第12話 12、野犬との戦い 

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 ロンはその日は町外れの林の中で野宿をし、道中の茶店で作ってもらった弁当を食べ、眠くなるまで剣術の稽古に励んだ。

 ロンは夜中に何かの気配を感じて目を覚ました。

馬車の中は暗かったが目は寝ている間に暗闇に慣れていたためか、外の月明かりの光で容易に前と後ろの幌の輪郭がはっきり見えた。

日光と月光は馬車の後部の天幕の中には居なかった。

馬車の後ろから首をだすと二匹の馬は天幕の前に立っていた。

周囲には小型の動物が囲んでおり、多数の二つ目が蠢(うごめ)いていた。

ロンは素早く刀を腰に挿し、打根の矢筒を腰に付け、木刀を持って馬車の御者席から草履を履いて地面に下りた。

 ロンはゆっくりと馬車の後部に移動して木刀を左手に持ち打根を右手に掴んで日光と月光の近くに行った。

「野犬だ。気を付けろ。奴らは集団での戦いに慣れている。殺してもいい。助太刀しようか。」

日光は首を振ってブルと言ってから嘶(いなな)いた。

「助太刀は不要か。千殿は其方達が強いと言っておったな。分った。其方達の戦いぶりを見せてもらおう。拙者は馬車の後ろの車輪の前で見ることにする。」

日光はブヒブヒと言って歯を見せた。

 日光と月光は一列になって円形に歩き始めた。

互いの後部を守りながらゆっくりと歩いた。

野犬は少し戸惑った様子だった。

危険に囲まれているのにこの二匹の馬は怯えた様子を見せず普通の馬が示す威嚇の嘶(いなな)きもしなかった。

武器を持った人間も背後が安全な位置で静かに見ている。

野犬の群れは馬を囲んでゆっくりと近づいて行った。

一飛びで相手に届く距離まで近づかなくてはならない。

 最初の決死隊の一匹が日光の前足を狙って横から飛びかかった。

馬がこの犬と争っていればその間に他に犬が背中や尻や脚を襲うことができる。

日光は軽く飛び上がって犬の突進を避け、犬の背中に飛び乗ってそのまま地面に押さえつけた。

骨が折れたのであろう。

野犬は悲鳴を上げたが日光は片足を上げて野犬の頭を強く踏みつけた。

野犬の頭は裂け、脳髄が飛び散った。

日光は地面に立って足下に横たわっている野犬に蹄鉄の付いた蹄で蹴り上げ、頭が割れた野犬を野犬の群れに投げつけた。

野犬は仲間のむごたらしい死骸を見て動揺した様だった。

 日光は月光にブヒと言って合図を送り攻撃に入った。

二匹は野犬の群れの後に跳躍し、素早い動きで次々と蹄鉄付きの蹄で野犬を蹴り上げて行った。

馬達の武器は素早さと跳躍だった。

相手の動きを見切ってから跳躍し、相手より高く飛んで相手の頭を前足で蹴って割って行く。

何匹かが同時に襲っても同じだった。

一番高く飛んだ犬よりも高くに飛び上がってその犬の頭を割った。

 野犬の半数が次々と頭を砕かれて動けなくなった時、残った野犬は恐怖を感じて逃走を始めたが二頭の馬は逃走を許さなかった。

二匹の馬は野犬よりもずっと早かったし、野犬が逃げた先は木の立っていない草原であったので二匹の馬の跳躍を遮る物はなかった。

近づき跳躍し野犬の背に乗って押しつぶした。

10mも後方から飛び上がって野犬の真上から襲いかかった。

 野犬は地上を走る物には対応できるが後方上空から近づく物には対応できなかった。

持久力も野犬より馬の方があった。

この頃になると野犬は群れを解いてバラバラになって逃げていたが日光と月光は一匹一匹と野犬を追いつめ殺して行った。

全てと思われる野犬を殺して馬車に戻って来たのは1時間も後だった。

ロンは飼葉と水を用意して待っていた。」

「腹が減っただろう。水飲んで飼葉を食べたらいい。お前達、強いな。だが体を洗ってやるのは明日にさせてくれ。今は真夜中だ。」

日光はブヒと言って水を飲んだ。

月光はもう水を飲み終えていた。

 翌朝、馬車の向こうには20匹余りの野犬の死体が横たわっていた。

ロンは早々に出立の支度を整え朝食も取らずに林を出て街道に戻った。

少し行くと小川があったのでロンは馬車を止め日光と月光を解放し、自らも裸になって小川で二頭を洗ってやった。

二頭に怪我はなかった。

 「日光と月光。お前達は強いな。野犬の死体は20匹くらいあった。拙者の打根は12本だ。打根ではうまくいっても12匹しか殺すことはできない。野犬が向かってくれば倒せることはできそうだが今度のように相手に逃げられたらワシには犬を追いかけることができない。その点、お前達は悠々と野犬を追うことができた。とてもワシにはできない芸当だ。」

そうロンが馬達に声をかけると日光はブヒヒと歯を出して笑った。

 ロンが街道の茶店で遅い朝食を食べていると町の方から3人の役人が小走りに走って来て茶店を通り過ぎて行った。

その後から数人の百姓らしい男達が足早にこちらに向かって来た。

茶店の初老の主はその男達を呼び止め、事情を聞き出していた。

「ご主人、あの役人達は何だったのだ。」

ロンは茶碗に残った白米に味噌汁をかけて飲み込むように食べながら茶店の主人に聞いた。

 「はい、お客さん。向こうでたくさんの野犬の死骸が見つかったそうです。野犬なんて以前はほとんど居なかったのですがね。先の戦の後で急に増えたんですよ。人や馬の死骸を食べて味を占めたのですかね。最近は群れを作って家畜や人を襲うんですよ。恐ろしいったらありゃしない。お客さんも野宿は止めた方がいいですよ。お客さんの馬なんてやつらの絶好の獲物ですよ。」

