加条件に含まれます。参加でご令嬢の了解は取れたものとしております。」


 だがテトラは鬼ごっこの正しいルールを理解してるだろうか?勝利の景品は水槽と僕だということを。

 中庭には令嬢たちが開始を待っていた。並々ならない熱気と意気込みが感じられて一歩引いてしまった。茶会の比ではない。


 これは揶揄なしでピラニアの池に飛び込む行為ではないだろうか?


 開始前に改めて皆にルール説明します、とルッツがメガホンを持って指揮台に上がる。そしてコホンと咳払いした。


「あーあー、それでは改めて。ルールの確認です。ハンター役の皆さんは逃げる王子殿下を捕まえて下さい。捕縛用具及び武器・魔法の使用禁止。悪意のある行為、怪我・気絶・睡眠・昏睡状態にさせることもダメです。禁止事項が認められた場合はその場で失格となります。」


 今さらっと物騒なことを言ったな。ゾッとしたぞ。

 一番前にいた黄色いリボンの令嬢が手を挙げた。


「格闘は構いませんか?」

「武器はいけません。体術に限り許可します。」


 おい!正気か?!もはやこれはなんの会だよ?


「なお偽証防止のため第三者の立ち合いの元でキスを行ってください。最寄りのスタッフでも構いません。声をかけてください。」


 おいおい!キスは公開処刑なのか?!聞いてない!

 絶対逃げ切るしかないじゃないか!!


「殿下がスタートされてから60秒後に三人の#鬼__ハンター__#役をリリース。以降先程のくじ引きの順番通り2分ごとに三人リリースします。鬼は全部で24人。制限時間は60分。棄権リタイア希望はゲームマスターである私ルッツかジルケに申し出てください。」


 時間を追って鬼が増える。割と生々しい設定だな。

 しかし。


「誰がゲームマスターだよ!」

「仕方がないでしょう?誰か仕切らないと王子をめぐるピラニア無法地獄になりますよ?」

「すでになってる感はあるぞ?」


 そこでふと思う。


「僕は何ができるんだ?」

「隠れるか逃げるだけです。鬼に手を出してはいけません。」

「は?隠れるか逃げるだけ?足止めもダメなのか?」

「ご令嬢に王子が手をかけるなど王家のイメージに関わります。防御は構いません。」


 正論なのだが!とにかく逃げまくるしかないのか。


「逃走可能エリアは?」

「湖、池、川を除く王宮庭園全部です。」


 森が含まれる。なら勝機がある。

 ルッツが一同を見回した。


「他に質問はありませんか?では殿下よりお言葉をいただきます。」


 いきなりルッツからメガホンを渡されギョッとした。

 そういうのがあるんなら先に言えよ!ルッツに無理矢理押されて指揮台に上がらされた。


「‥‥あー、えー、アルフォンスです。皆さん、怪我のないよう気をつけて頑張りましょう。」


 ‥‥校長先生の挨拶みたいになってしまった。

 辺りが静まり返る。背後のジルケがそっとため息をついた。

 無茶言うな!僕はアドリブに弱いんだよ!




 準備とばかりに小手に脛当て、膝・肘当て、簡易ヘッドギアを装着させられた。小手は綿が入っていて柔らかいが動きの邪魔にはならない。


 ん?これは何の装備?


 促されるままにスタートラインに立つ。

 背後には三人の令嬢。


 先程質問していた黄色いリボンの令嬢。

 青カチューシャの令嬢。

 ポニーテールの令嬢。


 恐らく最初の三人の鬼。僕と同じ装備を身につけている。

 鋭い視線が飛んでくる。まるで狩りをする猛獣のようだ。彼女たちの本気が恐ろしい。本当に深窓の令嬢なのか?


 テトラは第二リリースにいた。早めのスタート。くじ運がいい。


 ストレッチをしながら色々考える。

 僕がテトラにキスするのはダメなんじゃないか?勝者じゃなくなるから水槽が手に入らないかもしれない。本人もやる気だから水を差したくない。


 ならば彼女にキスしてもらえるよう彼女の前で転ぶとか?転ぶのはカッコ悪いな。うまく失速して捕まるか。


 出来れば彼女の意思で僕にキスしてもらいたい。

 初めてのキスを。


 そこに呆れ顔のルッツが現れた。


「いつになく真剣な顔ですが、自作自演の算段ですか?」


 図星。否定するも思わずどもってしまった。


「ちっ ちち違う!!」

「そうですか?王子殿下は顔に出やすいので気をつけてください。」


 え?そうなのか?それはまずいな。


「ではここで重要な情報です。」

「お前さ、ちょいちょい僕に情報出すがいいのか?」

「王子のための会だからいいんですよ。最初の三人の鬼がボスキャラです。あとは雑魚。」


 なんだと?そっと振り返る。三人もストレッチをしていた。


「演出のため特に運動神経が良い三人を置きました。早々に捕まらないようにしてください。企画が丸潰れです。」

「ならばなぜそんな演出をする?!」


 その問いにルッツがニヤリと笑う。


「ですから。本気になっていただくためですよ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る