第55話 一匹の魔物とワンチャン
そいつは動くことなくジッと俺達を見つめ続けていた。
そうすると何故か俺達も動く事が出来ず、引き込まれるようにそいつへと視線が吸い寄せられてしまう。
一見しただけではなんてことない普通の魔物だと思えたのに、吸い寄せられる視線のせいでそいつを長く見ていると、その異常さが段々と脳に伝わってきた。
その四肢は一見すらっとしていたが、無駄が削ぎ落された美しい形の中に滾る力がヒシヒシと感じられる。
その体に纏う体毛は薄く光りを放ち、その毛1本にでも到底傷をつけられそうにないという気配を漂わす。
その相貌は超越的で、すべてを見通すような目をしていた。
そして異彩を放つ2本の角。その角は、一見ただのウルフに見えるその魔物を、それが存在するだけで全く別の存在に見せる、そんな異彩な圧を放っていた。
そんな姿をしたそいつは変わらず俺達を見続けている。身じろぎもせずただジッと・・・。
そんな時間がいくらか経った。数分かも知れないし、数秒だったのかもしれない。だがその時間は、自分がまだ生きているという実感が持てないほどの時間だった。
やがてその時間は唐突に終わりを迎える。
「(・・・っ!?き、消えた・・・?)」
絶望を形にしたようなそいつは、気が付いたら目の前にいなかった。まるで最初からいなかったかのように消えてしまったのだ。
「(見逃された・・・のか?それともただの幻だったとか・・・?)」
チラリと後ろを見る。
「(・・・幻じゃなさそうだな)」
俺の後ろにいたコボルト達は皆、地面に手と膝をつき四つん這いの状態になってブルブル震えていた。更にあまりの恐怖からか、尻尾が股の間に挟まり犬みたいになって怯えていた。
「(って俺もいつの間にか尻尾が・・・)」
自分でも気づかない内に尻尾が股の間に入っていた。普通に喋れているので存外冷静でいられたかと思ったが、実はそうでも無かったらしい。
「(皆すごく怯えているみたいだが、命に別状はなさそうだな・・・)」
改めて皆の状態を確認したが、怯えて震えているだけで怪我をしていたり気を失っているとかはなさそうだった。
良かったと胸を撫で下ろしていると、そういえば背中にも二人いたなとようやく思い至った。やはり俺の心も相当乱されていたらしい。
「(ニコにミコ、お前達も何ともないか?・・・って何か背中が・・・)」
この時初めて背中の違和感に気付く。背中が妙に暖かい・・・。
「(おい、二人とも?)」
二人に問いかけるも返事は帰ってこない。そして他のコボルトに頼もうにも、未だに恐怖でまともに返事も返せない状態だ。
どうしようもなかったので、皆が動けるようになるまでそのまましばらく待つことになったが、いつまたあんなのが出て来るとも限らないので気が抜けず、何も出ませんように・・・と祈りながら、辺りを警戒しつつ皆の回復を待った。
・
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暫くして、ようやく返事ができるまで回復したニコママに背中の二人を見てもらうと、二人とも俺の背中にがっしりとしがみ付いたまま震えていたらしい。
ニコママがニコの腋に手を入れて持ち上げようとすると、俺の背中にしがみついていたものの全然力が入っていなかったらしく、スルッと持ち上がった。同じようにミコも持ち上げてもらい、一旦俺の背中から降ろしてもらう。
そして二人を下ろすとニコママが俺の背中を見て凄く申し訳なさそうな顔をした。薄々予想はしていたが、二人は俺の上で漏らしてしまったらしい。
しかし大人ですらあんな状態になったのだ。まだまだ子供である二人が漏らしてしまっても全然不思議はないと思ったので、ニコママに二人をあやしておいてくれと頼み、俺は少しだけ皆から離れたところに行って魔法を使い体を洗っておいた。
体の乾燥まで終えると皆の元へ戻り、一応全員が話を聞けるまでには回復していたので、俺は皆に向けて話しかけた。
「(皆、いつまでもここにいるわけにも行かない。まだ体に力が入らないかもしれないけど急いで帰ろう)」
皆に向けてそう話しかけると、力ない感じだったが返事をしてくれたので、その場からダンジョンに向けて移動を始める。
まだ若干皆体をフラフラさせていたが、それでも出来る限りスピードを出してダンジョンまで走る。皆ダンジョンにいてもあれはどうしようもないと分かっているが、それでも何もない場所で出会うよりかはましと思っているのか、懸命に足を動かし走ってくれた。
やがて俺達は、運良く敵性魔物とも出会わずにダンジョンへと帰り着くことができた。
ダンジョン入口にいたごぶ助は何か様子のおかしい俺達に気付き、不思議に思って何かあったのか聞いて来ようとしたが、後で皆と一緒にご飯の後で話すと言っておいて納得してもらった。
そして直ぐに食事の準備を始めたのだが、いつもメインで食事の準備をする俺とコックが二人とも何時もの様に動けなかったので少し時間がかかってしまった。だが何とか料理を済ませて全員の食事を終わらせた。
そして食事が終わると全員を集めて今日あった事を話すことにした。
「(今日ダンジョンで防衛に当たっていた皆は、外に出ていた俺達の様子がおかしいのを不思議に思ったかもしれない。その理由を話そうと思う)」
俺がそう言うと反応は二つに分かれる。ダンジョンにいた防衛組はなんだなんだと興味深そうにしているのに対し、俺と一緒に外へ出てあれと出会ってしまった探索組は表情を曇らせて顔も俯き気味になる。
