第17話 17、街之慎の解体 

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 「あのう、ロン様。よろしゅうございますか。」

御者席の綾が隣のロンに小声で言った。

「何でしょう。」

「もうすぐ国境になります。国境には関所がありますから街之慎が見つかると思います。よろしいでしょうか。」

ロンは馬車を道端に止めた。

「良くないですね。関所の役人がこちらの味方とは限りませんから。冷静に見れば我々は地位のある役人を捉えている状況です。裁きの場に出ればこちらが街之慎殿の悪を証明しなければなりません。それは難しいことです。」

「どういたしましょう。」

「決着をつけます。日光、右手に木立のある社(やしろ)に通じているらしい畑中の道があるだろう。そこを通って社に行ってくれ。」

 馬車は細い道を通って畑中にポツンと建っている社に入った。

社からは街道は見えなかった。

ロンは街之慎を馬車から落とし、両足を持って引きずり社の裏手に行き、足の縛(いましめ)を解いて足首を社の回廊の脚にきつく縛り付けた。

「綾殿、馬車に戻ってくだされ。見てはなりません。眠れなくなります。」

ロンは様子を見に来た綾に強く言って去らせた。

綾がいなくなるとロンは刀を取り出し街之慎の袴を切り裂き始めた。

街之慎は身悶えて呻いたがロンは街之慎の喉あたりに手刀を食らわせ黙らせた。

 次にロンは街之慎を足で裏返し手首をもう一度きつく縛ってから後ろで結び、体に巻かれた紐を解き始めた。

紐がなくなるとロンは街之慎の上半身の衣服を切り裂き始めた。

切り裂いた衣服は小さく畳んで紐で括(くく)った。

今や、街之慎は頭にずた袋が被せられ両足を広げて括られた仰向けの裸身となって横たわっていた。

「街之慎殿、申し訳ないがこれから貴公を解体する。臓腑はむき出しにするが撒き散らさないから安心していい。夜の間に動物が始末をしてくれるだろう。首は切り取って今被っている袋に大切に入れてどこかの小川に流してやる。少し残酷だが貴公と分かると後がめんどうだからな。身元不詳の首なし死体になるわけだ。これは拙者を襲って殺そうとした反撃だ。今まで生かしておいたのは何か聞けると思っていたのだが、街之慎殿は意思が強い。死ぬまで言わないようだ。さらばだ。」

 ロンは刀を抜いて街之慎の恥毛の上に少し刺したが動きを止めた。

「そうだ、遺言を聞いておこう。一言だけだ。二言だったら猿轡をする。言いたいなら首を縦にふれ。」

街之慎は必死に首を縦に振って、ロンは猿轡を緩めた。

「計画したのは玄蕃だ。あいつが・・・」

ロンが再び猿轡を噛ませたので後は言えなかった。

「二言話そうとしたからな。誰のことかわからんが玄蕃の遺言は聞いた。さらばだ。」

そう言ってロンは正中線に沿って喉まで浅く切り裂いた。

街之慎は絶叫することができなかった。

次に肋骨の下側から刀を差し入れ心臓を突き刺した。

心臓は肋骨が覆っていたので血が吹き出ることはなかった。

血の流れが止むとロンは首を紐の下から切断し袋の口を縛った。

ロンは刀に着いた血糊を竹筒水筒の水で流し、紐で括ってあった街之慎の衣服から下帯を引き出し、刀身を綺麗に拭ってから鞘に納めた。

 ロンは首の入った袋と括られた衣服を持って馬車に戻り、首を馬車の後ろに吊るし、衣服を馬車の後ろに置いた。

「決着をつけました。街之慎殿は身元不明の遺体になると思います。日光、元の道に戻ってくれ。」

「街之慎を殺したのですか。」

「いいえ、街之慎殿は私に殺し合いの戦争を仕掛け、戦いの結果として死んだのです。今日の14人目の死体となったのです。」

「何か言いましたか。」

「いいえ。」

 ロンは山道に差し掛かると谷に街之慎の首が入った袋を放り投げ、反対側の森に街之慎の衣服に石を付けて左手で放り投げた。

街之慎の財布からは金をもらっておいた。

衣服が露見されてもおいはぎ強盗に見せかけるためだった。

綾は呆れてそれを見ていた。

「今度の旅では臨時収入を得ました。襲った者達の財布にはそれぞれ2両の小判が入っておりました。26両ですね。街之慎殿は35両の大金を持っておりました。普通は重くて持たない金額です。襲撃に成功していたら2両ずつ与えるためだったかもしれません。これで当分は野宿をしなくて済むようです。」

 「ロン様は野宿で夜はどうお過ごしですか。あたりに明かりはありません。」

「晴れていれば星明りで疲れて眠くなるまで剣術の練習をしております。時々日光の背中にも乗せてもらっております。退屈なのは雨の日ですね。しょうもない想像を巡らしております。雨はなぜ降るのかとか雨雲の上はどうなっているのかとかこの星は何処まで行ったら果になるのか。果ての先はどうなっているのかです。困ったことに考えだすとなかなか眠れなくなります。」

