第5話 大人だって迷子になる

 昔を思い出していると、幼女のレイに服を引っ張られる。

 目線を下にやると、空き缶を膝に押し付けられた。

「飲んだ」

「ああ、そう。捨てろってことね。というか、あんまりスーツ引っ張らないでくれる?」

 普段使いしているスーツは明るい色をしているので、実家に戻って着ていくには適していない。だから、クローゼットの端から引っ張りだしてきたスーツを、久々に着込んでいる。急に呼び出されたから、黒くて地味なやつは昔のスーツしか見つからなかった。

 子どもっていうのは、どこを触っているか分からないものだ。

 自分の口に平気で手を入れて唾液塗れにしていてもおかしくない。

 だからあんまり素手で引っ張らないで欲しい。

 空き缶を捨ててベンチに戻ると、レイが周りを見渡す。

「人、多いね」

「お盆だからじゃないか」

「お盆って?」

「なんか……夏休みにある特別な休みってやつ。大体墓参り行く日だな。あと親戚で集まって酒飲む日」

「ふーん……」

 聴かれると、すぐに出てこないな。

(お盆って何なんだろうな……)

 ナスとかきゅうりとかに箸刺したりとか、死んだ人が返って来る日とかって言われているんじゃなかったんだっけ。

 常識がないと社会人になってから恥をかく。

 一応、久々に親戚連中に会うから、ネットでマナーを調べたが、間違っていたらと不安になる。

「似てるな……」

「何が?」

「いや、何でもない。ただの意味のない独り言」

 俺の知っている夏鈴に、レイは本当に似ている。

 あの日から俺はどうすればいいのか分からなくなった。

 どこへ行けばいいのか分からなかった。

「……俺も迷子かも知れない」

 レイが迷子の前に、俺が迷子になっているようだった。

 タバコを今すぐ吸いたい。

 吸えば自分を罰して、楽になれる。

 タバコの入っているポケットに手をやると、レイはベンチに足を乗せる。そのまま俺の唐突に頭に抱きついてきた。

「何だよ」

 今は誰も傍に居て欲しくない。

 独りになりたいのに。

 どうしてこいつはまだ傍に居るのか。


「私が泣きそうになったら、お母さんがこうしてくれたから」


 グワッ、と泣きたい衝動が眼球に押し寄せてきた。

 そんなに情けない顔をしているつもりはなかったが、幼い子どもが分かるぐらい口元が歪んでいたのか。

「大丈夫だよ。おとーさんがまた迷子になったら、私がいつだって抱きしめて慰めてあげるから」

「……だから、違うって」

 そういうのが限界だった。

 それ以上言葉を何か発すると、今は涙が零れ落ちそうだったから。

 元気よくベンチから飛び降りて着地すると、そのまま勢いを殺さずに駆けて行ってしまう。進む先はゲーセンじゃなく、開けた場所だ。

 そのまま消えてしまいそうな勢いで走っている。

「おい! 親見つかってないだろ」

「ううん。もう見つけてたんだ。名付け親ならぬ、名貰い親にはもう会えたから。私にとってはもう一人のおとーさんだったんだ。一度くらい話してみたかったんだけど、こうして会えてよかった」

「え?」

 そう言い残すと、後ろを振り返らずにレイは視界から消えていった。

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