「そうか。気をつけよう。今日は城下町の旅籠に泊まろうかの。」

「それがよろしゅうごぜえます。命あっての物種ですだ。」

 ロンは城下町に昼過ぎに着いた。

ロンは最初に街道で使う馬を供給する問屋場に行き、蹄鉄を作っている鍛冶屋の場所を聞いた。

鍛冶屋の場所は問屋場の近くで広場に面していた。

ロンが馬車を止めると中で仕事をしている男が仕事の手を止めて不審な顔で馬車を眺めた。

ロンは馬車から降りて男に近づいて男の様子をしばらく見てから言った。

 「ご主人、仕事の手を休めることが出来るかな。できないなら終わるまで待つことにする。」

「仕事はいつでも止めることができますだ。お侍様。なんでございましょう。」

「そうか。表に居る馬達の蹄鉄を作ってもらいたい。」

「あの馬は普通の脚をしておりますだ。出来合いの蹄鉄ではだめなんでしょうか。」

「うむ。特殊な蹄鉄を作ってもらいたいのだ。」

「どんな蹄鉄でしょう。」

 「うむ。蹄鉄の厚さを二倍に増やして蹄の大きさより少し前を長くして先端を立ち上げ、立ち上げた部分の蹄鉄位置に丈夫な突起を付けてほしい。」

「それくらいは簡単にできますがかなり重くなりますよ。馬には負担です。お客様。」

「うむ。あの馬達は強い馬だから少しくらい重くても何ともない。それよりあの馬は蹴りぐせがあるので蹄が割れることが心配なのだ。」

「分りました。お作りします。でも責任はお客様が取ってくだせえね。」

「勿論じゃ。」

 「その蹄鉄は4つ脚でしょうか。」

「そうか。それは考えていなかったな。暫し待ってくれんか。馬に聞いて見る。」

そう言ってロンは馬車に戻り馬を解放し、鍛冶屋の所に戻って来た。

二頭はその後を少し緊張した面持ちで着いて来た。

「日光に月光。そなた達に新しい蹄鉄を着けようと思って鍛冶屋に来た。ここは馬の蹄鉄を作っている場所だ。そち達に着けようとしている蹄鉄は厚さが今の倍で前が少し長くなって立ち上がって、立ち上がりにそれほど鋭くない突起を付けるつもりだ。そち達が前足で蹴った時に蹄を痛めないためだ。突起が着いていれば板も割れるかもしれんな。どうだ。着けて見るか。そうしたかったら二度頭を下げよ。」

二頭は頭を二度下げてブルブルと言った。

 「分ったそんな蹄鉄を作ってもらう。ここに来てもらったのは4つ脚に着けるかどうかが判らなかったからだ。後ろ足に突起が着いた蹄鉄を着けたら駈ける時に前足とぶっつかって怪我をすると思ったからだ。後ろ足にも突起付きの蹄鉄を着けたいか。」

二頭は首を左右に振ってブヒブヒと言った。

「分った。後ろ足は蹄鉄の厚さが倍で出っ張りのない蹄鉄にする。それでいいか。いいなら二度頭を下げろ。」

二頭は頭を二度下げってブルブルと言った。

 「ご主人、そう言う訳だ。突起付きは前足だけで後ろは厚みだけが倍の蹄鉄だ。前足の蹄鉄の突起は3㎝程度で板を割っても変形しない丈夫な物にしてくれ。」

「こりゃあーおったまげたー。この馬達は言葉が分るのか。ほんとにおったまげたこった。」

「うむ。この二頭は頭がいいからな。拙者の言葉は分るんだ。それで如何ほどかな。」

「そうだなあ。手間賃を入れたら一脚に蹄鉄四枚分でどうじゃろか。全部で蹄鉄32個分で。」

「妥当だ。とりあえず二分を渡しておく。残りは出来上がってからだ。」

「二分ならお釣りが来まさあ。二分もいただけるんで。変更は何でもしまっせ。」

「うむ。頼む。蹄の大きさを測るのか。」

「勿論でさあ。特注だで。」

 「そうか。日光に月光。これからそち達の蹄の形を測る。ピッタリの蹄鉄を作るためだ。悪さをしないでご主人に測らせよ。」

二匹はブルブルと答えた。

「ご主人。これで大丈夫だ。安心して蹄の形を測ってくれ。」

それでも鍛冶屋の主人は恐ろしそうに馬の脚を曲げて蹄の形を紙に写し取っていった。

二匹の馬はおとなしくそれを許した。

ロン達は「明日の夕方までに作っておきまさあ」という鍛冶屋の言葉を聞いて鍛冶屋を後にした。

 ロンは問屋場に行って新しい飼葉と新鮮な水を供給し、夕方には馬と馬車を預かって世話をしてくれるように頼み、馬車に乗って町に出かけた。

町は道を行く人が多く活気があった。

国が新しい支配者になり元の支配層は生活の基盤を失い新たな糧を得る道を得ようとしていた。

戦(いくさ)では城下町はほとんで無傷だったようだ。

そこの庶民は前と同じ生活を送っている。

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