「女子のことは考えないのですか。」

「夢にはよく出て来ますが無駄なことですから。拙者は浪人ですから妻を持てる立場ではありません。」

「そうですね。」

綾は納得したように頷いた。

 関所は簡単に通ることができた。

綾が御者席に座っていたからだ。

関所の役人は綾の顔を見ると最敬礼で頭を下げた。

綾の顔を見ようともしない。

綾はかなりの重職者の娘らしかった。

 「綾殿、拙者の仕事とは関係のないことだが聞いてもいいかな。」

ロンは関所を通り過ぎると綾の方を向いて聞いた。

「何でございましょう、ロン様。」

「綾殿の父上はどんな役職に就いておられるのだ。関所の役人まで綾殿の顔を知っておった。」

「ロン様はそれを知らないで護衛のお仕事を引き受けたのですか。父は奪ったこの国の城代です。」

「城代ですか。それなら敵は多いでしょうね。敗れた国の残党はまだ多いでしょうし。・・・綾殿はなぜ安全な石動藩に残っておられなかったのですか。」

「私は戦に参加しました。」

「驚いた。本当でござるか。」

「綾は鎧も着たし弓も射ました。」

「驚いた。水虎殿と試合もしたし、私に試合を申し込んだのも当然ですね。」

 「そんな綾を嫌いになりましたか。」

「いや、拙者は綾殿が好きです。」

「本当ですか、ロン様。」

「本当です。綾殿はもともと若くお美しいのだが戦に出られたと聞いてますます興味を持つようになりました。」

「綾は幸せです。」

そう言って綾はロンを見上げ身を少し寄せた。

綾の柔らかい尻の温かみが伝わり腕の柔らかさも感じられた。

身を動かした綾の胸元からかぐわしい香りが立ち上ってロンは気持ちが良かったが、いつもは床においてある馬の手綱を取り上げ両手に持った。

手の置き場がなかったのだ。

 その後は何事もなく馬車は夕方前に綾の自宅に到着した。

ロンは馬車を門の中に入れ、綾の誘導に従って厩舎の前まで導き日光と月光を馬車から解放した。

綾は厩舎で馬車を降りた。

周囲は家人達が主人の娘を出迎えていた。

綾は馬達に近づき首を撫でながら「どうもありがとう」と言い、2頭はブヒブヒと答えた。

ロンは屋敷の井戸から水を汲んで馬達に飲ませ、馬車の後ろの飼葉入れの蓋を取って馬達に食べさせた。

綾はそれをじっと見ていた。

 馬の世話が一通り終わると綾はロンに言った。

「ロン様も一休みなさってくだされ。綾も準備をしてまいります。」

「綾殿も少し休息なされた方が良いと思います。気を張り詰め通しの旅でしたでしょうから。」

「ありがとうございます。熱いお茶を用意させます。ロン様はここにおられますか。」

「そうします。お庭を見させてもらうかもしれません。」

「分かりました。おくつろぎくだされ。」

そう言って綾は家の中に入って行った。

 10分も経たないうちに侍女が熱いお茶の入った湯のみと茶菓子を持って来た。

日光と月光は満腹であったが茶菓子をねだり、ロンは一つずつ与え、自分も一つ食べて茶を飲んだ。

さらに10分経つと綾が着物の上にモンペを履いて三方を持って来た。

三方の上には懐紙に乗せられた小判が乗っていた。

「ロン様。お約束の5両でございます。お納めください。」

綾は少し屈んで両手で三方を差し出した。

「すまん。ありがたく頂戴する。」

そう言ってロンは小判を取って膨らんでいる財布に加えた。

 「綾殿がその格好でおられるのは拙者との試合をするためかな。」

ロンは綾のもんぺ姿を見て言った。

「左様にございます。ロン様、どうぞ綾と試合をしてくだされ。」

「分かりました。約束ですからお相手します。どこでしますか。」

「この先に広い庭があります。そこでいかがでしょうか。」

「この屋敷の中であれば問題はありません。綾殿の得意の得物は何ですか。」

「弓と薙刀と刀です。」

「分かりました。試合は3回戦にしましょう。弓と薙刀と刀です。2回勝った方が勝ちです。それでどうですか。」

 「ロン様に弓を引くことはできません。刀だけで結構です。」

「拙者の体を心配していただきありがとうござる。弓は的に向けて射れば良いと思います。命中率を競うのです。薙刀は細く長い竹の釣竿をお使い下さい。軽いし拙者に当たっても少し痛いだけです。刀は袋竹刀をお使いくだされ。道場の試合と同じです。いかがですか。」

「面白いと思います。刀では負けるでしょうが、釣竿の薙刀では勝てると思います。勝敗は弓ですね。」

「弓での的までの距離はどれくらいにしますか。20mであれば打根を使います。それ以上では十字弓を使います。」

「20mの距離にして下さい。それ以上の距離はこの庭では難しくなります。20mは自信があります。」

「了解した。」

「ロン様はいつも綾をワクワクさせます。」

「拙者は自分の弱点を見つけたいのです。」

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