第11話 11、関所での試合
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お城から帰って数日後、ロンは「密偵」の旅に出かけた。
日光と月光が引く「救急車」に乗って攻め落とされた国に向かった。
お城に登城した翌日、さっそく証之助が治療所を訪れ、十分な支度金と共に気ままに旅をして攻め落とされた国と攻め落とした国の状況を調べよという周仁の言葉を伝えたのだ。
名目では、千の治療所での一両分の働きが終わり、再び武者修行の旅に出かけたことになっていた。
二頭の馬と幌付きの馬車は門出の餞(はなむけ)ということだった。
日光と月光は互いに離れたくなかったし、世の中も見てみたいらしくロンと一緒に行くことに同意した。
ロンは二頭の馬のために馬車を改造した。
先ず後部に階段を付けた。
二頭の馬が飼葉と水が飲みやすいようにした。
後ろの支柱を高くして馬車の両側に長短二本の木の角板を付けた。
長短二つの角板は端に丸い穴が開けられ中に軸が通されて可動できるようになっていた。
長い方の棒の別の端にも穴が開けられ馬車の後ろの手すりに取付けられていた。
馬車の後部には巾の広い茣蓙筵(ござむしろ)が巻かれていた。
野宿する時や雨の時には棒を馬車の後部に足付きで広げ、上から茣蓙筵を被せて、その中に馬を置く。
地面にも乾いた筵(むしろ)を敷いてやる。
馬だって横になって眠りたいことがある。
簡単に言えば馬車の後部にタープを張って馬が雨露にかかるのを防ぎ、食べたい時は飼葉を食べ、飲みたい時は水が飲めるようにした。
ロンは雨の日は馬車を動かさないことにした。
馬車の馬は雨ざらしだ。
気分が良いはずはない。
体は自由がきかないからそうせざるを得ない。
たいていの馬車の馬の目は諦め切った目をしている。
日光と月光は雨の時と夜は自由にされ馬車の後部のタープの中で過ごす。
時々外に出て草を食んでいる。
夜は交代で眠るらしい。
ロンは寝台に横になって眠る。
国境には関所があった。
昔からあった門のある関所だったが新たに竹の菱矢来を元の柵の外側に立て掛けてあった。
攻め落としたばかりの国の関所だから兵士の数は多そうに見えた。
槍を持って広い縁側の前に整列している。
ロンの馬車は門の前で誰何(すいか)を受けた。
「止まれ。何者だ。どこに何をしに行く。」
ロンは馬車を止め御者席から馬車を下りた。
馬車で関所を突破する意思はないことを示したつもりだった。
「武芸者だ。武者修行の旅をしている。これからこの国の城下町に行って道場巡りをするつもりだ。」
「馬車を改める。暫しそこにおれ。」
役人は馬車には飼葉桶と水桶と筵と座布団以外には何もないことを確認した。
「よし、馬車を中に入れて吟味を受けよ。」
「承知。日光、月光。ここが関所だ。不審の者を通さないようにする場所だ。ついて来てくれ。」
そう言ってロンは馬の前に立って歩いて関所の中に入った。
ロンの前には一人が吟味を受けていたが、荷物をまとめて立ち去る所だった。
吟味場には畳敷きの間に座布団を敷いて脇息に肘を置いて座っている男と板間に座っている三人の男がいた。
板間の中央の男がロンに声をかけた。
「名前と行き先と目的を述べよ。」
「拙者はロンと申す。この先の城下町に行き、全ての剣術道場で試合を申し込むつもりでござる。」
「派手な衣装を来ているが武芸者か。」
「武芸者の端くれだと思っておりまする。派手な衣装は武者修行者らしい衣装だと思っております。」
「其方は強いのか。」
「分りませぬ。拙者としてはこの関の最強の手だれと試合をしてみたいと考えております。
「そちはこの関の最強の手だれに勝てるとでも思っておるのか。」
「分りませぬ。修行の一つだと思っております。」
「怪我をするかもしれないのだぞ。」
「武者修行とはそう言うものだと思っております。」
その侍は畳みの間の侍に聞いた。
「いかがしましょうか。関長様。」
「通行人も居ないようだし面白そうだからやらせよ。木刀では怪我をするかもしれんから袋竹刀で試合をすればいい。今日は力丸が出仕しているだろう。あやつにやらせよ。」
「かしこまりました」と言ってその侍は土間に控えていた小役人に顎で命令した。
「其方の望みはかなえて差し上げよう。少し痛い目にあうかもしれんがな。」
「手だれの方でしょうか。」
「先の戦では活躍した。少し乱暴だがな。」
「乱暴とは拙者のことですか。間口殿。」
大声がロンの後ろから聞こえた。
ロンが後ろを振り返ると大男が太い木刀を下げて立っていた。
「いや、失礼。力丸殿。太刀捌(たちさば)きが激しいと言うことでござる。」
「そういうことにしておこう。拙者の相手はこの男でござるか。」
「左様。袋竹刀での試合をしていただきたい。」
「袋竹刀だと。そんなものはおもちゃだ。試合にはならん。」
「しかし木刀では怪我をするかもしれんのだぞ。」
「試合とはそういうものだ。試合を望むなら怪我の覚悟はしておくべきだ。」
