第14話 14、町目付の街之慎 

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 ロンは問屋場に近い旅籠に行き、宿泊することを決めてから問屋場に行った。

問屋場では馬を大切に扱うよう念を押した。

「日光と月光、今夜はここで普通の馬として一夜を過ごしてくれ。拙者はさっきの旅籠で飯を食って風呂に入って布団で眠る。明日の夕方になれば新しい蹄鉄ができる。朝までおとなしく普通の馬のままで待っていてくれ。」

日光はブヒブヒと答えた。

 旅籠は快適だった。

お金がなかった時は木賃宿さえも泊まれず、街道の小屋で野宿をする生活だった。

旅籠は食事もよかったし、風呂も広かった。

若いロンにとっては若い飯盛女が付いたことは最高のご馳走だった。

幸運にも夜中に目が覚めると横に寝ていた娘の顔を月明かりで見ることができた。

月明かりで見る若く美しい娘の寝顔はいつまで見ても飽きなかった。

ロンは娘を起こさないようにそっと娘の乳房に手を伸ばし、手を乗せたまま再び眠りについた。

朝になって目がさめると女は既に居なかった。

深く眠っていたに違いない。

「まだまだ達人にはなれんな」と自嘲して朝飯を腹一杯に食べてから宿を後にした。

 問屋場では日光と月光はおとなしく待っていた。

「おはよう。日光と月光。今日はお前達の蹄鉄ができる夕方まで待たねばならん。どうしようかのう。」

そう言いながら馬を馬車に繋ごうとしていると、大小の刀を差した役人らしい男が馬車に近づいて来て、ロンに言った。

「この馬車は貴公の馬車かな。」

「左様ですが、なんでしょうか。」

「拙者はこの国の町役人で街之慎と申す。貴公に少し聞きたいことがあるのだが良いかな。」

「拙者はロンと申す。何でござろう。」

 「昨日、街の外れの街道沿いで多数の野犬の死体が発見された。拙者もそこに駆り出されて調べる羽目になった。林の中では数十匹の野犬が死んでおった。野犬は切られていたのではなく踏み潰されていたのだ。頭を蹴られて割られていたのもいた。それで拙者は馬が野犬を殺したと思ったのだ。近くに4輪の馬車の轍も見つかった。それで馬車馬が野犬を殺したと結論したのだ。町では馬車は目立つし、すぐにここに馬車が置かれているのが分かった。それで朝早くから貴公を待っておったのだ。貴公の馬車馬が野犬を殺したのかな。」

 「そうじゃ。街之慎殿と申したな。一昨日の夜、林で野宿をしていると野犬の群れに襲われた。この日光と月光が野犬を片付けてくれた。拙者は見ているだけでよかった。野犬の数が多かったので一人で野犬を埋めるのが面倒だった。それでそのまま放置してしまった。申し訳なかったな。」