「(今日探索に出ていた俺達は一匹のやばい魔物に出会った。そいつは俺達の心をへし折る様な気配を放っていたんだ。俺達の様子がおかしかったのはそのせいだ)」
俺がそういうと防衛組はよくわからないといった感じに首を傾げる。
「(イマイチ解らないか・・・そうか・・・)」
それも仕方ないのかもしれない。この森に棲む魔物としては襲い襲われは多々ある事なので、コボルト達が住んでいた村を襲われた時でも、心がへし折られる様な事にはならなかったのだろう。
ごぶ助もイマイチピンと来ていないみたいだったので、あいつに対して感じた感情と近いモノを感じた記憶を話してみる。
「(ごぶ助、俺達の村が襲われた時最後に俺を逃がしてくれたよな?あの時直前に感じたやばいの、あんな感じの気配を放っていた魔物に出会ったんだ)」
「ごぶ!?」
俺の言葉にごぶ助はピンと来たみたいだ。あの時の事を思い出したのか冷や汗まで垂らし始めた。
「(ニコパパ達はそうだな・・・ごぶ助ちょっと・・・)」
コボルト達にどのように教えるかと思ったが、ごぶ助に一度頼んでみる事にした。あのレベルの圧は無理だが、ごぶ助の持つユニークスキル『覇王』を使って疑似的にあんな感じの圧を出せるんじゃないかと思ったからだ。
「ごぶごぶ・・・、わかったごぶ。やってみるごぶ」
ごぶ助はそういうと集中し始めた。ニコパパ達はなんだなんだと興味深そうにしているが、ああいうのは一度受けて見なければやばさが伝わらないので、存分に感じてほしい。
頼むぞごぶ助、もしかしたらこれによってニコパパ達の今後にもかかわってくるかもしれないんだ!
そう思いごぶ助を見守っていると、ごぶ助がおもむろに『ごぶ助カリバー』をアイテムボックスから取り出し構えた。
そして・・・
「ごぶぅぅっっぁぁああ!!!」
その瞬間ごぶ助からすごい圧が発せられる。
真横にいた俺が物理的に移動させられるほどの圧だった。
そんな圧をごぶ助は2,3秒だけ発し、その後スッと圧の解放を止めて『ごぶ助カリバー』をアイテムボックスにしまった。
「ごぶ、こんな感じごぶ?」
「(そうだな・・・。うん、バッチリみたいだ。ありがとなごぶ助)」
ごぶ助による圧を受けたニコパパ達の方を確認すると、全身の毛が逆立ちつま先立ちになって固まっていた。効果のほどは上々みたいだった。
一方、ニコママ達の方を見ると驚いてはいたがニコパパ達ほどではなかった。恐らくだが、少し前にあいつから感じられた恐怖感が凄すぎたので、ごぶ助の発した圧が相対的に弱く感じたからだろう。
俺は未だに固まっているニコパパ達に語り掛けた。
「(なぁニコパパ達、今さっきのごぶ助が発した圧はすごかったが、俺達が出会った魔物が放つ気配はあれの比じゃなかったんだ。そう言えば事のヤバさが解るか?)」
俺の問いかけにニコパパ達はカクカクと首を縦に振っていた。何とかわかってくれたみたいで、これなら俺が慎重論を唱えてもそれをよく理解したうえで動いてくれるだろう。
「(んで、そんなやばい奴に出会ったという事を踏まえて、後でポンコにこの場所からダンジョンを移動させる方向で話して来ようと思うんだが、それでいいか皆?)」
俺は、あいつに出会ってからダンジョンに帰るまでの道で考えていた案を皆に話した。ポンコは移動しても狙われると言っていたが、それでも一度ポンコと話し合う事はするべきだろう。
「ごぶ、我は賛成ごぶ」
「がる・・・、俺も・・・いや、俺達も賛成がる」
ごぶ助に頼んで強者の圧を出してもらったおかげか、皆俺の案に賛成をしてくれたみたいでよかった。もしも事態を軽く考えて、「そんな魔物俺達なら余裕」みたいに考えられていたら、まず最悪な事態に陥るのは確実だっただろうから・・・。
「(よし、それじゃあちょっとポンコと話し合ってくるわ。皆は入り口で待機・・・と思ったけど皆でポンコの所へ行くか。)」
まだ来てないってことは恐らく大丈夫だとは思うが、もしあいつが来たならそっちの方がまだ助かる可能性もあるだろうと思い、皆でポンコの所に行く事にした。
もしかして最近俺達が倒していた弱めの魔物が来るかもしれないが、来たらポンコに知らせてもらって、それから転移を使って近くに飛んでから倒しに行けば問題はないだろう。
早速俺とごぶ助で転移を使いコボルト達をポンコの所へ運ぶ。そして全員がポンコルームへ転移し終わると、俺はポンコに近づいて行く。
(コんばんハ一狼様。皆様オ揃いデすが如何かしマしタカ?)
「(こんばんはポンコ。1つ相談したいことがあってな、いいか?)」
(はイ、大丈夫でスヨ)
「(実は・・・)」
俺はどうにかいい方向に話が進みますように、と祈りながらポンコに事情を説明し始めた。
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作者より:読んでいただきありがとうございます。
皆様の応援のおかげで頑張れております。ありがとうございます。
これからも最強ワンチャン物語をよろしくお願いします。
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『女の子になったと思ったら霊が見えるようになった話』 ※一応ホラーです。
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