第7話 今度こそ禁煙できそうだ

 昔から人が大勢いる所は苦手だった。

 お通夜が一通り終わり、みんなが軽い飲み会を始めた。

 いつもより静かだが、それでも区切りをつけるために皆笑っている。

 俺は一人になるために、縁側で月を眺めていた。

 ここらは田舎だし、田んぼもあるので色々な虫の音が聴こえてくる。蛙の鳴き声も聴こえてきた。

(この特徴的な鳴き声は牛蛙かな)

 五感で感じる懐かしさに、唇が微かに歪む。

 小さい足音が背後から聴こえてきた。

「ご飯の準備できたけど、どうする?」

 夏鈴は立ちながら声をかけてきた。

 髪を掻き分けた指には結婚指輪がついていた。

 昔だったら指には何もついていなかったし、普通に俺の横に座ってきたけど今は違う。

「いや、いいよ。食欲もないし。それより、その……大丈夫か?」

「……大丈夫、じゃないけど、立ち直らなきゃね。あの子の為にも」

 夏鈴と兄の子どもであるレイは、交通事故で死んだ。

 遺影の子と、確かに今日俺は会っていた。

 死んだ人間が返って来るというお盆に。

 そんな荒唐無稽な話を、ただでさえ気が動転している夏鈴に話すことなどできない。

 ただ、少しでもいいからレイのことが知りたかった。

「子どもの名前、俺に似てるな」

「……うん。実は、礼二君から取ったんだ。ごめんね」

「なんで、ごめん?」

「だって、私たちのこと嫌いでしょ? 礼二君。気持ち悪いって思ったんじゃないの?」

「それは……そうだな」

 否定してやるのが気遣いなんだろうが、そんなことができれば独身なんてなっていない。

 ただ、レイに出会ったからか。

 少しだけ勇気を振り絞りたい。


「だけど、ずっと好きだったよ」


 目を瞑って絞り出した言葉に、はっと驚きの声が横から漏れた。

「ありがとう。私達も礼二君のことが好きだったから名前を勝手にもらっちゃった」

「……いいよ。俺も嬉しいから」

 軽く流された。

 結局、俺の気持ちは届かなかった。

 少しも夏鈴は揺るがなかった。

 ただ言えた。

 小さい頃、胸に秘めて決して言えなかった愛の言葉を。

 それに、俺の名前から借りたってことは、少しは俺のことを特別に思っていてくれたのかも知れない。

「灰皿持ってこようか?」

 安堵したら、無意識にポケットからタバコを取り出そうとしていた。

 俺はジッとタバコを見つめると、クシャリと潰す。

「いや、ごめん。これゴミ箱に捨てておいてくれ」

「禁煙してるの?」

「ああ、今日から始めるよ」

「できるの?」

 夏鈴の疑いの目に思わず笑ってしまう。

 喫煙者の禁煙宣言ほど、信じられない言葉もないからだ。

 子どもの一生の一度のお願いぐらい信じれない約束だろう。

「できるよ。また会った時、タバコ吸えないだろうしな」

「?」

 夏鈴は何を言っているのか分からないといった顔だったが、それでいい。

(俺にしか分からなくていいんだ)

 それに、タバコを吸って自傷行為をしなくてもよくなった。

 全部スッキリした。

 わだかまりがなくなった訳じゃない。

 今でも憎しみの気持ちはある。

 ただそういう昏い部分を引きずりながらも、みっともなく歩くのが大人だ。

 物語のヒーローのように全て綺麗に解決なんてできない。

 今の気持ちを忘れて、またタバコを吸う時があるかも知れない。

 ただ、間違いなく言える。

 これからの禁煙期間は、今までの人生で最も長くなることを。

 俺が禁煙できるのは、一人の霊のお陰だ。

「今度こそ禁煙できそうだ」

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今度こそ禁煙できそうだ 魔桜 @maou

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