「いやいや、あの野犬の群れは厄介者だった。連中、頭が良くてな。なかなか捕まえることができなかったのだ。ありがたいことだ。百姓達も感謝している。」

「それは良かった。」

「それにしても強い馬達なのだな。別にそれほど大きくないし、まだ若い馬のように見えるが。」

「うむ。まだ2歳くらいかな。拙者もあれほど強いとは思っていなかった。」

 「貴殿は武者修行をしているのか。」

「そうじゃ。剣術道場を見つけては試合を申し込んでいる。」

「昨日、水虎殿の道場で二人の道場破りが殺された。二人共、細い打根で喉を突かれていた。貴殿の腰に吊っている矢筒の中は打根かな。」

「うむ。街之慎殿の調べは早いな。拙者が殺し申した。」

「水虎殿は知らない武芸者が1対3の試合をして二人を倒したと言っておられた。尋常な試合で貴殿に非はないとも言っておられた。」

「うむ。1対3の試合を経験したくて、無理を言って道場を貸してもらった。」

「木刀での1対3ですか。拙者には恐くてできませぬな。」

「この馬と同じで若くて怖いもの知らずなのかもしれん。」

 「ロン殿の今日のご予定を聞かせておいてくれんか。」

「今日はこれから色々な剣術道場を訪ね試合を申し込むつもりだ。全部の道場を回ることができるかどうかは分からんが、全部回れたら夕方には街を出るつもりだ。」

「どちらに向かわれる御予定であろう。すまない。役目柄でな。言いたくなければ言わなくてもいい。」

「いや、かまわんさ。さて、何と言う国だったかの。・・・そう、石動藩だ。関所の関長殿が『行ったらいい。』とおっしゃっておられた。」

「あの関長殿がそんなことをおっしゃられたのか。ロン殿が強いと見えたのであろうな。」

「そうらしい。関所では力丸殿と試合をさせてもらったからかもしれん。」

「関長殿がロン殿に興味を持たれたということは、力丸殿は貴公に負けたのだな。関長殿は力丸殿よりずっとお強い。」

「そうであったか。拙者には見抜けなかった。まだまだ修行が足らんな。強い者はいくらでもいるようだ。」

「ともかく、事情はわかり申した。まあ、ご無事でな。」

そう言って街之慎は去って行った。

 ロンは馬車に乗って町で剣術道場を探した。

最初に見つかった道場は主要道路から奥に入った所で、門弟らしい男達が路地を入ってゆくのを見て見つけた道場だった。

狭い道だったが荷車は通ることができそうだったので道場の前に馬車を止めた。

小さい道場で入口が道場の入口になっていた。

道場の入口でいつもの通りの「たのもう」を言うと、いかつい男が竹刀を下げたまま出て来た。

「何用かな。」

「拙者はロンと申す武者修行中の者だ。一手お手合わせ願いたい。」

「今日もまたか。最近は武者修行が多いのう。袋竹刀でいいかな。」

「もちろんでござる。」

「まあ、上がられよ。門弟も最近は他流試合を望んでいるようだしな。」

 ロンは草履を揃えてから道場に入った。

道場では乱取りの真最中で門弟達の気合が騒々しかった。

「ロン殿と申したか。どのような試合が所望かな。」

「試合に色々な形式でもあるのでしょうか。」

「うむ。この道場はこれまでは1対1だったのだが、最近、戦(いくさ)があってな。戦場では1対多数という場合が多い。それで道場では1対多を認めたのだ。そうしたら門弟達は俄然やる気が出てな。道場は繁盛しておる。」

「実践形式ですな。そうですか。それでは1対1から始めて1対2、1対3、1対4と拙者が負けるまで続けるというのではどうでしょうか。」

「いいだろう。自信がありそうだな。でもいつかは負けるわけだ。」

「その通りでござる。今日は痛い思いをして眠るようです。」

「それで行こう。・・・乱取り止め。席につけ。・・・これから武者修行中のロン殿との試合を行う。最初は1対1だ。次は1対2となる。ロン殿が負けるまで順に増やしてゆく。我こそと思うものは名乗り出よ。」

数人が立ち、その内の一人が最初の相手となった。

 ロンは刀と打根の矢筒と木刀を床に起き、大小の袋竹刀を借りて言った。

「拙者の型は左片手と打根の代わりの小刀を右手に持ち申す。よろしいか。いざ。」

「おう、いざ。」

相手は正眼に構えた。

ロンはまっすぐ踏み込み相手の竹刀を左に弾きつつ押して近づき、相手の首に小刀を軽く押し付けた。

相手は動けず「まいった」と言った。

 次の相手二人は左右に開いて前後になろうとしたがロンは真横に移動して座っている門弟達を背にした。

相手は後ろに行けないので右前と左前に立つことになった。

ロンは右前に踏み込み、相手の竹刀を左に弾いてから流れるように竹刀を相手の喉に押し付け、そのまま相手の後ろに出、背中越しに小刀を左の相手の鳩尾に投げつけた。

左の相手はしゃがみ込み、喉を押された右の相手は「まいった」と言った。

 次の相手三人の時もロンは同じように門弟達を背にした。

三人を正面にして、右の相手に向けて攻撃を開始した。

今度は最初の相手にはしたたかに胴を払い、小刀を投げて二人目をしとめ、3人目は相手の竹刀を上から叩きつけて相手の竹刀を落とした。

 相手が四人になるとロンは常に一番右の相手から攻撃を開始し、二人目には小刀を投げて倒した。

残る二人は仲間が邪魔になって攻撃できず、ロンは右に移動した位置で再び1対2の対戦を始めて仕留めた。

相手が五人になっても同じだった。

ロンは常に右側の相手から攻撃し、相手の人数を減らしていった。

たとえ左の相手から最初に攻撃を仕掛けられても逃げ、常に右側の相手を倒していった。

1対6の試合に勝つと、道場には七人を揃える人数がいなくなっていた。

 「勝負止め。ロン殿、もう相手ができなくなった。貴公の勝ちだ。たとえ貴公の打根が全てなくなっても貴公に勝てるとは思えない。貴公は左手だけでも十分に勝てると思う。壁がない野原では別であろうがな。」

「ありがとうござった。以前、周りを囲まれて敗れたことがあった。それ以来多人数と戦う時は壁を背にすることが有利だと気が付いて今回そうさせてもらった。壁のない戦場では負けていたろうな。弓矢でも同じだ。」

