第2走
話を聞いてどっと疲れた。これからこの全員で鬼ごっこするのか。クレマン卿が絡んでは流石の僕も逃げられない。
もうね、この大所帯で鬼ごっこ。すごいことになるぞ。
めんどくさい。いっそ茶会の方が楽でよかった。
そう思い中庭を見回して心臓が止まりそうになった。
見間違えようもない。人魚姫のように可愛らしいあの子を。
なぜ?なぜテトラがここにいる?
確かテトラは僕の婚約者候補には入っていなかった。父のバルツァー侯爵がテトラの気弱な性格を理由に許していなかったはずだ。
初めて会ったのはバルツァー侯爵家自慢の水族館。
たくさんの観賞魚が踊る水槽の前に佇むテトラはまるで海底にいる人魚姫のようだった。その衝撃で普段令嬢に話しかけない僕は思わず声をかけてしまった。
テトラは可愛らしいだけじゃなく頭もいい。まだ十三歳なのに、魚博士で観賞魚のコレクターでもあるバルツァー侯爵の研究を手伝っている。
僕とも話が合う。これほど学術的な会話を令嬢としたのが初めてで驚きと同時に感銘を受けた。
テトラの引きこもりがちをバルツァー侯爵は心配していたが性格もいいししっかりしたいい子なんだ。
テトラが婚約者候補に含まれないのがとても残念だった。
だから男装令嬢たちに混じってテトラが立っているのが見えて驚いてしまった。
話をしたい。なぜここにいるのか話を聞きたいが、他の令嬢の前で話しかけるわけにいかない。悪目立ちする。
こっそり連れ出したいが、そうするとこの二人にテトラのことを話さないといけない。
それだけは!それだけは絶対避けたい!
絶対にからかわれる!!
「おお!あれはテトラ・バルツァー侯爵令嬢ですか?相変わらず愛らしいですねぇ。」
「本当に。本日登城の際のドレスもそれは良くお似合いでした。」
二人の声に二重の衝撃が走った。
なに?!ドレスが似合ってた?是非見たい!!
じゃなくて!!なぜに?!
思わず声を荒げてしまった。
「なんでお前らテトラのこと知ってるんだ?!」
「おや?我々が王子殿下の想い人を知らないと思ったのですか?」
「毎週あれほど足しげくお通いでしたし。もうバレバレでございます。」
げ!!まさかの筒抜け?!
「バレてないとお思いでしたか。失礼ですがそれは流石に浅慮というものです。」
「殿下の周りには必ず誰かが控えております。王族に秘密はございません。」
おい!もうちょっと遠慮というか!
僕の気持ちを配慮しろ!!
「か、通っていたのは侯爵と魚の研究のことで‥」
「という建前ですね。殿下は魚大好き“さかなクン”ですし。全く疑われません。いやぁ、研究熱心のフリして逢引きとか。」
「
「テ、テトラとは!そういう仲じゃない!!」
その発言にピクリと二人の視線が鋭くなった。
なぜ?なんでそんな目で見るんだ?
「いやいや殿下。あれだけ通って何もないとかないでしょ?それは男としてちょっと‥‥」
ルッツが悲しげに言い淀む。
「通い出したのが半年前。初心‥もとい慎重な王子殿下の性格からアタックは三ヶ月後と考えますと、アタックからもう三ヶ月は経っています。それで成果なしというのは流石に‥‥」
ジルケが残念そうにそっと目を細める。
ヘタレですね。
二人の冷たい視線が無言でそう言っている。
お前らホント鬼だな!泣くぞ!!
そしてジルケの見積もりが恐ろしく正確だ。お前、見てたのか?
三ヶ月前にアタックしようと心に決めた。決めるのに三ヶ月かかった。それは僕の性格だから仕方ないだろ?
そしてその後三ヶ月も成果がないのも仕方がないんだよ!努力はしてる!!
「だからそんなんじゃないんだって!彼女は魚の研究の同士で‥‥。テトラと話がしたい!こっそり連れてこい!」
心中で泣きながら半分キレ気味にそう命じる。
ご自分で攫って連れてくればいいのに、とルッツがぶつぶつ言いながら指示を出す。こいつ!島流し確定だ!!
別室に案内されたテトラは優雅に頭を下げた。もうすぐ開始らしくルッツに、手短にお願いいたします、と言われた。急いでテトラの側に駆け寄った。
「アルフォンス王子殿下、本日はお招きありがとうございます。」
ズボン姿でドレスではないが、ドレスのスカートを広げるようにする美しい礼に思わずほぅとため息が出てしまった。ズボン姿も可愛いなぁ‥
「こんにちは、テトラ嬢。来てくれてありがとう。早速だけど、その、今日はどういう経緯でここに?王宮に来るのは初めてだよね?」
「はい。お城はとても美しくて驚いておりました。ご招待を賜り父に言われて参りました。」
小首を傾げて微笑む姿がまた愛らしいな!金髪が艶やかで眩しいほどだ。
ご招待?
視線だけで横に控えるルッツを見れば笑顔で得意げに親指を立てて見せた。
お前!お前が謀ったな!!
だがここからが本題だ。テトラは今日の趣向を理解してるだろうか?ズボン姿だから鬼ごっこは理解している?
「今日は僕と鬼ごっこするんだけど。どういうことか聞いている?」
「はい。殿下を捕まえてキスできれば勝利と伺っております。」
げ。ガッツリ理解してるよ!これは喜んでいいのか?
鼓動が一気に跳ねるが確認しなくちゃならない。
「えっと?僕と‥キスしてもいいの?嫌じゃないの?」
テトラは驚いたように目を見開いていた。
え?何この反応?心臓に悪すぎる。
「私をお気遣いいただけるのですか?」
「当然だよ?なぜ?」
「いえ、殿下はキス魔だと伺いましたので。」
今日何度目かの絶句。僕が?キス魔だと?!
「はぁ?!誰に?!誰に言われたの?!」
「近衛騎士のルッツ様からです。先にルールの説明がありましたのでその際にそうおっしゃっていました。ですから遠慮はいらない、と。」
テトラのその無邪気な笑顔に愕然とした。殺意を込めて横目でルッツを見れば、やはり得意げに親指を立てている。
くそ!!さっさと島流しにしておけばよかった!!
「いや、テトラ嬢、それは違っていて‥‥」
「今日は私も頑張って優勝目指したいと思います!」
どきりとした。それは僕の婚約者になりたいと?
「優勝したら父が大きな水槽を買ってくれる約束なんです!ですから頑張ります!」
そういえば大きな水槽欲しがってたよね!でもそれ違うから!!
視界の端で失礼な二人があからさまに嘆息しているのが見える。
だから!僕の気持ちが伝わっていないのは仕方ないんだって!腹立つなぁ!!
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