「しかしな。」
「あの、間口殿とおっしゃられたか。拙者は木刀でも構いません。手拭を数本貸してくれまいか。拙者の木刀と打根の先端に巻こうと思います。」
「勝つ自身がおありなのか。」
「分りませんが木刀でなければ試合を受けていただけないようですから。」
「分り申した。貴公が怪我をされたら治療をすることを約束する。」
「莞爾(かんじ)。」
ロンと力丸は番屋のまえの広場で5m離れて対峙した。
「力丸殿、拙者は左半身で右手には打根を持ちます。木刀の先端には手拭を厚く巻いてあります。打根の先端も手拭を巻いております。当っても大きな怪我にはならないと思います。いざ、参られよ。」
「おう」と言って力丸は正眼に構えた。
何と言っても打根が邪魔だった。
相手の左手は柄頭を握っており腕もほとんど伸び切っている。
打根がなければ相手の木刀を外側には撥ね飛ばして飛び込めば相手を正面から討つことができた。
打根を避けるためには相手の木刀を内側に跳ねれば打根を投げる体勢は崩れるから踏み込んで胴か脚を払えば勝てる。
そう考えて力丸は右前に踏み込みざまロンの木刀を左に払った。
ロンは相手がゆっくりと踏み込みゆっくりとロンの木刀を払う様子が見えたので木刀を相手の木刀の下をくぐらせ、左に動いて木刀を相手の喉に突き刺した。
手拭を三枚も先端に巻き付けて太くなっていた木刀は喉にめり込み、相手はそれ以上に前進することができなく仰向けに頭から地面に倒れた。
力丸は声を出すことができず仰向けのまま何度も咳き込んだ。
「勝負あり」と間口は叫んだ。
ロンは木刀と打根から手拭を外し間口に返してから木刀と打根を腰に戻した。
倒れて動けなくなった力丸は番屋の後ろに数人の兵士によって運ばれて行った。
「見事な試合でござった。あの力丸殿を左手一本の一撃で倒してしまった。木刀でもそのままだったら致命傷だ。」
「拙者も手拭をお借りできて思い通り試合をすることができました。吟味を続けて下され。」
「うむ。仕事は仕事だな。あの馬車は異様な形をしているが何ゆえじゃ。」
「馬車の中で眠れるようになっております。それと、雨の日や夜は馬達を馬車の後ろで休ませるようにしているため、斯様(かよう)な形になっております。」
「馬は繋いだままではないのか。」
「馬は馬の意思を殺して従わせる場合と馬の意思を尊重して従わせる場合があります。後者の方が馬は存分の働きをすると考えております。」
「確かにそうではあるが、なかなかそうすることは難しい。いつも野宿するのか。」
「町では問屋場か馬喰に馬の世話を頼み拙者は旅籠に泊まります。久々の骨休めの時間になります。馬二頭の世話は大変ですからな。馬車の中は飼葉で埋まっております。道中では野宿です。急ぐ旅ではないし、馬は草を食べることが出来るし拙者は剣術の稽古ができますからな。夜は飼葉に囲まれて馬車の中の僅かな場所で寝させてもらっております。」
「馬の世話が大変なことは分っておる。其方は若いのだし、歩いた方がずっと容易であろう。何ゆえ手がかかる馬を二頭も連れているのだ。」
「二頭は互いに仲がよい。分けるのは気が咎めた。それと二頭は拙者を仲間だと思っている。」
「仲間か。いやはや。なかなか聞けない返答ですな。いかがしましょうか、関長様。」
「まあ、問題はないだろう。ロン殿、一つだけ聞かせてくれ。町の道場巡りをするのは任官も視野に入れておるのか。」
「拙者は武者修行中の浪人の身でござる。任官の話が出れば熟慮致します。」
「左様か。これから向かう城下は浪人で溢れておる。この国の元の城侍達だ。その者達の多くは任官を望んでいる。必死にだ。ロン殿が任官も視野に入れておるなら我が国の城下町に行かれたらよかろう。うちの殿は強い武士を求めておる。殿はまだまだ国を広くしたいらしいからのう。」
「御教唆(ごきょうさ)ありがとうござる。急ぐ旅ではありませんので予定通り全ての道場を回ってから御示唆の城下町に向かおうと思いまする。誠に失礼ではありますがそこは何と言う国でしょうか。拙者、世情に疎い生活を送って来申した。」
「石動(いするぎ)藩じゃ。今居る場所は金沢藩であった場所だ。我々が攻め落とした。其方が来た国は加賀藩じゃ。」
「加賀藩は存じております。それでは失礼致します。」
ロンは馬車の御者台に乗り、手綱を軽く持って言った。
「日光、月光。前にゆっくり進んでくれ。関所を出たら道沿いに進んでくれ。うまそうな草がある場所があったら止まって草を食んでもよい。」
日光と月光は左右に首を曲げて辺りを興味深そうに眺めながらも出口の方に馬車を引いて行った。
間口は馬が首を大きく横に向けて兵士を睨みつけながら前に進んでいるのを見て驚いた。
馬車馬が兵士の動きを観察しているような気がしたからだ。
ロンが武芸者ならその馬も武芸者のようだ。
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