第7話 あなたのせいで④
天文部の部室は六畳ほどの広さしかない。
「備品を粗末に扱うな」という
「なんでよりによってお前なんだよ、金森」
パイプ椅子に深く腰掛けて尊大に腕を組んだ聖山くんが、渋面を私に向けて疲労の滲む声で呟いた。
「中学の友達が同級生の男子襲ってる現場に遭遇した僕の気持ちがわかるか?」
レンズ越しに汚物を見るような目で私を睨みつける聖山くん。
心外ね、と私は肩を竦めた。
「それは語弊がある。襲ってなんてないわ」
「襲われました」
「ちょっと黙ってろ」
遅れて部室に辿り着いた相模が「酷い目に遭った」とかなんとかほざきながら、対角線上の椅子を引いて腰かける。
私も負けじと腕を組み、さながら証拠を突きつける弁護人のように高らかに宣言した。
「そもそも私たち付き合ってないもの」
「付き合ってもない相手とそういうことをしようとしたのか、教室で……!?」
恐れ戦くように目を見開き震え上がる聖山くん。その顔には「ドン引きだ」と書いてある。
「ドン引きだよ」
口に出されてしまった。
「苦労したな、相模」
「や、優しさが染みる……」
聖山くんに労われ、じーんと胸を打たれたように瞳を潤ませた相模。しかし続く言葉で顔つきが瞬時に強張る。
「万が一金森に殴られそうになったら僕を呼ぶんだぞ」
「は?」
「そういう約束なんだよ」
「失礼ね。もう殴らないわよ」
私は遠い記憶に想いを馳せるように机上に視線を落としたまま、嘆息交じりに反駁した。
「そういう約束でしょ」
「どうだか。僕にとってお前は、今でも手のかかる奴のままだよ」
私だってあの頃とは違うのだと添えれば、肩を竦めてそう告げられた。心得顔で頷く聖山くんは、なにを隠そう中学の同級生だ。中学時代は、私と結城くんと聖山くんの三人でつるむことも多かった。
あの頃はよく三人でやんちゃしたものだ。しみじみ思い出に浸っていると、
「お前ら二人のせいで僕まで悪ガキ扱いされたんだからな……」
疲れた顔で私たちを睨みつける聖山くん。私と結城くんは顔を見合わせ、「え~、なんのこと~?」と白々しく首を捻った。こういうとき、結城くんは意外とノリがいい。
隣でお菓子の箱を開封したひなが、つんつんと指先で私の肩を突いた。
「
「食べる」
「あーん」
「あー」
「おい、話聞け」
ポッキーを齧る私をにこにこと嬉しそうに見守っていたひなが、袋からもう一本取り出しておもむろに聖山くんに向ける。
「聖山くんポッキー食べる?」こてんと可愛らしく首を傾げて上目遣いに見遣るひな。差し出されたポッキーと交互に睨みつけ、聖山くんは呆れたような吐息を漏らした。
「……自分で食べる。そういうのは
聖山くんは照れくさそうにぽつりと呟いて、机の上に放り出されたお菓子の袋に手を伸ばす。私はなんだかむず痒いような不思議な感覚で微笑ましく眺めた。
ひなを入部させてほしいという藪から棒な私の願いを、聖山くんは「ちょうど先輩が引退して一人になったから助かるよ」と快諾してくれた。少なからず私やひなを気遣う意図があったことは疑う余地もない。
私が一人追憶に耽る傍らで、机に身を乗り出した結城くんが「オレにはあーんしてくれないの?」などとかましたせいでひながショートしている。感慨も台無しだ。
見ているだけで胸やけがするような甘ったるい光景に、聖山くんが心底うんざりしたように盛大なため息をついた。
「お前のせいだからな、金森」
「は? なにが」
「お前がこいつらをくっつけたせいで、僕は毎週バカップルの惚気を見せつけられてるんだぞ」
「いいじゃない。幸せのお裾分け」
「これっぽっちも分けられてないんだよ」
忌々し気に吐き出した聖山くん。するとその傍らで、結城くんがにやりと意地悪な笑みを浮かべた。
「自分だって後輩に告白されたくせに、よく言うよ」
「なっ、オイ誠!」
「聖山くんどういうこと!?」
自分でもわかるくらい目を輝かせて問い詰めれば、聖山くんは低く呻いて顔を引き攣らせた。じーっと熱のこもった眼差しを送り続けているうちに、彼の方が根負けして短く諦観の滲んだ息を吐き出す。
「四組に
首を巡らせてみるが、相模は明後日の方向へ視線を投げて目も合わせようとしない。わかってねえなこいつ。
「幼馴染なんだろ、
「亮ちゃん?」
私が首を傾げるのと聖山くんが「亮ちゃんって呼ぶな」と赤い顔で呻いたのはほぼ同時だった。
結城くんがくつくつと笑いを堪えながらこっそり教えてくれる。
「亮司、二人の幼馴染から『亮ちゃん』って呼ばれてるんだよ」
「……可愛い」
「幼稚園生の時につけられたんだ、仕方ないだろ」
つまり、四組の小野寺圭という生徒が聖山くんの幼馴染なのだ。
しかしそれが今の話題と一体どのような関係にあるのだろう。私が疑問を声に乗せるよりも早く、聖山くん自らその答えを口にした。
「
聖山くんに告白をしてきたというその後輩が、
彼は親友の妹に想いを告げられたのだった。
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