第16話 16、林の中の襲撃 

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 いつまで待っても荷車は来なかった。

「綾殿、待ち伏せしている連中は相当卑劣な輩ですね。荷車が来ないということは荷車を引いて居た者を殺したと言うことです。襲撃の目撃者ですからな。生かして置くことはできません。悪人ですな。出かけましょうか。虎穴に入(い)らずんばです。」

「はい、ロン様。」

いつの間にか綾のロンへの呼びかけが、ロンからロン殿になってロン様になっていた。

 ロンは十字弓に矢を番えてから馬車を出発させた。

足元にはトリカブトの毒を混ぜて練ったノリが入った竹筒を縛り付けた。

「先ほどからかなり時間が経っておりますから相手は事情を知るために見張りを送っているはずです。綾殿、街道のずっと先に馬が見えますか。おそらくあれが見張りですね。今に誰かが馬に乗って林の方に早足で行くはずです。綾殿は馬車に入って居た方がいいでしょう。」

ロンの予想通り、一人の侍が馬に乗り急ぐ様子もなく林の方に向かった。

 「日光と月光。林に入ると竹で道が塞がっているはずだ。そこで人間が待ち伏せをしており我らを殺そうとしていると思われる。道を塞いでいる竹を見たら馬車を道の横に止めてくれ。其方達(そちたち)を自由にする。相手が最初に狙うのは馬の其方達だ。馬車の動きを止めるためだ。其方達は戦ってはならない。相手は刀と槍と弓を持っていると思われる。其方達が無傷で勝てるとは思えない。安全なところで見ていてくれ。人間のことは拙者にまかせてくれ。」

日光と月光はブヒヒと言った。

 林道に入ってしばらく行くと前方に竹が道を塞いでいる場所が見えた。

丁度道が曲がっている場所で遠くからは見通せなかった。

待ち伏せには絶好の場所だ。

ロンは素早く馬車を道端に寄せ、馬車の引き具を馬から外した。

「よし、日光と月光、馬車の後ろに隠れろ。馬車の後ろなら流れ矢は来ないだろう。」

そう言ってからロンは御者席に上り、竹筒の水筒の水を飲んだ。

 相手は馬が馬車から外された事に安心したのだろう。

道端の山側と谷側から男達が飛び出してきて馬車に向かって突進して来た。

距離は50m、相手の数は15人だ。

ロンはホッとした。

道の両側に潜んでいたということは弓はないことを意味する。

その分、人数を増やしたのだろう。

「綾殿、襲って来ました。用意してください。」

「はい、ロン様。」

 ロンは相手が30mに近づいてから十字弓を射ち始めた。

3射で三人が倒れてすぐに動かなくなった。

4射目ができたのは相手が10mまで近づいて来てからだった。

6人が動かなくなった。

ロンは御者台に立って打根を4本投げた。

距離が近いので相手は打根を避けることができず、打根は相手の首を貫通した。

 残りの5人は攻撃を躊躇した。

味方があっという間に10人倒されてしまったのだ。

刀を中段に構えて御者席を取り囲んだ。

車輪が大きく背の高い馬車の御者席に立った者を攻撃するのは難しい。

ましてや、この馬車の御者席の横側は階段を引き上げてあるので御者席に飛び込むことができない。

相手が躊躇している間に弓の準備ができたのでロンは毒矢を番え、二人を無表情で射殺した。

 残る3人は逃げようとしたがロンは打根で一人の首を後ろから打ち抜いた。

「動くな。動けば殺す。拙者の持っている物は毒矢の十字弓だ。少しでもかすれば10秒で死ぬ。降参しろ。降参すれば殺さない。お前たちには聞きたいことがあるし、道を塞いでいる竹を退(ど)かしてもらう仕事もある。」

二人の男は刀を放り出して平伏した。

「降参します。命は助けてくだされ。」

 「分かった。殺さない。お前たちに襲撃を指示したのは誰だ。」

「よくわかりません。2本ざしの侍でした。我らを集めた者は「まちのなんとか様」と言っておりました。『町の顔役』だったかもしれません。」

「そうか。街之慎か。」

「そんな名前でした。」

「そうか、そのまま平伏しておれ。」

そう言ってロンは御者台横の階段を下ろし地面に降りて打根と弓矢を回収し始めた。

打根は相手の衣服で血糊をぬぐいそのまま矢筒に入れたが、弓矢は慎重に抜いて一箇所に集め、倒れている男の手ぬぐいを抜いて鏃(やじり)を巻き馬車の後部に置いた。

 「よし、立ち上がれ。辺りの死体を道の下に落とせ。刀はお前たちにやる。財布は拙者がもらう。一箇所に集めておけ。怪我をするなよ。死ぬぞ。弓矢で死んだ男の血にはまだ毒が入っている。それが終わったら道から血痕を足で散らせ。それが終わったら街道の竹をどかせ。そうしたら仕事は終わりだ。刀を集めて逃げてもいい。」

男たちは一生懸命に作業をした。

13本の刀は金になる。

 「綾殿、馬車の後ろの街道を見張っていて下さい。まちのなんとか様が襲撃の成果を確かめるためにここに来るはずです。死に損ないがいたらとどめを刺すでしょうな。」

そう言ってロンは馬車に日光と月光を繋いだ。

「あのう、お言いつけ通りにしました。逃げてもよろしゅうござるか。」

二人の侍は仰ぎ見るようにロンを見て言った。

「うむ。遠くに逃げた方がいいな。一つ聞いておくことがある。我々がここに来る前に反対側から荷車が来たはずだ。ここに荷車はない。殺して荷車を下に落としたのか。」

「いいえ。脅して引き返させました。」

「そうか。生きていて良かったな。殺していたらもう一つ死体が増えるところだった。され。」

二人の侍は仲間の刀を両手に抱えて足早に去って行った。

 「さて、綾殿。どうしますかな。街之慎殿をここで待って獅子身中の虫を駆除するか、そのまま石動藩に向かって綾殿を下ろしてから拙者が街之慎殿を殺すかです。街之慎殿は拙者を襲って殺そうとしたわけですから拙者には反撃する大義がございます。」

ロンは荷車の中を覗き込んで綾にそう言った。

「綾にはどちらが良いか分かりません。ただ街之慎は言い訳に長けた者です。ここに来れば動かぬ証拠ではありますが一旦事が収まればロン様が街之慎を殺すことは犯罪になるやもしれませぬ。」

「綾殿は夕刻到着になってもよろしいのですか。」

「構いません。」

 「そうですか。それではここでしばらく待つことに致しましょう。」

そう言ってロンは日光を馬車から解いた。

「日光、少し頼まれてくれ。林の外れに行って草を食みながら昨日会った街之慎が来るのを見張っていてほしい。そうだな。太陽が真上から少し通り過ぎるまででいい。街之慎が来たら知らせてくれ。我らはここで待っている。月光はここで草を食べて待つ。」

日光はブヒブヒと言って元来た道を戻って行った。

「本当にお利口な馬ですね。ロン様の言うことが全部分かるようです。」

「仲間ですから。」

 1時間もかからず日光は早足で駆け戻って来た。

「街之慎が来たのか、日光。」

ロンがそう聞くと日光は首を大きく上下させた。

「綾殿、街之慎が来たようです。綾殿は山側で隠れていてくだされ。その着物の色は目立ちやすいのでゴザを持って行って木の後ろに立てかけてその陰に隠れていてください。」

「分かりました。」

そう言って綾は侍女と共に林の中に入って行った。

ロンは3つの十字弓に矢をつがえて荷台の床に置き、月光を馬車から解放した。

「月光、日光の側に行って草でも食べていてくれ。馬車から離れていてくれ。」

月光はブヒと言って日光の方に歩いて行った。

 ロンは馬車の中で街之慎を待った。

街之慎は白い馬に乗ってゆっくりと街道を馬車に近づいて来た。

馬車が道に止まっている事を不審に思っていないようだった。

街之慎は馬車に近づき、馬車を一周してから馬車の前方で馬を下り、馬の手綱を馬車の引き手に巻きつけてから馬車の横に向かった。

馬車の横の入口から中を見るつもりらしい。

 「おや、街之慎殿ではないか。」

突然声をかけられて街之慎は驚いた。

声のした方向を見るとロンが十字弓を構えて馬車の後ろに立っていた。

「おお、ロン殿か、ご無事であったか。」

ロンはそれに答えず、街之慎が乗って来た馬に矢を射た。

矢は馬の首に当たり3秒で倒れ動かなくなった。

「何をするのだ、ロン殿。」

ロンは馬車の後ろから次の十字弓を取り出し、街之慎に向けた。

 「うむ。馬は死んだ。この十字弓の矢にはトリカブトの毒を塗ってある。かすり傷でも死ぬことを街之慎殿に知らせたかったのだ。何も言わずに腰に下げている手ぬぐいで目隠しをしてくれんか。」

「何を言っている。ワシがわからんのか。」

ロンは十字弓を左手に持ち、右手で打根を取り出し街之慎に投げた。

打根は街之慎の左膝に深々と刺さり先端が飛び出した。

街之慎は膝を押さえて屈み込んだ。

「何をするのだ。」

 「手ぬぐいで目隠しをしてくれんか。拙者は街之慎殿が怖いのだ。目隠しをしないともう片方の膝に打根を打ち込まねばならん。」

そう言って右手で打根を取り出し肩に構えた。

「まて。投げるな。目隠しをする。」

そう言って街之慎は腰から手ぬぐいを出して膝の激痛に耐えながら目隠しをした。」

「すまん。今、紐をそなたに投げるから拾い上げて紐の端を片手首に2巻きしてから結んでくれんか。」

そう言ってロンは打根を矢筒に入れ馬車の後ろから長い紐を出して街之慎に投げつけた。

 街之慎は痛そうに屈んで紐を拾い上げ端を右手首に結んだ。

「ありがとう。それでいい。次は紐を後ろに回してから左手も二重に巻いてから縛ってくれんか。目が見えなくてもできるだろう。」

街之慎は言われた通り左手も紐で縛った。

「すまんな。それで動きが少し制限を受けることになる。次は大小を地面に落としてくれんか。武装解除だな。紐に余裕があるから外せるだろう。」

街之慎は大小の刀を地面に落とした。

「うむ。それでいい。そのまま4歩下がってくれ。残った紐でそなたを巻きつける。腕は下げていてくれ。膝が痛いだろうが何とか立っていてくれ。打根を抜かなければ出血多量で死ぬことはない。」

 ロンは痛そうに立っている街之慎の周りを紐を持って6周し、街之慎の動きを制限した。

「うむ。街之慎殿。今度は地面に仰向けに寝てくれんか。新しい紐で貴殿の脚も縛って置く。打根の治療をするにしても動かれては困るからな。」

街之慎は今や従うだけであった。少しずつ動きが制限され気が付いたら脚も腕も縛られ全く動くことができなくなっていた。

ロンは念には念を入れた。

干し草が入っていた袋を街之慎に被せ、袋を首で締め、袋の上から猿轡(さるぐつわ)をかませた。

 ロンは次に街之慎の乗って来た馬から毒矢を引き抜き、道下に落とした。

日光が手伝ってくれた。

「すまんな、日光。意表をつかねばならなかった。」

ロンは急いだ。

旅人が通るかもしれなかった。

ロンは唇に人差し指を立てて綾達を呼び寄せ、御者席に乗せた。

街之慎を馬車の後ろの出っ張りに括り付け、上から筵(むしろ)を被せ、日光と月光を馬車に繋いで早足でその場を去った。

 林を出て街道をしばらく行くと小川の流れに出会った。

ロンは街道から外れて小川の横に馬車を止め日光と月光を解放した。

最初にしたのは毒の着いた矢を洗うことだった。

慎重に洗って拭ってから十字弓の弓床に挟んでから長椅子の下にしまった。

次に街之慎の脚の上部を太めの紐で何重にも巻いて動脈を止めてから打根を膝から抜き、脚に開いた穴には少し綺麗な手ぬぐいを裂いて押し込んだ。

「街之慎殿、貫通創だ。穴を塞いだからじきに治る。今、貴公の脚の動脈を止めた。ご承知のことと思うがそのままにしておけば膝から下は壊死する。分かったら頷(うなず)いてくれ。」

横たわった街之慎は頷いた。

 「さて、尋問しようかな。街之慎殿が襲撃を計画したのか。」

街之慎の頭は「うう」と言ううめき音と共に左右に揺れた。

「街之慎殿は襲撃に関与していたのか。」

街之慎の頭は左右に揺れた。

「頷いてくれると思ったが違ったか。街之慎殿の適切な応答は最初は否定して次が同意だったのだが、分かり申した。街之慎殿は嘘をついていることが分かった。気が変わったら呻いてくれ。」

そう言ってロンは街之慎をそのままにして外に出て川に入って日光と月光を洗ってやった。

綾と侍女は不思議そうな顔をしてロンが馬を洗っているのを眺めていた。

ロンが街之慎にもっときつい尋問をすると思ったのだ。

 綾は侍女を連れて馬車を降りてロンが馬を洗っている小川のほとりに行ってロンに聞いた。

「ロン様はなぜもっと厳しく問い詰めないのでしょうか。」

「綾殿、厳しく責めております。今の場合、時間が責めなのです。あのまま放置しておけば街之慎殿の膝から下は壊死して腐ります。言を多くして相手に情報を与えることは良くありません。街之慎殿はあの場所でどんな事が起こったのかを知りません。襲撃者が実際に襲撃したのかどうかも分かりません。襲撃者が我々に買収されて街之慎殿のことを話したのかどうかも知りません。我々がどの程度知っているのかもわからないのです。綾殿がどうなっているのかもわかりません。気配では気が付いているでしょうが綾殿の言葉は聞いておりません。綾殿の性格を知っているなら不思議に思うでしょうね。今、街之慎殿は必死になって実情を知ろうとしております。事情を知らなければうまい言い訳ができません。でも時間が経てば経つほど片端者(かたわもの)になる可能性が増しているのです。あと1時間ほどしたら話したくなりますよ。少し遅くなりましたけどここで昼食を取りますか。先の茶店で作ってもらった握り飯があります。日陰はありませんが土手に座ってみんなで握り飯を食べましょう。ここで待っていて下さい。」

ロンはそう言って馬車に戻り、茣蓙筵(ござむしろ)と筍(たけのこ)の皮に包まれた弁当3つを持って来た。

 ロンと綾と侍女は楽しい時を過ごしてから、石動国に向けて早足で馬車を進めた。

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