2 講堂

あ!ようやく生徒のお出ましだ!

ああ、安心して。確かに生徒は誰もいないけど授業の準備はしてあるから。

さあ座って。どこでも好きな席を選び放題だよ。

まあ葡萄ぶどうふさから好きな粒を一つ選ぶようなものだけどね。


…ゴホン。


さて今日は『心の質量保存』と題して話をしよう。

これは結構難しい話だからどこから説明しようか。

早く聞いて貰いたかったのだけど、教える生徒がいなくてね、あ、でもおかげで準備は万全だよ。授業自体には慣れてなくて気の利いたこととかは言えないだろうけど。

あ、そろそろ本題に入った方がいいよね。

えーと、私達は何かプラスにばかり生きようとしているよね。

例えば美味しいものを食べたり、旅行したり、好きなものを買ったり、いわゆる幸福というものを求めようとする。でも私達が求めているのは本当にそういうものからくる喜びや幸せなのだろうか。

ではなぜ満腹は苦しくなり、家が恋しくなり、好きなものに飽きたりするのだろうか。熱したものが冷めるこの現象を含めてこそ、心の求める動きではないのだろうか。

なにかとんでもなく大事なものを得た時、その喜びから次第にそれを失う不安に駆られるのは無意識下で心が求めている不幸への願望ではないだろうか。

それが自意識に浮かばず、理解できず、その動きに抗おうとも自意識が喜びを感じれば感じるほど、無意識は不幸を求めていく。

それらを正確に言い直すと私たちが本当に求めているのはちょ…う…。



なにも話の途中で出ていかなくてもいいだろう。

確かに私にも浮かれてたところはあるよ。

久しぶりの生徒だったから、まぁ多少早口になったことは認めるけど。でも途中で聞き入ってた素振りも見せていたじゃないか。

ふんっ。一瞬でも浮かれた私がバカだったね。

ああいうタイプは異性たらしに決まっているんだ。


あぁ!私に付き纏う先祖の魂よ!積年の欲望を持て余しし偉大なる魂よ、あの生徒をもってその恨み晴らしたまえ。

どうか異性たらしのあの生徒の二股がバレますように。あとキスをする時ニンニクの香りがしますように。



あーーくそったれ!誰も私の講義の良さが分からないバカばかり!

そんなだからくだらない学校のバカな教授の講義を受けているんだ!

バカはバカと砂場の砂粒でも数えていればいい!

バカども!私はここを去るぞ!ふんっ。止めるなら今だからな!


あっ。


いや失礼。

誰も生徒がいなかったから、芝居の練習をしていたんだ。

えーと。

ああ君はさっきの。

そうか。

友達も。


ゴホン。


えーと。


君たち人が死ぬところを見たくないかい?


人が死ぬところだよ。


本当に?


なかなか見れない貴重な出来事だよ?


拳銃で頭をぶち抜くところなんてどうだろう。

頭から色々出るところは刺激的だと思うんだ。


じゃあ飛び降り自殺は?

どんな音がするのか気にならない?


それなら首吊りだ。

部屋を暗くしたら、なかなかホラーな画になれると思うんだけど。


そうかい…。


…それなら授業を再開しようか。









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