第80話 修行の成果とわんちゃん

 森の中にポツンとある物が置いてあった。


 それは楕円形の形をした黄色い物体で爽やかな柑橘系の匂いを放っていた。


 それは5日程ずっと同じ場所に在って全く変化を見せなかったのだが、6日目の朝に突然変化が現れた。


 その変化とは置いてあった物が突然消え失せたのだ。


 そしてその消えたある物の傍には二つの影があった・・・。



「そう、俺だよぅっ!?」


「いきなり何を言っておるのじゃ?」


 そう、俺だよぅっ!?ナレーション口調で喋っていたのも俺だよぅっ!


 俺はとにかくハイテンションだった。無駄にナレーション口調で喋って見たり、はたまた無駄に大きくリアクションを取って動いて見たり。

 それと言うのも・・・


「なんじゃ、無駄に元気なのじゃな。昨晩は赤子の如く妾に甘えて静かだったのに、不思議なモノなのじゃ」


「さ・・・昨晩のは偶々だ!ハードな修行が終わって疲れていたからだ!もうあんな事にはならないっ!」


「ふむ、妾も悪い気はしなかったので別に良かったのじゃが・・・」


 な・・・なにっ・・・ま・・・ママ・・・っは!?去れマーラよ!


「ダイジョウブデス、ハイ」


「解ったのじゃ」


 そう・・・昨晩の事を思い出したくなくて無駄にハイテンションなのだ!昨晩の俺はおかしかったのだ・・・、何故あんな真似を・・・。

 ・・・ッハ!?駄目だ!思い出してはいけない!


 俺は再びオギャリ始めそうな記憶に封をして一度深呼吸をした。


「・・・っふぅ・・・。森の清々しい空気は心を清めてくれるぜ」


 久しぶりの森の空気を吸って気分がリフレッシュしたのか、何とか平常心へと落ち着くことが出来た。

 そして深呼吸したと同時に周囲の魔力も感知する事が出来たので、早速自分の魔力を周囲に溶け込ませていく。


「うむ、修行の成果が出ておるのじゃ。そこそこにスムーズな魔力制御なのじゃ」


「ふぅ~・・・。まぁ短時間とはいえあれだけ扱かれたからな、逆にこれくらいできなきゃ嘘だわ」


 10日間の修行は前世を含めた俺の人生・・・犬生?の中で最も濃い時間だった。前世でもあれだけ頑張れたなら、今頃タワマンでマイドッグと幸せな生活が出来ていただろう。


「それに・・・」


「うん?」


 それに教えてくれる人も良かったしな、と心の中でだけ呟く。


 この首を傾げている、一見すると角が生えたただのデカくてかわいい犬のニアは、修行はスパルタだったが、それは全て俺の身となり、メキメキと実力を伸ばしてくれるという名教師だったのだ。


 名教師による濃い密度の修行、これなら嫌でも成長するってものよ。



「まぁ準備も出来た事だし、行こうぜ」


 ニアは俺が言いかけたことが気になっていた様だが、それを気にせず出発する事にした。


 だってニアに名教師とか言ったら、また俺を甘やかしてきて俺がオギャってしまうじゃないか・・・。


 尚も言いかけた言葉を気にするニアを後ろからグイグイと押し、無理矢理俺達は出発した。

 少しするとニアも普通に走り出したので、俺が先頭に回り森の中を進んで行く。


(うむ、森の中での使用もなかなかにいい感じなのじゃ)


 走って1時間程経った時にニアからそんな念話が飛んできたのだが、俺は一杯一杯だった。


(お・・・ぅ・・・けど・・・なかな・・・か・・・難しい・・・な)


 走り出して直ぐに分かった事だが、森の魔力にも場所によって違いがあり、それに逐次魔力を制御して合わせるとなると中々に大変な事だった。


(レモン空間内の魔力は全てが平均を取っておったからの、妾が修行の時にある程度強弱をつけてはおったのじゃが天然物には敵わんのじゃ。それにここは魔の森という特異な場所じゃしの)


 ニアからの念話を頭の片隅で聞きながら魔力の制御を行っていると、同時に行っていた『索敵』の方が反応を示したので立ち止まり、隠れられそうな茂みがあったのでそこに隠れた。


