あっぷでえと
川谷パルテノン
いつかは忘れる
「にゃ〜」
「何それ。フェイスペインティング」
「ごろにゃ〜」
「え、今日なんの日だっけ」
「にゃ〜」
果てしなく高くひたすらに青い空。秋の兆しに風は冷たく袖は手首までを覆う。友人がネコ科の何かを装うところ私の問いは空気に溶けた。朝目覚めたらネコになってましたの超展開。けれど現実はそう甘くなく、勢いのままの登校は飽きる疲れる諦めるの三拍子で意思疎通を取り戻す。顔はネコ科のままだけど。はてさてこの奇行もまた日常の中では可の部類であり、奇跡などというものと比べればおこがましいほどの小さな小さな異質であるが、妙な顔つきでマヂリアクション薄ィなどとほざく彼女は微笑ましい所存である。無論教師はこれを良しとせず、すぐに落としてきなさいと朝のホームルーム。ここでふたたびネコは息を吹き返しにゃーにゃと喧しく鳴きじゃくった。結果引き摺られていく級友を無表情でバイバイした後、私はノートを開いて、朝からの一連を書き留めた。いつかは忘れる事リストと銘打ったこの史上稀に見る紙の無駄遣いが私の残りの人生でいつ真価を発揮するかは定かではない。しかしながらこの世は有限、諦めずとも諦めようとも。であるならばこの一端にも多少の意味は宿るというもの。私はノートを鞄に戻すと小さく深呼吸で現実を整えて一限目の英語に真面目になった。
窓辺からは第二校舎の屋上が映る。あとから出来た比較的新しい建築物は旧校舎に比べて階層が一つ低い。カラスが二羽、戯れか或いはあらかじめ決められた行動プログラムとしてそこにある。今、窓を開けて弁当を遠投すれば自ずと箱は中身をぶち撒け、カラス二羽は一瞬怯むとして再びその吐き出された哀れな私の昼食となるはずだった残骸を口にすべく降り立つだろう。そうそれはハッキングである。つまりカラスが予測し得なかった非日常である。ネコ科に扮したバカを超越するにはこの試みは有意義と見た。だがしない。出来ないといった意見もおおいに結構。言わせてやるが私はそれらが容易く断じるほど臆病ではない。まあ、わからないとは思うけれど。とりあえず私はカラスから目線を逸らし板書を写し取る作業に戻るとする。
ペンネーム「あんごるもあ土瓶蒸し」さんからのお便りです。こんにちわ私さん、早速ですが宇宙人はいますか。いません。いるとなんだかワクワクするという気持ちを大切に力強く生きてください。私は時に自問自答する。再認識とは歯車として生を受けた我々人類にとって重要な作業であるから。アップデート。絶えず移り変わる一分一秒の中でブレた感情を本線に戻してやらねばならない。私はふと机のサイドフックに引っかけた鞄に目を落とす。いつかは忘れる事ノート。これはバグだ。帰ったら焼こう。
ネコ科の友人は帰還すること、いのいちに教卓に立ち天高く拳を突き上げた。我が生涯に一片の悔いなしポーズ。果たしてそうか。お前は屈したのだぞ。貫けずとも悔いはないと申すのか。ところが存外拍手などが起こった。偽英雄じゃん。にゃー。隣でクレーターのようにぽっかりと空いていた席に収まるなり私に向かって鳴いた。もう違うだろ。
帰り道。まだ友人はうるさく鳴いていた。鬱陶しいこと甚だしいが真夏の蝉には及ばない。我慢の効く範疇である限り私は脅かされることはない。と思ったその隙だった。
「ねえね」
まずい。
「すーき」
みのる果実は風につられて甘きかおりを鼻に放ちつ。おちる果実はその死をもって加えて酸味を植えつけた。私は鉄仮面を装着する。
いつかは忘れる事ノートを右手に、ライターを左手に。私は一度目を閉じた。
「ここで及べば家をも燃やしてしまうな。うん」
命拾いしたなばか野郎。
あっぷでえと 川谷パルテノン @pefnk
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます