第18話 18、綾の歓待
<< 18、綾の屋敷での歓待 >>
庭での試合は弓から始まった。
日光と月光も庭の隅に出てきて成り行きを見守った。
庭の奥の土壁の前に巻藁(まきわら)が置かれ、弓矢の的が中心に貼られた。
1射目、綾の矢は的の中央に当たった。
ロンの打根は的の中央を通り抜けて土壁に刺さった。
2射目も綾の矢は中央に当たった。
ロンの打根も中央を通り抜けて土壁の同じ位置に刺さった。
3射目では土壁の前には厚い板が立てかけられた。
10射が終わり、綾の矢は全て中心に当たり、ロンの打根も全て中心に当たって巻藁を突き抜けた。
「負けました、ロン様。威力が違いすぎます。まさか巻藁を通り抜けて壁に刺さるとは思いませんでした。ましてや綾はロン様が打根を素早く投げることを知っております。数秒で4人を倒しました。」
「いいえ、綾殿。引き分けです。命中率の試合でした。弱い弓でも毒矢を使えば同じになります。」
「ありがとうございます。弓は引き分けです。次の薙刀では勝ちます。」
「拙者も全力で戦います。打根は使いません。袋竹刀でお相手します。」
綾は竹の釣竿を家人に持って来させ、薙刀の長さに先端を落とし、先端に鉢巻をきつく巻いた。
「綾殿、薙刀の一部が拙者に触れれば私の負けです。綾殿が「まいった」と言えば綾殿の負けです。よろしいですか。いざ。」
綾は細竹の薙刀を右横に構えた。
横に一振りすればロンの体の一部に当たる。
細竹の薙刀は本物の薙刀よりずっと早く払うことができる。
ロンは細竹の薙刀が容易ならぬ得物であることは知っていた。
何よりも相手は素早く得物を動かすことができるし、打ち込んだ後に返すこともできるのだ。
待っていても無駄だった。
綾殿は攻撃してこない。
ロンは相手の得物めがけて踏み込んだ。
綾が横に払ったら竹刀で打撃を流しながらさらに踏み込めば綾の近くに達することができる。
綾は竹薙刀を振らずに左後方に飛び下がると同時に竹薙刀を左に持って来て大きく手を伸ばして円形に払った。
竹薙刀はロンの後ろ右から迫りロンの脇腹を打った。
後ろからの攻撃は見えない。
「まいった」とロンは叫んだ。
当たった所は着物のある場所だったので別に痛くはなかった。
綾は竹薙刀を捨てロンに駆け寄った。
「ロン様。すみません。思いっきり払ってしまいました。お怪我はありませんか。大丈夫ですか。」
綾はロンの横にしゃがみこみ、ロンの脇腹をさすった。
「大丈夫です、綾殿。別に痛くはありません。着物の上からですから。」
「本当に申し訳ありません。止めようとすれば止められましたのに。」
「本当に大丈夫です。綾殿が後方に飛ぶとは思いませんでした。未熟でした。水虎殿の試合と同じだと思います。水虎殿にも太刀を引かれ懐に飛び込まれました。」
「綾も薙刀の弱点が分かりました。ロン様に打根を使われたらこの距離では避けることができません。薙刀では飛び道具を払うのは難しいと思いました。」
第3戦は袋竹刀での試合であった。
綾は正眼に構えていたがロンは中段に構えたまま綾にどんどん近づいて行った。綾が少し振りかぶって踏み込むとロンは相手の竹刀を上から押さえつけたまま綾に近づき、竹刀を外して綾の喉の前で竹刀を止めた。
「まいりました、ロン様」と綾は叫び竹刀を捨てて喉に竹刀を挟んだままロンに抱きついた。
ロンは動揺した。
試合後に抱きつかれる経験は初めてだった。
ロンは暫くそのままにしてから綾の両腕をとって優しく離して綾の胸から落ちた竹刀を両腕に受けた。
「綾殿、引き分けですね。1勝1敗1引き分けです。」
「はい、ロン様。綾の一生の記念になります。」
「それではこれで失礼いたします。綾殿、その前に少々近くに来ていただけませんか。」
綾は不審に思いながらロンに近づいた。
ロンは綾の両肩をとって顔を綾の顔に近づけた。
綾は口付けを想像して思わず目を閉じたがロンの顔は綾の右を通り過ぎて耳の前で止まった。
「綾殿、人に聞かれないように小声で話します。心にしまっておいて下さい。街之慎が死ぬ前に大声で訴えたことがありました。『計画したのは玄蕃だ。あいつが・・・』と言っておりました。重大な言葉だったので、そして他人に聞かせたくなかったので『何も言わなかった』とあの時に申しました。今度の襲撃を計画したのは玄蕃という者で街之慎はそれを実行したわけです。このことは侍女はもちろん、家人といえども話してはいけません。綾殿が危険になります。特に家人はいつでも毒をもることができます。話していいのはお父上だけです。分かりましたら首を頷いて下さい。」
綾は小さく頷(うなず)いた。
「綾殿、綾殿の匂いはいいな。」
そう言ってロンは日光と月光の方に歩いて行った。
綾は夢見心地からハッと気がついてあわててロンを追い、回り込んでロンの前に立って頭を下げた。
「ロン様、お願いがございます。今夜はこの屋敷にお泊まりできませんでしょうか。風呂に入り夕餉を食していただけませんでしょうか。綾のお願いです。どうぞ叶えてくださりませ。」
「分かりました。綾殿の好意に甘えさせていただきます。」
ロンは日光と月光の所に行き馬達を厩舎に導いて言った。
「日光に月光、我々は今夜はこの屋敷に泊まることになった。其方達はこの厩舎でゆっくり休んでくれ。庭には出ないでこの厩舎で過ごしてほしい。非常の時は好きにしていい。わかったか。」
馬達はブヒと言った。
その間、綾は家人達に次々と命令を発していた。
家人達は大急ぎでどこかに散って行った。
ロンは試合をした庭に面する大きな部屋に案内された。
草履を庭に面した四角い石の上に脱いで部屋に入った。
綾はロンから一刻も離れなかった。
ロンが消えてしまうことを恐れているようだった。
女中が「お嬢様、お風呂の用意ができました」と障子越しに声をかけると綾はロンを立ち上がらせロンを風呂場に案内した。
風呂場は脱衣所も大きく湯船も大きかった。
大きな手ぬぐいも脱衣所の壁にかかっていた。
綾が近くに立っていたのでロンは裸になるのを躊躇した。
ロンは若い娘の前で裸になるのは恥ずかしかった。
綾はそれを察して微笑み廊下に下がった。
ロンは下帯だけの裸になり湯殿に入り、引き戸を閉めてから掛け湯をし、湯船に体を沈めた。
その間、脱衣所では綾が何かをしていたようだった。
湯加減は心地よい温度だった。
暫くすると入り口の引き戸が開き、湯文字に浴衣姿で綾が入ってきた。
綾は洗い場に正座をし、「ロン様、お背中をお流しいたします」と言って手をついて頭を下げた。
ロンは驚いた。
まさか綾が湯殿に入ってくるとは思っていなかった。
「むむむ。綾殿。これは。」
ロンはそうとしか言えなかった。
ロンがなかなか湯船から出てこなかったので綾は洗い桶を湯船に入れ自分の肩に掛け湯をしてから風呂桶をまたいで湯船に入ってきた。
「綾も温めさせてくださいませ。」
そう言って綾はロンの前に屈んで首まで浸かった。
綾の浴衣は湯で開き、まだ成熟してない乳房が垣間見えた。
ロンは勇気が好きだ。
綾は精一杯の勇気を出して湯船に入ってきた。
綾はロンと結ばれることはない。
身分が違いすぎる。
家人も綾の行動を十分に知っている。
噂が広がることは当然だ。
それでも綾は自分の気持ちを大切にしたのだ。
ロンは黙って綾の両腕取ってを引き寄せ綾を強く抱きしめた。
綾は「ああ」とうめき声を出して身を委ねた。
湯船の中には長く浸かっていることはできない。
「綾殿、拙者の背中を流してくれんか。」
ロンはそう言って湯殿を出て洗い台に座った。
綾は「はい」と小さく言ってロンの後ろの湯船をまたいで洗い場に出た。
浴衣がぴったり体について綾の美しい肢体の形が露わになっている。
湯殿には米ぬかの入った小さな包みが棚の上に用意されていた。
綾は米ぬかの包みを手ぬぐいで包んでロンの背中を擦(こす)った。
洗う場所が背中から両腕に変わって綾の位置はロンの正面になった。
綾の手がロンの胸に触れた時、ロンは我慢ができなくなって綾の体を引き寄せ強く抱いた。
綾の小さな乳房を掴み、綾の唇に唇を重ね強く吸い込んで綾の舌を引き入れた。
綾もそれに応えた。
暫く経ってロンは綾に言った。
「綾殿、綾殿が望むなら続きは夜にしよう。今は風呂に入って汗を流すことだ。綾殿の背中を流そう。いいか。」
綾は「はい」と小さく言って浴衣を腰まで下ろした。
ロンは前を見ないで綾の背中を優しくこすって湯をかけ浴衣を元に戻した。
「拙者は先に出る。庭の部屋で待っておる。それでいいか。」
綾は再び「はい」と小さな声で返事をした。
脱衣所にロンの着物はなかった。
新しい下帯と浴衣と帯が綺麗に畳んで置かれている。
ロンは用意された着物を着て元の部屋に戻った。
暫くすると綾は美しい着物を着て部屋に戻って来た。
髪も乱れ一つなく結い上げられていた。
「ロン様。もうすぐ夕餉が参ります。お口に合えばよろしいのですが。」
「今日は本当に色々なことがあったな。腹が減った。綾殿もそうであろう。一緒に食べるのだな。」
「ご相伴いたします。」
夕餉は豪華だった。
燗酒もついていた。
「ロン様がお酒を嗜むかどうかはわかりませんでしたが用意いたしました。一献どうでしょうか。」
「酒か。久しぶりだ。武芸者は酒を飲むと感覚が鈍るのでずっと控えておった。だが今日は武芸者を忘れる。襲われたら討ち取られるかもしれんが酔っ払ってしまおう。綾殿もどうじゃ。」
「綾もいただきます。」
二人は心地よい気分になって食事を取った。
ロンの食欲は酒とは関係ないようだった。
ロンは全てのおかずを平らげ、ご飯も3杯も食べた。
お酒を飲んで腹いっぱい食べれば眠くなる。
「いやあ、酔ったかな。綾殿は美しいな。暫く眠らせてくれんか。すまん。」
そう言ってロンは腕を枕にして畳に横になって眠ってしまった。
綾はロンににじり寄りロンの頭をそっと持ち上げ、膝の間に乗せて髪の毛を軽くさすって愛おしくロンの顔を眺めていた。
綾は緊張していたのか、ロンの飲んだ酒よりも多く飲んだのに全然酔わない様子だった。
「お嬢様、お布団を敷きましょうか」と障子の向こうから声がかかると綾は「静かにね。ロン様は今眠ったばかりなの。そっとロン様の横に敷いてちょうだい。」
障子が静かに開いて侍女は「まあ」と小さく言って奥の押入れから布団を出して、持って来た白い敷布をきちんと敷き掛け布団は後ろに折り返した。
「後はいいわ。綾がロン様をお世話する。お前はもう休んでもいいわ。」
綾はひそひそ声で侍女に言った。
侍女は「かしこまりました、お嬢様」と小声で言って忍び足で障子を閉めた。
綾は枕を引き寄せロンの頭の下におき、ロンに掛け布団をかけた。
立ち上がって着物を脱ぎ行燈(あんどん)に被せてから長襦袢一枚になってロンの横に潜り込みロンの体を抱きしめた。
ロンは夜中に目がさめるて隣に綾が眠っていることを知った。
ロンは綾の膝と背中を持ち、抱き上げて布団の上に静かに寝かせ、綾の長襦袢の紐を解き、襦袢から腕を抜いて綾を裸にした。
ロンも浴衣を脱いで裸になると静かに綾の横に並び引き寄せて綾を抱きしめた。
綾は目を覚まし、状況が分かると手を伸ばしてロンを抱きしめ返した。
後は若い二人の激しい情事だった。
何度も何度も二人は愛し合った。
障子の外が行灯の光より明るくなると綾は裸身で黙って立ち上がり敷布に広がる長襦袢を着て、行灯にかけた着物を羽織って部屋を出て戻って来なかった。
ロンも浴衣を着なおして布団に潜り込んで眠ってしまった。
疲れたのだ。
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