第14話 負けたくない③
それからの相模は、暇さえあれば
相模が鹿島さんと過ごす時間が長くなるほどに、私と相模は疎遠になっていく。
そうして二人の距離感と比例するように、私を取り巻く状況は悪化しているように感じられた。
私とひなが二人で並んでいるだけで、教室中から侮蔑の滲んだ視線が向けられる。
相模が離れたことで、私たちを守る盾がなくなったようだ。
もはや悪意を隠そうとする者の方が珍しい。大半の生徒たちはなにかにつけて私たちの嫌疑を話題に上らせるようになった。まるで昨日のテレビの話題で盛り上がるかのように。
授業中指名されて回答を間違えれば「不正行為をしたから」。
廊下ですれ違った教師と会話している様子を見て「またなにかやらかした」。
極めつけは朝教室に入った瞬間に「出た」。
「出た」ってなんだよそりゃ出るだろ、自分のクラスなんだから。
などと悪態をつけたのも数日だけ。もはや一日のはじまりに登校後のことを想像するだけで胃が悲鳴を上げるようになってしまった。
……ひなもこんな感覚を味わっていたんだ。しかもたった一人で。
脳裏に蘇った親友の姿が、毎朝私を奮い立たせてくれる。
こんなところで挫けてたまるものか。
ここで折れるほど脆い私じゃない。
だけそ、そうやって自分を励まし続けることに限界が訪れたのは突然だった。
私が応接室に呼び出された日からちょうど一週間。
反省文の提出期限は今週の金曜日までだ。原稿用紙はもらった時の状態のまま、自宅の机に放り出してある。当然だ。反省すべき事由など存在しないのだから。
その日はひなが体調を崩してしまった。
おそらく私とともに過ごす中で、一年前のストレスが蘇ってしまったのだろう。
お互い恋人を持つ身として、結城くんと二人で行動するわけにもいかない。相模は相変わらず鹿島さんに引っ付いているはず。私は校内で完全に孤立した。
教室移動のために管理棟の階段を上っていたそのとき、頭上から響いてきた足音で顔を上げた。
誰か来る、避けないと。頭の片隅に過ぎらせた思考は、その人物の正体を認識した瞬間に跡形もなく吹き飛んでしまう。
テキストの束を抱えた鹿島さんが階段の踊り場から私を見下ろしていた。
踊り場の窓から差し込む陽光を背負った立ち姿は神々しくすらある。
鹿島さんに行く手を阻まれて、私の脚も視線もすっかり縫い留められてしまった。
やがて先に口を開いたのは鹿島さんだった。
「こんにちは」
感情の読めない凪いだ声。逆光で表情は不鮮明だ。
「……こんにちは」
「不正行為を働いたと聞いたわ。本当?」
動揺しながらもなんとかギリギリで挨拶を返したというのに、鹿島さんは容赦なく私の傷を抉ってくる。
一瞬にして心臓を握りつぶされるような心地に陥った。
すっかり言葉を失った私を、鹿島さんは磨り硝子のような瞳でつぶさに眺める。
レンズ越しの瞳は逸らすことも、逃げることも、最低限の黙秘権すらも許さないとばかりに鋭利な輝きを宿している。
震える唇を開く。声を発することに失敗して、唾を飲みこむ。
それを何度か繰り返して、私はやっと自分の意思で舌を動かすことができた。
「私はやってない」
強い意志をこめて言い放っても、鹿島さんの気配は揺らがない。
眉一つ動かさない様子は、精巧に作られたお人形と会話をしているようだ。
鹿島さんの爪先が滑る。
知らず、全身が強張った。
一段一段ゆったりと踏みしめながら降りてくる。
「そう」
それだけだった。
たった一言だけ落として、鹿島さんは去っていく。すれ違いざまに一瞬覗いた瞳はちらとも私を映さず、温度のないまま廊下の先だけに向けられていた。
無意識のうちに喉の奥に詰まっていた息を吐き出す。崩れ落ちるように蹲る。
もし相模の言うように、私を陥れたのが鹿島さんなら。
今彼女はなにを思って、どんな気持ちで、私に問うてきたのだ。
悲しい、悔しい、虚しい。
そうして憎悪と言い表してもいいほどに焦げ付くような激しい憤りが全身を包み込んでいく。
身の内から湧き出る強い感情に、このまま身を委ねてしまえば、折れてしまえば、早く楽になれるのに。
私が私を許さない。どれほど傷つこうとも、負けてたまるか。
私が私であることを証明しろ。
……何度も言い聞かせる。けれどどうしても、一瞬だけ挫けそうになる瞬間がある。
鹿島さんの存在は、私に自身の弱さを突きつけたのだ。
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