 「それにしてもロン殿は強いな。実を言うと、最近は他流試合を望む浪人が多くてな。だが1対多で試合をすると相手は大抵負ける。1対2で勝つ者は少ない。」

「そうでしたか。拙者の剣術は自己流ですから応用が効くのかもしれない。それではこれで失礼致す。これから別の道場で試合をする予定でおるのでな。」

「左様か。心づけは必要ないのか。」

「いや、本来はこちらが対戦をしてくださったお礼を差し上げなくてはならないのだが、医者への治療代も残しておかねばならんからな。よければこれで失礼したい。」

「そうか。今日は本当にいい試合を見せてもらった。門弟達も少し慢心を反省しただろう。」

ロンは身支度を整え道場を出て馬車に乗った。

門弟達は道場の出口まで出て見送ってくれた。

 ロンはその後、2つの道場で試合に勝ち、昼食を小さな一膳飯屋で取った。

丼を半分ほど食べた頃、目の前の腰掛に街之慎が座った。

「ロン殿、いいかな。貴公に興味があってな。後をつけてしまった。いやあ、貴公はお強いな。力丸殿に勝ったはずだ。」

「街之慎殿と言ったかな。貴公は気を置く必要がある方のようだ。顔は広いのかな。」

「まあ、それなりにな。何でかな。」

「路銀が少なくなってな。補充せねばならん。護衛の仕事はないかな。拙者は石動藩に行く予定だ。だれか石動藩に行こうとする者はおらんか。馬車に乗って行くので歩かないですむ。楽だ。馬も強いし拙者もそこそこ強い。命をかけて護衛する。」

 「尊公もなかなかだな。先手を取ったか。確かに拙者は貴公の収入源を聞こうと思っていた。道場で心付けをもらわず、旅籠に泊まって、金がかかる馬を2頭も飼っている。不思議だと思うのが当然だ。護衛付き馬車か。なかなかいい仕事だが信用の問題だな。」

「そうだ。拙者は流れ者だからな。その点は成功報酬制にしている。貴公は何者なんだ。」

「拙者の役目は町目付だ。分かった。仕事を見つけてやろう。丁度、頼まれている案件がある。連絡を取ってみる。どこに行けば貴公に会えるかな。」

「これから2箇所ほど道場で試合をして夕方前に問屋場に行く。馬の蹄鉄を頼んでいるのでな。仕事ができたなら今日はまた旅籠に泊まる。仕事がなければそのまま出発して野宿をする予定だ。」

「分かった。夕方に問屋場に行く。」

そう言って街之慎は店を出ていった。

 夕方前に問屋場の鍛冶屋に行くと特注の蹄鉄は出来上がっていた。

蹄の前側が蹄にそって立ち上がっており、その先端が平らに尖ったずっしりと重い蹄鉄だった。

日光も月光も気に入ったようだった。

「どうだ、日光に月光。走るのに支障はなさそうか。今なら修正できる。少し近くを動いてこい。だが皆を驚かせてはだめだぞ。馬銜(はみ)はしたままがいい。」

日光と月光は頭をあげて2頭連なって走り出したり急に止まったりして蹄鉄の具合を調べていたが、やがて満足した様子で戻って来た。

「どうだ。それでいいか、いいなら頭を2度下げてくれ。」

2頭は頭を2度下げた。

「ご主人、馬達も気に入ったようだ。」

「それにしても旦那さんの馬はすげえ馬だな。言葉はわかるし、あんな重い蹄鉄をつけても飛び跳ねるように走るしな。すげえもんだ。」

 そんなところに街之慎が来た。

「ロン殿、仕事が見つかった。女子(おなご)二人を石動藩の城下まで運んでほしい。無事に着いたら5両の手間賃だ。どうだやるか。」

「やる。ところでここから目的地までは馬車でどれくらいかかるだろう。」

「歩いて一日かかるから馬車では半日少しだ。朝出発して途中で昼食を取ったとしても夕方には着く。」

「分かった。楽な仕事だ。拙者はどこにいつ頃迎えに行ったらいいのかな。」

「朝日が出て1時間後に水虎殿の道場の向かいの屋敷に行ってくれんか。」

 「了解した。朝早いようだから今日はこの馬車で野宿しようかな。」

「誠に言いにくいのだが、ロン殿。すまんが今日は旅籠で風呂に入ってくれんか。着替えもしてほしい。客の一人は妙齢の娘なのだ。」

「分かった。洗濯もしておこう。客商売だからな。」

「手間をかける。」

 ロンは昨夜と同じ旅籠に泊まり洗濯も超特急の手間賃を出して頼んだ。

夜は昨日の若い飯盛女と心ゆくまで楽しんだ。

ロンは夜明け前に旅籠を出立したが飯盛女はまだ眠っていた。  

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