第6話 お盆のレイ
実家より少し離れた所で立ち尽くしていた。
あの後、迷子だったレイの姿を探してもどこにも居なかった。一応親が見つかるまでお守りしてやろうと思ったが、見つからなかったのでしょうがない。親が見つかったものだと思い込むしかない。
元気だったレイと違って、俺は元気を無くしている。
子どもの前で泣いて自己嫌悪だったのはあるけど、実家というせいで気が重い。数十年顔出ししていなかったので、俺ということが分かるんだろうかも不安だった。ネクタイがちゃんと締まっているかどうか何度も確認してしまう。
スマホではついさっき返信できた。
もうすぐ到着することを。
だからあの家から誰かが今すぐ出てきてもおかしくない。
「…………礼二君?」
背後からかけられた声に飛び上がりそうだった。
全く気配を感じなかった。
「あ。ああ……。久しぶり、夏鈴」
やっぱり、写真で会うより美人に見えた。
全身黒い服で、髪が纏められていて随分大人になった様子だ。
ただやつれていた。
最近起きたことを考えたら無理もない。
「よく分かったな」
「分からないはずないでしょ。私の義弟なんだから」
「…………ああ」
口ぶりから、あの時のことはもう何でもないと許してくれていた。
それが寂しかった。
俺だけがまだ時が止まったままだ。
何を話せばいいのか分からない。
「いいから入って。ここ暑いでしょ」
「そうだな」
玄関に入る。
普通だったら受付があって、そこにお金の入った封筒を置くのだがそんな場所はなかった。
今のご時世、あまり人を集めるのはまずいということで、親戚だけを集めることになったらしいが、いまいち作法が分からなかった。
玄関には靴が沢山あって、もう多くの人がいることが分かった。
意を決して夏鈴の後ついていく。
部屋に入ると、老けた父親が座っていた。
顔の皺が数倍に増えていて、黒かった髪が全て白髪になっている。
一瞬、誰か分からなかった。
「お前、なんでこんなところに!!」
「やめてお父さん!!」
横にいる母親が父親を止めた。
一触即発の空気になってしまった。
父親は昔気質の江戸っ子みたいなところがあるので、今殴られてもおかしくない。実際、夏鈴と兄貴の結婚式に行かないことを告げた時も、ぶっ飛ばされた。
「私が呼んだんです。叱るなら私を叱って下さい」
「そ、それは……」
深々と頭を下げた夏鈴に、流石の父親も鼻白む。
そのタイミングで、奥にいた長身痩躯の男が近づいてきた。
「今は怒る時じゃないだろ、親父。親戚の人達だって集まってるんだから」
「兄貴……」
兄貴がそう言うと、フンと言いながらも父親は座り込んだ。
いつもそうだった。
弟の俺が何をしても言うことを聞いてくれなかったのに、兄貴が言うとみんな言う通りにしてくれた。
(まあ、それも当たり前か……)
俺のせいで両親は苦しんで、だからこそ怒った。
そしてその怒りを鎮めるために、夏鈴は悪くもないのに頭を下げた。
それから兄貴は全てを丸く収めるために動いた。
(俺は何をした?)
何もしていない。
何もできなかったのだ。
ただ見つめているだけで、優秀な兄に悪態をつくことしかでできていない。
最低の屑野郎だった。
兄貴は夏鈴の肩を置いて落ち着かせている。手を握り返して目を眇ませる夏鈴を、俺は直視できなかった。
「せっかく弟が来てくれたんだ。とりあえず、線香をあげてくれないか」
「ああ……」
兄貴の言う通り写真まで足を運ぶ。
仏壇はまだないようで、そのまま写真が飾られている。
近づくにつれて、周囲の視線が突き刺さる。
「ねえ、あれって、礼二君?」
「大きくなったわね。勘当されたって聞いたけど。なんで?」
「なんでって。自分の姪が死んだら帰って来るでしょ」
「交通事故だったんでしょ? 親がちゃんと見てなかったから」
「こら、滅多なこと言うもんじゃない」
「あんただって言ってたじゃないの。あんなに若いのに子どもができちゃって。子どもが子どもの世話なんてできないって」
「馬鹿、ここで言うんじゃない」
こそこそと、年老いた部外者の人間達が好き勝手に言っていた。
正直、兄貴や夏鈴のことは好きじゃない。勝手に逆恨みしているし、不幸にあって欲しいと思っている。だが、何も知らない人間に知った口を聴いて欲しくない。
(だから来たくなかったんだよな……)
俺はお通夜が苦手だ。
人が集まると、屑も集まって来る。
そして、話すとなったら故人か、周囲の話をする。
それから良かった事、悪かった事を話す。
死人に反論ができない。
だから悪口をいっぱい言える。
誉め言葉は褒め言葉で気分が悪くなる時がある。
高校生の葬式の時に、いじめられた子が自殺した時があった。
学校はいじめを認めて、学校側だけが悪者になったが、実行犯はほとんどお咎めなしだった。
葬式の時にいじめていた連中が泣いていて、鳥肌が立った。
(お前らのせいで死んだんだろ)
そう思ったが、葬式が終わった直後が一番しんどかった。久しぶりにみんなと会ったんだから、今からカラオケ行こう!! と同窓会終わりのノリで行った時、吐きそうになった。
通夜は人間の負の側面がこうやって表面化するから嫌いだ。
さっさと終わらせてしまおう。
仕事があるとか嘘ついて消えてしまおう。
「え?」
遺影には見知った顔があった。
屈託のない顔で笑っている顔で、まだ生きているような顔をしている。
立ち止まっている俺の隣に夏鈴が来る。
「私たちの娘。――レイっていう名前なの」
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