 ジッと息を潜め、立ち止まった事により容易になった魔力の制御を強め身を隠していると、気配を察知した方向から何かがやって来た。


 そいつらは周囲の警戒はしていたみたいだが、身を潜めている俺達に気付かず走り去った。

 やがて俺のスキルの範囲外へと行った様なので、隠れていた茂みから一応周辺を確認してから出る。


「意外と合うな・・・エルフ・・・」


「うむ、まぁそんな時もあるのじゃ」


 俺達の前を通り過ぎたのはエルフだった。偶にしか巡回していないみたいな事だったが、運が良くないみたいだ。


「しかしあいつ等まったく気づかなかったな。ってことは俺の『隠密』はイイ感じってことだよな?」


「うむ、と言っても個体によって技量はバラバラなのじゃ。もしかしたら索敵特化の奴もおるかもしれんから油断は禁物なのじゃ」


「解った」


 概ね俺の『隠密』は成功という事でいいらしい。まぁ『索敵』の方も機能し相手方を先に見つけられたので、もし見つかったとしても逃げる事は可能だろう。


 俺は修行の成果がありありと確認できたことにより機嫌が良くなったのだが、直ぐにニアから「魔力の制御が乱れておるのじゃ」と指摘をくらい気を引き締めた。

 しかし体には出ていたらしく、その日の晩にニアから尻尾がずっとブンブンと振られていたと教えられ恥ずかしくなった。


 ・

 ・

 ・


 それから2日は何事も無く森を進み、東側も半分を超え3分の2に入ろうかという時、再び俺の『索敵』に反応があった。


 周囲を見渡し何処か隠れるのにいい場所は無いかと思っていると、丁度イイ感じに木の根元に窪みがあったのでそこに隠れようとしたのだが・・・。


「うん・・・?何かいる?」


 そこにも微かにスキルが反応し、何者かの存在を示した。


 これは逃げる方向にシフトするべきか?と思っていたのだが、木の窪みの気配は動く気配を見せなかった。

 敵ではないみたいだが一応確認はしておくべきだと思いチラリと窪みを覗く。


「・・・!?」


 そこに居た者を見て衝撃を受けたのだが、遠くからこちらへ向かってくる気配が近づいて来たのを感じた俺は咄嗟にそいつをレモン空間へと放り込んだ。

 そして即座に木の根元で魔力の制御を強め全力で身を隠す。


 すると直ぐに何某かがやって来た。


「・・・」


 現れたのは一人のエルフだった。


 そいつがキョロキョロと何かを探す様に周囲を見ていると、続いて2人のエルフが現れた。


「いた?」


「いいえ、居ないみたい」


「ここら辺にいると思うのだけれど・・・あっちを探しましょう」


 そう言ってこの場からはいなくなったのだが、エルフ達は暫く『索敵』の範囲内でウロウロしていた。

 一応動くと見つかるかもしれないと思い身を潜めていたのだが、2時間程して日が落ちかけてからようやく何処かへ行ったみたいだった。


「っく・・・あいつらのせいで2,3時間無駄にした気分だ・・・」


 エルフは美人だったり可愛いかったりで結構好きなのだが、移動を邪魔されたので流石に毒づいてしまった。


「まぁこんな時もあるのじゃ。諸行無常色即是空アーメンラーメンヒヤソーメンなのじゃ」


「要らんモノ付け足し過ぎぃ・・・っと、まぁ仕方がないから今日はこの辺にしておこう。・・・レモン空間に入れた奴も気になるし」


「解ったのじゃ」


 今日の移動は此処までにするとして、俺達はレモン空間へと入った。

 白一色の空間へと入ると、そこにポツンと白以外の者が倒れていた。


「焦って入れたから気づいていなかったけど、怪我してるみたいだな・・・」


「うむ、放って置くと死にそうなのじゃ」


「え!?そんなに酷いの!?」


「解りにくいが地面と接している部分に大分深い傷があるのじゃ。更に2,3時間放置していたものだから瀕死状態なのじゃ」


「ひ・・・ひぇぇぇええ!!?」


 俺は急いで薬草を取り出し『ごぶ助式治療術』を施す。これで助かるかは解らないが、やらないよりかはましだろう。


「そ・・・そうだ!ニア、回復魔法を!」


「断るのじゃ。最近は何かと手を貸してやったのじゃが、妾はあくまで一狼を観察しているだけなのじゃ。なので妾は手を出さぬのじゃ」


「・・・ぐぅ・・・」


 確かに最近は何かとやってもらったが、最初にそう言っていたのを思い出す。忘れていたがニアは超然的な存在で、誰かが死のうがあまり関心を持たない者だったな・・・。


 しかし今こいつを助けるにはニアの助けが必要だ。なので俺は一縷の望みをかけて・・・


「俺は・・・俺は聖母ニアが見たいんだ!」


「む?」


「あらゆる存在を慈しむ聖母、まさにニアに相応しいと思うんだ!だからこの死にかけている奴を癒す聖母様な、優しくて美しいニア様が見てみたいんだ!」


 対ニア用必殺『褒めたたえる』を使った。


 結果は・・・


「本当に仕方のない奴なのじゃ。・・・妾は願う、彼の者を癒し健やかなる平穏を与える事を・・・」


 効 果 は ば つ ぐ ん だ 。


「ありがたやぁ・・・ありがたやぁ・・・ニア様こそは地上に降り立った女神様じゃ・・・」


 取りあえず俺はニアの足元にすり寄り拝んでおいた。しかしこれだけでは不満の様で・・・。


「それだけかや?もっと体を使って褒めたたえてもよいのじゃぞ?」


 えぇ・・・、一体どないせいっちゅうねん・・・。


 如何すれば・・・とニアの事を見ていたのだが、・・・何となく解ってしまった。



 ええい!南無三!



「さすが聖母様だなぁニアは・・・何か甘えたくなってきたなぁ・・・」


 俺はそう言ってニアにすり寄り、まるで母に甘えるかのような行動をとった。


「そうかそうか、仕方がない奴なのじゃ。今日は甘えさせてやるのじゃ」


 ニアはそう言って俺をまるで子供の様に甘やかし始めた。


 どうもこの竜犬、この頃俺がオギャっていたせいで母性でも目覚めたのか、俺を甘やかしたがるのだ・・・。



 その後、翌朝起きるまで俺は・・・オギャった。



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 作者より:読んでいただきありがとうございます。この後再びめっちゃおぎゃった。

「面白い」「続きが気になる」「聖母ニアママ・・・」等思ったら☆で高評価や♡で応援してください。

 ☆や♡をもらえると ニアが、ママンになります。

 ↓こちらも絶賛連載中です、よろしかったらどうでしょう。

 『女の子になったと思ったら霊が見えるようになった話』 ※一応ホラーです。

 https://kakuyomu.jp/works/16816927859115427347

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